第拾話 代償は 気付かぬうちに 払わされ
サーガワン郊外、「旅立ちの平原」にて。
「後ろ、イノシシが迫ってきてる!」
近場の岩に腰かけた零門がアマオーに指示を飛ばす。
「分かった!」
イノシシと言ってもただのイノシシではない。全身の中で唯一毛が生えてない背中は鱗で覆われ、口から生えた2本の鋭い牙には毒々しい色の液体が滴る。
「ファイアーボール!」
アマオーが振り返り様に放った火球がダッシュボアに炸裂する。よろめくダッシュボア、しかしその戦意は衰えず。一度体勢を整え、うねる蛇のように蛇行した突進攻撃を仕掛けてくる。
それに対して杖の先端で常に標的を補足するアマオー。杖を媒体にした多くの魔法は、先端から直線で放たれる。だからこそ、杖の先端を標的、もしくは標的の進行方向に構えるのは魔法使いジョブの初歩だ。
だが相手は蛇行運転するイノシシ。動きを予測して撃つのは少し難しい
「1,2,3,4,1,2,3,1,2,3,4,1,2,3……ここ!」
杖先から放たれた小さな氷の槍がダッシュボアの脚をとらえ、その場にくぎ付けにする。
「いいよー! アマオー! そのまま止め刺しちゃえ!」
「言われなくても! 炎神よ、我が声を聴きたまえ!」
このゲームには魔法の放ち方が3通り存在する。
一つは「呪文」。魔法の名前をそのまま唱えるオーソドックスなやり方。アマオーが一番最初に放ったファイアーボールがそれだ。
二つ目は「無詠唱」。魔法の呪文を唱えずに魔法を放つやり方。威力が一回りダウンする代わりに速攻で放てるのが利点。先ほどダッシュボアを釘付けにした
そして最後の一つが「詠唱」。魔法毎に設定された詠唱文(視界端に表示)を短縮せずに唱えることで威力を最大まで上げるやり方。今まさにアマオーが唱えている文言がそれにあたる。
「我が求めるは燃え上がる炎!ファイアーボール!」
最初のそれよりも一回り大きな火球がダッシュボアに炸裂し、
「ナイスファイトー!」
「イェーイ!」
アマオーは零門へと駆け寄り、ハイタッチを交わす。
「あんなに滞りなくやれるなんて筋いいんじゃない?」
「えへへ、やっぱり~?」
動き回る敵に攻撃を当てる技術や「呪文」「詠唱」「無詠唱」の的確な使い分け。初心者が躓きやすいこの2つの要素をアマオーは難なくこなす。
それはセンスの賜か、はたまたレトロゲーマーなりの経験値故か。
「ところで零門は戦わないのー?」
「ん~、別にいいかな……」
この「旅立ちの平原」は冒険者たちが一番最初に足を踏み入れるフィールドの一つ。当然のことながらレベル1のプレイヤー達が楽しめるように調整がされている。
それに対して零門のレベルは200。敵の攻撃はコチラに一切通じず、ビンタ1発、デコピン一つで敵が跡形もなく消し飛んでしまうくらいの実力差がある。かといって零門が適正レベルのフィールドにアマオーを連れて行くのもあまり好ましくないだろう。一緒に遊ぶにあたってこのレベル差は非常にやりずらいのが実情だった。
(まあ二人で楽しく遊びたいのなら、新しくキャラを作り直した方がいいんだろうなぁ……)
「おや? 零門様、ライムの顔に何か付いてますのよ?」
「……いや、なんでもないよ」
(まあそれはナシだよね……)
そんな風に1人沈思黙考し続ける彼女の背後に、忍び寄る影が一つ。
「零門!後ろ!」
「おわっと!?」
ゴブリンが振り回す錆ナイフをすんでの所で回避する。なおも飛び掛かるゴブリンの右頬に、零門は反射的に渾身のストレートを叩き込む。
「ゲギャッ!?」
地面を転がるゴブリンをさらに迫撃。右手にナイフを展開し横たわったゴブリンの胸に深々と突き刺した。
「ギャッ!」
ゴブリンが
「凄いね! なんていうんだろ? 流れるような攻撃だったよ! ……零門?」
駆け寄るアマオー。対する零門は困惑していた。
「零門? どうかしたの?」
「おかしい……」
「おかしい?」
「私のステータスだと今のゴブリンって一撃で倒せていないとおかしいんだけど……」
「実は強力な個体だったりしたとか?」
「いや、それも無いかな……」
ウィンドウに表示された経験値の数値や、ドロップ品の腰布は普通のゴブリンを倒したのとそう大差のないもの。だとしたら答えは一つ。零門の身に何かが起こってるのだ。
「ライム、私のステータス表をお願い」
「承知ですのよ! ローディンローディン……」
「私も気になるから見てみてもいいかな? 零門のステータス!」
「まあアマオーならいいよ」
「出ましたのよ!」
――――――――――
Player Name:零門
Level:200
―――
States[-]
HP:100(480) / MP:50(2541)
ATK:10(8325) / DEF:10(855)
MAT:10(7631) / MDE:10(995)
AGI:10(1663) / DEX:10(23) / LUK:10(-190)
―――
・States Point[+]
・Species[+]
・Job[+]
・Equipment[+]
―――
――――――――――
「なんでステータスが初期値に……!?」
「何これ!? もしかしてバグ?」
「零門様が先刻の戦いで使用した
「あんりーしゅ?」
「ライム、スキルの詳細をお願い!」
――――――――――
エグリゴリ・ケージの真の力を開放したスキル。
右肩から黒い翼が発生する。翼は攻撃や防御に使用可能。
発動中は毎秒1ずつHPとMPを消費していく。
発動中はMATに大幅なプラス補正が掛かる。
発動中は撃破した敵の数や質に応じてHPやMPを回復する。
戦闘終了後、3時間にわたって全ステータスが初期値と同等になる。
オプションスキル
「
―――――
雷獣の封帯の真の力を開放したスキル。
腕から雷を纏った巨大な爪が発生する。
発動中は毎秒1ずつHPとMPを消費していく。
発動中はATK及びMAT、AGIに大幅なプラス補正が掛かる。
戦闘終了後、2時間にわたって全ステータスが初期値と同等になる。
オプションスキル
「
――――――――――
戦闘終了後、3時間にわたって全ステータスが初期値と同等になる。(片翼)
戦闘終了後、2時間にわたって全ステータスが初期値と同等になる。(雷爪)
つまり5時間にわたって、零門は割り振ったポイントどころか装備の値すら反映されてない初期ステータスの状態での戦いを強制させられるということを示していた。
「デメリット重すぎ……こんなの一度使ったらログアウトしろって言ってるような……」
「でもウインドウの端に『解除する』ってボタンあるよ?」
「それたぶん課金必須なやつだから」
「えっ……」
アマオーはボタンを押しかけた指をスッと引き戻す。その背後で草むらが微かに揺れたのを零門は見逃さない。
「あの戦闘終わった後ずっと街中にいたからステータスの異常に気づかなかったのね……まあちょうど今ヌルゲーはつまらないなぁって思ってたところだし……」
揺れた草むらへと足を進める零門。潜んでいたゴブリンが飛び出すと同時にナイフを一閃する。
「切り替えないとねっ!」
「ゲギョッ!?」
首からスキルのヒットエフェクトを迸らせながら消滅するゴブリン。
「ほら、アマオー、一緒に遊ぼ?」
そう言いながら零門は空いた手をアマオーへと差し出した。
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