第一章 ようこそ世界、ただいま世界

第玖話 始まりの 街にて友と 合流す

 お婆ちゃんは冒険家だった。

 お婆ちゃんが若かった頃、世界が行き詰まる前、海外旅行が今よりずっと楽に行けた時代。お婆ちゃんは世界のあちこちを飛び回って、様々な文化に触れたり、色んな人たちと交流したりしたんだって。


 そんなお婆ちゃんから、世界各地で撮った写真やビデオを見せてもらうのが、小さな頃の私の楽しみだった。お婆ちゃんはたくさんのことを私に教えてくれた。世界の広さを。世界の多彩さを。時には厳しく辛い話もあって、だけどそれ以上に世界は素晴らしくって。そんな世界の話に私は虜にされた。


 私もいつかこんな冒険が出来たらいいなぁって思ってた。そんなことは叶わない時代だって知ったのはおばあちゃんが死んで少し経った後の話。


 そんな時だった。私があの動画に出会ったのは……


==========


 戦士に武闘家、騎士と傭兵、魔法使いに僧侶、音楽家や詩人もあれば、盗賊に道化師等々、様々な冒険者を模った彫像達が、円陣を組むように背中を合わせそれぞれ得物の先から水を噴射する。

 そんな冒険者達に守られるかのように真ん中で祈りを捧げているのは、このゲームのキーパーソン「呼び声の巫女 イア」を模った彫像。


 この場所は始まりの街サーガワン有数の名所の一つ「立志の噴水広場」

 零門は合流予定の親友を待っていた。


「零門様、ご友人はどのようなお方ですのよ?」


「え? ……んーと……どう言ったらいいかな…………一言で言ったら……お天気台風?」


「お天気台風……?」


「本人は凄く明るくて楽しい子でさ、そばにいてくれるだけでこっちも元気になれるっていうか……でも、いつも物事の渦中にいてトラブル続きなのがすごく心配でぇ……って何言ってるんだろ私……」


「なるほどですのよ。零門様のご友人なら素敵なお方ですのよ!」


「いや、人の話聞いてた? ……まあ、ライムは気に入ってくれると思うよ」


 視界端の時計はもうすぐ18時を示そうとしている。零門の脳裏によぎるのは一つの予感……


「もしかしてここでも迷子になってるんじゃ……」


 親友――苺花は極度の方向音痴だった。


「零門様、ライムがご友人をお探しいたしますのよ」


「え? そんなこともできるの!?」


「もちろんですのよ! ご友人のお名前さえ分かればこの街のマップと照合して検索可能ですのよ!」


「それじゃ、お願い。あの子の名前は……」


「わはああぁぁぁ!」


 突然響いた奇声。零門はこの声をよく知っている。


 奇声の方向には、魔法使い用の青いローブに身を包んだピンク色の少女が、興奮した様子で噴水広場の像にスクショを連発していた。


「もしかしてあの方が零門様のご友人ですのよ?」


「……一応検索してくれる? 名前は『アマオー』で」


「了解ですのよ! ローディンローディン……出ましたのよ!」


 零門の眼前に表示されるマップ。自身を示す青い大きな丸印の近くに、他プレイヤーを示す赤い丸印は一つしかない。赤丸をタッチすると「アマオー」というプレイヤー名が表示された。


「ビンゴね……」


 零門はアマオーの元へツカツカと歩み寄り、未だにこちらに気づく様子のない彼女の目を背後から塞ぐ。


「ここは公共の場所ですよー。他のお客様もいますのでお静かにお願いしまーす」


「んあっ! ご、ごめんなさい……というかその声柚葉だよね? いつもより少し高めだけど柚葉だよね!」


「コラ。現実リアルの名前はここじゃ出さないのがマナーでしょうが。……幸い他の人は見当たらないけど」


「あはは……そうでしたぁ。現実の友達とオンラインゲームなんて初めてだからつい……」


 手を振り解き、振り向きざまに手を合わせながら舌を出す。慣れ親しんでいて、なおかつナメ腐ってるともとられかねない謝意の示し方。それは間違いなく苺花が柚葉にやることだった。

 

「はぁ……昼ぶりだね。改めてよろしく。アマオー」


「こちらこそよろしく! ……えーと……『ぜろもん』……?」


「……『れもん』って読むの」


 サーガワン全域に18時を告げる鐘の音が鳴り響いた。


――――――――――


「この方が零門様のご友人ですのよ?」


 嘘夢がアマオーの周囲を注意深く観察するように飛び回る。


「そうだよ。この子がゆz……コホンッ! 零門の……え~と、ガイド妖精?」


 アマオーが嘘夢をジーっと見つめる。


「初対面なのに顔が近いですのよ!」


「あ、ごめんね。私はアマオーって言うの。」


「ライムは嘘夢ライムと申しますのよ。零門様のMENUですのよ」


「そうだそうだ! MENUって言うんだったよね。メニューと掛けてるっていうかそのまんまだね。よろしくね! ライムちゃん!」


「よ、よろしくですのよ。アマオー様……」


 差し出されたアマオーの右手。その人差し指を嘘夢はおずおずと両手で握った。


「そうだ! 私のMENUも紹介しなきゃだよね! 出てきて! 『ショート』!」


「何の用だぜ?」


 アマオーの頭上に魔法陣が出現し、中から緑色の髪をした妖精の少年が顔を出す。


「この子が私のMENU! 『ショート』っていうの! ショートケーキのショート!ほら、二人に挨拶!」


「……こんにちはだぜ」


 そう一言呟くと、ショートはそそくさと魔法陣へ撤退していった。


「ごめんね。まだ照れ屋さんみたいで……」


「照れ屋なんかじゃじゃねーんだぜ!」


 魔法陣から顔を出したショートがアマオーに抗議する。

 そんな様子にクスリと笑みをこぼしながら零門は挨拶を返した。


「よろしくね。私は零門レモン


「零門様のMENU、嘘夢ライムですのよ」


「……よろしくだぜ」


「……また隠れちゃった。ほんとごめんね。私もまだ少ししか話せてなくてさ……」


「出会って日の浅いMENUはそういうものですのよ。ましてや今日出会ったばかりならなおさらですのよ」


「へぇ~、そういうものなんだ? ライムちゃんもそうだったの?」


「そうですのよ。MENUはパートナーとの絆を深めていくものですのよ」


「いつかショートもライムちゃんみたいになったらいいなぁ~」


 えっへん! といった感じに胸を反らすライム。そんな彼女を見ながら、零門は少しだけ罪悪感が湧くのを感じた。



「それにしても髪をピンクに染めるのは思い切ったわね……」


 胸に湧いた罪悪感を誤魔化すかのように零門はアマオーへと話題を振る。


「思い切ってみました~! どう? 似合ってる?」


「うん、似合ってる。見た感じ装備は魔法使いのだけど、耳が尖ってるから種族はエルフ?」


「ハーフエルフだよ。エルフは耳が尖りすぎててちょっとね。これキャラクリの時のスクショなんだけど……」


――――――――――


[種族によってステータスに掛かる補正やNPCからの反応が変わります。]

[※ゲームを進めることで転化(種族の変更)も可能ですが、一定の条件があります。]


[現在選択できる種族は以下の通りとなります。]

 ・ヒューマン

 ・ハーフエルフ

 ・エルフ

 ・ドワーフ

 ・ハーフドワーフ

 ・獣人【犬】

 ・獣人【猫】

 ・獣人【熊】

 ・獣人【兎】


――――――――――


「あれ? 半魔は?」


「はんま?」


「あ、いや、なんでもない。うん……あ、でも私はてっきり獣人選ぶのかと思ってたなあ! アマオーは犬耳とか猫耳好きじゃん」


「それはそうなんだけど、せっかくのファンタジーだから魔法職をやってみたくてさ……零門はヒューマン?」


「あー……うん。ヒューマン。ヒューマンよ私は……」


「零門様……ちょいちょいちょい……ですのよ」


 嘘夢は零門の髪をグイグイ引っ張り耳元でささやく。


「嘘を吐くのはよくありませんのよ」


「で、でもさぁ……!」


 青肌黒目で頭に不揃いの角が生えてて全身タトゥーだらけ。そんな姿を隠しておきたいのが零門。


「でも零門もなかなか思い切った姿してるよね~」


「そう? ……そうだよね、これ」


 「偽装外皮」で種族を偽り、「熊羆の衣装」で全身を覆い隠してるとはいえ、全ての要素が隠せるというわけではない。眼帯も、赤いメッシュの混じった白髪も据え置きだ。これだけでも正直かなり中二病チックではあった。


「眼帯なんて着けてたのいつ振りだっけ? 小学生の時に目を怪我してた時以来だよね?」


「あぁ……そんな頃もあったね」


「それとさ~……」


「わっ!?」


「零門様!?」


 アマオーは零門に抱き着き持ち上げる。驚く零門とライムに対してアマオーは楽しげに笑う。


「私の方が背が高いってなんか新鮮~!」


「そりゃ私は中学の頃のサイズだしぃ~……っていうか身長盛ったでしょ!?」


「えっ、バレた!?」


「厳密には5cmくらい!」


「え~凄~い! なんで分かるの~?」


「それくらい分かるからっ! とにかく下ろして!」


「了解~」


 零門を地面へトスンと降ろすアマオー。


(くっ! 悠然と見下ろしちゃって! 身長と共に態度も増長してるのでは!?)


「フ、フンッ! せいぜいゲームの中で見下ろしてたらいいわ! リアルではさんざん見下ろしてあげてるし~!」


「あ~! それ言うのは反則でしょ~!」



――――――――――



「で、ひとまず今日の目標を決めておきたいんだけどどうかな?」


「さんせ~!」

「賛成ですのよ!」


 出席者3名、欠席者1名。現在時刻18:15。自己紹介諸々も終えたところで本題へと移る。

 「ゲームはダラダラ遊ぶだけでも十分楽しいけど、毎日何かしら目標を立ててやるのが一番!」というのが零門の持論だった。


「大体の場合、目的地やレベルが目安だけど、アマオーは何かある?」


「う~ん……さっき街の中で『オルタラシア・バザール』っていうのがやってたんだけど、いろいろ屋台や露店が出てて凄く楽しそうだった! そこに行ってみたい!」


 『オルタラシア・バザール』

 それは月一の頻度でサーガワンにて行われる露店市のイベント。世界各地から商人が集まり、普段の始まりの街サーガワンでは入手困難な珍品や先の街の品々を手に入れることができるイベントだ。


「目標……ですのよ?」


「露店……うっ……頭が……」


「だめ?」


(露店かぁ……偽装外皮が見た目以外にもちゃんと機能しているのか確かめるいい機会かもしれない。それに外套やマントの類はもっと種類を確保しておきたいし……)


「いいよ…後で行こっか」


「やった! 後、『剣先の断崖』って所に行きたい!」


「剣先の断崖ですのよ?」


 『剣先の断崖』とはこのゲームのランドマークの一つ。第2の街「ファーステップ」のすぐ近くにある絶景スポットだ。初日のプレイならいけなくもない場所だが……


「ずいぶんと具体的な地名出すわね……」


「実は……」


 アマオーから耳打ちされた内容に、零門は目を見開く。


「そ、それって今も機能するわけ……!?」


「正直、私も遅くなりすぎちゃったと思うよ。でも期限とかは書かれてないからワンチャンスあるかも!」


「な、何ですのよ? ライムにも聞かせてほしいですのよ~!」



――――――――――


 約15分に及ぶ話し合いの結果以下のように予定が決まった。


18:30~19:00 街の外でモンスターと戦おう!


19:00~19:30 バザールを楽しもう!


19:30~21:30 夕食&お風呂休憩につき一旦ログアウト


21:30~ 再び合流。「剣先の断崖」を目指そう!

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