第捌話 初手にして 至高の難関 キャラメイク
ゲームにおける最初にして最大の難関とは何か?
それは「キャラメイク」である。
例えば、キャラメイクをミスって微妙な顔の主人公でストーリーを進める羽目になったとする。
危機に陥る人々を守るため、颯爽とモンスターの前に現れた主人公のその顔は微妙なのだ。
眉目秀麗なライバルと激しく鍔競り合う主人公のその顔は微妙なのだ!
技術と情熱の粋を注がれた絶世の美少女であるヒロインと甘酸っぱくも心を通わす主人公のその顔は微妙なのだ!!!
世界を今まさに征服せんとする魔王に勇敢に立ち向かう主人公のその顔は微妙なのだ!!!!!
お分かりいただけただろうか? 序盤のキャラメイクをミスるということ、それはつまりゲーム全編の面白さと情熱を損なうに等しいということに。
だが技術の進歩はキャラメイクという要素に、圧倒的な自由度と複雑さと難解さを与えた。どんな顔でも作れるようになった反面、可愛い顔もカッコいい顔も作り上げる難易度も著しく上昇してしまったのだ。せっかく長い時間をかけて可愛くメイクしたキャラが、本編ではブサイクなオカメ顔になってて涙を流したゲーマーは数多い。
そしてプリセットやテンプレートをそのまま流用でもしない限り、個々人の経験やセンスの有無が大きく出てしまう。それは今までのゲームには求められてこなかった新たな要素。どれほどコマンド入力が上手かろうが、どれほどエイム能力が高かろうが、どれほど盤面のコントロール力が高かろうが関係ないのである。
そしてそれはフルダイブ系VRの発展したこの世界においても同様の事である。
娯楽の中心が仮想現実に移り変わり、ゲームにとどまらず様々なコンテンツがフルダイブ系VRの形リリースされるようになったこの時代。
アバターとは「画面の中の自分の分身」ではなく「仮想世界の自分自身」を意味するようになった。生まれや遺伝子に左右されることなく皆が美男美女になることが出来る時代の到来。それは逆に言えば、アバターを美男美女に出来なければお察しということである。
書店ではキャラメイク専門の雑誌がズラリと並び、「
ゲームの一要素でしかなかった「キャラメイク」が今や時代の一大産業となったのである……!
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紺色の地平に白い格子線の引かれたいかにも電脳的で殺風景な世界。そこにいるのは一人の少女と一つのマネキン、そして人魂のように朧気な光を放つ球体。
「う~ん……困った」
少女は小一時間、目の前のマネキンとにらめっこをしていた。手元のウィンドウを操作し、マネキンの目の形や大きさを変えたり、鼻や耳の位置を調整したりする。時にはマネキンを直接ペタペタと触り、輪郭を確かめたり直接形を整えたりする。
「これは無限に遊べちゃうなぁ~」
最古にして未だ最先端(ただし技術に限る)、原初にして未だ最高峰(ただし技術に限る)と名高いオルタナティブ・ワールド・コーリング。そのキャラメイクに少女ーー
―――
「~~~♪」
苺花は鼻歌を口ずさみながらにマネキンの細部を整えていく。鼻のラインや目の形、まつ毛の長さや肌の質感等々、設定できる数は項目にして100種類を優に超え、さらには直接マネキンを触って調整することも可能。このマネキンこそが苺花がゲームで操作するアバターとなるのだ。
「完成! よくできてる~♪」
さらりとした綺麗な黒髪、キリッとした鋭い目つき、その端正な顔立ちは個々人の好みを抜きにすれば100人中99人が美人だと答えるであろう美少女。これが苺花のアバター……ではなく
そう、苺花はキャラメイクで遊んでいた。家族や友達の顔を再現したり、再現した顔で変顔させたり等して、2時間弱もの間遊んでいたのである。
「あ、もうこんな時間だ! そろそろ本腰いれて作らないと!」
苺花は自分の頬をペチンと叩き、自分自身のキャラメイクに移る。
「確か、ここの項目の中に……あった!」
苺花が選択したのは「現実の姿を反映する」のボタン。選択直後に現れたプライバシーや個人情報の保護に関する警告のウィンドウを消すと、アバターの姿形が現実の苺花を反映したものへと姿を変えた。
―――
苺花はアバターを
一つは単純に楽だということ。
「もう少し目をつり目気味にしたい」だとか「もうちょっと頬の輪郭をシュッとした感じにしたい」だとか、普段から見る自分の顔だからこそ、どこをどう手を加えたいか、どこをどうしたいかがはっきりとしており、理想の自分の姿に近づけやすいのだ。
そしてもう一つは表情を最も自然に作ることが出来るということである。
表情とは「目」や「口」といった表から見えるものから「骨格」「筋肉」「関節」といった表には見えないものまで、顔を構成するパーツを総動員して形作られるものである。
ここの匙加減を間違えると、真顔は綺麗なのに笑顔が不気味になってしまったり、普通に話してるだけなのに顔が無駄にうるさいことになったり等の瑕疵が生じる。
しかしながら骨格や筋肉といった部分を調整するのは、医者ならともかく苺花のような一般人では非常に難度が高い。実際問題、巷で流行りのAA検定において骨格や筋肉へのアドバイスはどちらか一つができれば準1級、両方出来て1級として扱われるという。
故に、元々表情を作る土台が仕上がっている現実の姿を反映することで、表情が崩壊するリスクを避けたというわけなのだ。
―――
「あ、種族の選択忘れてた……」
選択できる項目は「ヒューマン」「エルフ」「ドワーフ」「獣人」の4つ。エルフとドワーフは純正種かハーフ種かを選べ、獣人はモチーフとなる動物の種類を選ぶことができる。種族によって見た目以外にもステータスの補正や魔法・スキルに関する適性などが変わってくる。大まかにはこういう感じだ。
・ヒューマン:「
・エルフ:「
・ハーフエルフ:エルフとヒューマンを足して2で割ったようなステータス。
・ドワーフ:「HP」「物理防御」「魔法防御」「物理攻撃」「
・ハーフドワーフ:ドワーフとヒューマンを足して2で割ったようなステータス。
・獣人【犬】:「物理攻撃」と「敏捷」に優れ、「MP」「魔法攻撃」「器用さ」が見劣りする。動物系素材アイテムに補正有。
・獣人【猫】:「物理攻撃」と「敏捷」に優れ、「HP」「物理防御」「魔法防御」が見劣りする。動物系素材アイテムに補正有。
・獣人【熊】:「HP」「物理攻撃」「物理防御」「敏捷」に優れ、「MP」「魔法攻撃」「魔法防御」「器用さ」が見劣りする
・獣人【兎】:「物理攻撃」と「敏捷」に優れ、「HP」「物理防御」「魔法防御」が見劣りする。「敏捷」に関しては全種族最速タイ。
これ以外にも種族は存在するものの、今現在キャラメイク時点で選択できるのは以上の9種類である。
「う~~~ん……見た目的には猫だけど……よし!」
せっかくのファンタジーということで魔法職願望のある苺花はハーフエルフを選択。エルフにしなかったのは、慣れない状態で物理関係のステータスにマイナス補正が入りすぎるのは危険と判断したためである。後、耳が尖りすぎるため。
―――
少しだけ耳の尖った自分のアバターを見つめながら、苺花はどこに手を加えていくかを思案する。普段自分の顔をどうしたいと思っているかを軸に、尖り耳とのバランスも考えイメージを固めていく。イメージが固まれば、あとはそれに沿う形になるよう手を動かしていくだけ。
「~~~♪ よし、大体こんな感じかな?」
大まかにデザインを整えた後、苺花は自分達の上に位置していた
苺花はVRゲームこそ初体験なものの、非ダイブ系のレトロゲームはたくさんプレイしてきたため、こうしたキャラメイクのコツも掴んでいた。
角度や光源による変化。そのチェックを怠ったのがキャラメイク失敗の理由というケースは案外多い。角度や光源をデフォルトの向きから一切変えずにキャラメイクを完成させると顎や頬骨といった部位の違和感を見逃しやすく、特定の角度からの写真写りは抜群に良いのに動いた途端にブサイクになるなんてパターンが頻出するのだ。
―――
「ふぅ~~~完成!」
かれこれ小一時間、遊んだ時間も含めればおよそ2時間半にも及ぶ長丁場の末、苺花のアバターは完成した。
大まかな輪郭は現実の自分をベースに、ハーフエルフの尖り耳、目は現実よりも若干つり目寄りで瞳の色は鮮やかな赤、色白ながら不健康さを出さない程度には血色の良い肌、悩みの種だった癖毛気味な髪質を絹のようなサラサラヘアーに魔改造しつつ、髪色は大胆にピンク色に。そして(本当は非推奨行為なのだが)身長を3cm……いや、5cm程盛っている。会心の出来栄えに苺花は内心自画自賛する。
最後にモーション連動機能でアバターの動きや表情に瑕疵がないかをチェックした後、苺花は「キャラメイク完了」のボタンをタッチするのだった。
◆◇
キャラメイク完了のボタンを押すと、私の視界は眩しい光に包まれた。眩しさに目を閉じ、再び開けた時にはログハウスの中で椅子に座っていた。目の前には鏡。そこに映るのはさっき作ったばかりの私のアバター……違う、私自身だ!
「あら、それがあなたの姿なのね?」
鏡を構えた綺麗な女性がそう言う。キャラメイクが始まる前、彼女は自分のことを「呼び声の巫女『イア』」と紹介してたっけ……? もう2時間半くらい前の話だし……あ!
「待たせちゃってごめんなさい!」
「あら、いいのよ? 素敵ね。その姿。」
「あ、ありがとうございます……」
イアさんはフフッと微笑みながら、私に話を続けた。
「あなたの姿……本当の姿と憧れの挟間って感じかしらね……とてもいいと思うわ。」
「えっ!?」
「な~んてね。ごめんなさい。少しからかっちゃった!」
イアさんは笑いながらそう言った。なんだか手玉に取られた感じだけど不思議と憎めない。なんだか不思議な魅力に満ちた女性だなって。
「さて、まだあなたに大事なことを聞いていないわ。」
「大事なこと?」
「あなたの名前よ。教えてちょうだい?」
その言葉と共に私に差し出されたのは紙とペン。どうやらここにプレイヤー名と
「なるほど……これがあなたの名前なのね。」
イアさんは渡された紙に記された私の名前を読みつつ、イントネーションの確認までしてくれた。
「もう少しお話ししていたいけど、もうすぐ時間ね。名残惜しいわ。」
そう言いながらイアさんはログハウスの扉に手をかける。
「この扉を開けばあなたの冒険が始まる。覚悟はいいかしら?」
「はい!」
「いい返事。それじゃ最後に一言。」
「迷ったときは何時だって『声』がそこにあるから。」
え? それってどういう意味……?
そんな疑問を口にする前に、私はログハウスの外へと吸い込まれるように投げ出された。
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―――この世界には呼び声が響いている。
―――それはあなたを呼ぶ声だ。
―――それはあなたを導く声だ。
―――それはあなたを誘う声だ。
―――あなたは声に呼ばれてここに来た。
―――あなたは世界の声を聴くことができる。
―――それは誰もが持ちうるそれじゃなく、
―――されどあなただけが持ちうるそれでもない。
―――さあ、世界に降り立つ時が来た!
―――さあ、自分の足で立って!
―――さあ、自分の肌で感じて!
―――さあ、自分の目で見て!
―――さあ、自分の声を聴いて!
--- Welcome to Alternative World ---
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「ぉ∼∼∼ぃ!」
優しい風が私の頬を撫でる。背中から感じる感触からすると、私は草の上で寝転がってるみたい。そのあまりにも自然すぎる感覚に、私は目を開けるのを躊躇する。もしもこれが夢だったら、目を開けた途端に消えてしまうだろうから。
「お~~~い! 早く目を覚ましやがれなんだぜ!」
知らない男の子の声がする……これ以上目を瞑り続けるのもよくないよね……
言われるままに目を開けて起き上がると、緑色の髪をした妖精の男の子が目の前をふわふわと浮いていた。
「え~と……」
「お前がお告げにあった『イア様のお墨付き』なんだぜ?」
「『イア様のお墨付き』? ……あ、プレイヤーのことなんだっけ?」
「ん? 何わけわからないことを言ってるんだぜ?」
周りを見渡すと、ここは小高い丘の上のようだった。すぐ横に道があって、その道の先には大きな街が見える。見たこともない街。今までどこかおぼろげだった実感が急に湧いてくるのを感じた。
そうだ、やっとこの世界に来れたんだ……ここから冒険が始まるんだ……!
「どう見てもお前が俺の『イア様のお墨付き』なんだぜ! 名前を教えろなんだぜ!」
「うん、そうだね!」
私は目の前の妖精くんに手を差し出し言った。
「わたしの名前は“アマオー”っていうの! よろしくね!」
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