番外 廃人は 高みにありて 尚もまだ
見渡す限り緑の地平線。現実であれば雄大さを感じるこの景色もゲームとして見れば手抜きの塊。所々に言い訳じみて配置された木々や大岩が尚更侘しさを加速させる。
空を見上げれば青い空と白い雲。内部のプログラムによってランダムに生成される雲に、プレイヤーを取り巻く乱数との関連性が取り沙汰され検証が賑わったのも今は昔。
ふと柔らかな風が平原を吹きわたり、足元の草花を揺らしていく。その風向は北北西から。それと相反して頭上を流れる雲は北へ北へと流れていく。
特に特徴的なオブジェクトやギミックがあるわけでもないこのような手抜きと凡ミスはゲームの後半に行けば行くほど増えていく。旧スタッフ陣の一斉解雇を皮切りにクオリティを著しく低下させたこのゲームの象徴的一面と言えよう。
そんな平原のど真ん中で佇む男が一人。全身を特殊な意匠を施された錆色の鎧で覆った青髪の青年だ。男は銀色の盾を高々と掲げスキルを発動した。それは強制エンカウントのスキル。
途端、先ほどまでのどかだった平原の空気が一変した。平原からはどこからともなく鹿型モンスターの群れや獅子型モンスターが現れ、空からも怪鳥やワイバーンが頭上から男を急襲する。大量のモンスター達に標的にされているにもかかわらず、男の顔色は一つも変わらない。掲げた銀色の盾から剣を抜き、近づくモンスター達を次々と切り倒していく。振り下ろした一撃が獅子を真っ二つに裂き、銀色の剣閃が怪鳥を串刺しにする。ワイバーンの吐いた毒ブレスはスキルによる見えない盾に阻まれ、返す刀で放たれた飛ぶ斬撃が首を刎ねる。
「クェーーーーーン!」
「「「「「クェーーーーーン!」」」」」
巨大なボス鹿に先導され、鹿型モンスターの群れが男目掛けて殺到する。それは手練れであっても無事には済まされない質量攻撃。プレイヤー間でも迎撃よりも回避がセオリーとされる。しかし男は避ける素振りを一切見せず、盾を構え、剣の切っ先を群れへと向け叫んだ。
「サーヴィ・スエリア!」
それは男の持つ武器に付与された特殊スキル。盾と剣、それぞれ刻まれた龍の意匠が光り輝き、大小一対の白銀の龍となって男の横に現出した。男が剣を振るうと、小さな方の龍がそれに追随するように宙を飛び回り、次々と鹿達に喰らいつき蹂躙していく。
「クェーーーン!」
群れが蹂躙される中、ボス鹿が跳躍で龍を躱し男へと迫る。黒い光を帯びて振り下ろされる禍々しい角。それを男は盾で真正面から受け止めた。
「終わりだ」
男の背後でとぐろを巻いていた大きな方の龍がボス鹿へと襲い掛かる。角を振り回し龍に応戦するボス鹿。男はその懐へと潜り込み、その無防備な腹に盾を叩きつけた。
「クェン!」
ボス鹿は高々と宙を舞い、その身体に大小の龍が喰らいついていく。スキルの発動時間を終えた龍が霧散し消えていく中、男は落ち行くボス鹿にとどめの一撃を放った。
「戦闘終了! これがリザルトよ!」
眩いばかりの金髪に白いワンピース姿のMENUが男の周りをくるくると飛び回る。
「あれほどの数を
「とりあえず村に戻る。面倒だから案内を頼むよ、ティア」
「フン! 道くらいちゃんと覚えときなさいよ! ま、仕方ないから案内してあげる! こっちよ、ルインス」
ティアというMENUを連れたこの男の名はルインス。レベル450にまで到達したいわゆる
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「村の周りの魔物を討伐してくださり、ありがとうございます! これでまた安心して暮らせます……!」
村長の男はルインスに感謝の意を示し、握手を求める。握手に応じたルインスに対し、ティアは耳元でこう囁いた。
「リンゲージ成立よ」
「別にそれが目的じゃない。どうやら当てが外れ……」
ふと、ルインスの視線が村長の男ではなくその後ろの子供たちに注がれた。村を救った救世主に目をキラキラと輝かせる少年と、他所の人間に対して警戒心が抜けきらず真横の少年の袖をギュッと掴む少女。ルインスが
「すいません、村長さん。ちょっとあの二人にお話を聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろんですが……」
「ちょっといいかい? 君たち。そのペンダントについてなんだけど……」
ルインスは懐からリンゴを二つ取り出し、少年少女へと話しかける。このリンゴは「仲良しリンゴ」と呼ばれるアイテムであり、これを渡したNPC(特に子供)の好感度を上昇させる効果を持つ。「初手リンゴ」と呼ばれるこの行動はNPC達から効率よく情報を収集するためにプレイヤー達が頻繁に行うテクニック。傍から見れば犯罪臭しか感じないという欠点はあるが、NPCには基本不問だ。
「「リンゴありがとー!」」
「どういたしまして。君たちはどこでこれを手に入れたのかな?」
ルインスの問いに対し、少年はリンゴを頬張りながら答える。
「村の外に俺たちがいつも遊び場にしてる岩場があってさ。不思議な形した大きな魚と一緒に落ちてたんだよね」
「大きな魚?」
「うん! なんかすっごい四角い形しててさ! あんなの俺初めて見たもん」
「魚はどうしたのかな?」
「それがさ、ふしぎなんだけ……」
「飛んで行っちゃいました!」
少年を遮るように少女が答える。いかにも面白いものを見たと語るような態度の少年に対して、少女はどこか思いつめた風にルインスは感じた。
「私たちを見た途端、すぐにどっかに飛んで行っちゃったんです。そしたら、お魚さんがいた場所にこれが落ちてて……」
件のペンダントを見せながら少女は言った。
「あのお魚さん……なんかすごく悲しそうでした」
「悲しい?」
「えー! 俺は楽しそうに見えたけどなぁ~」
「楽しい……」
ルインスは暫し黙考した後、もう一度仲良しリンゴを二つ取り出しながら尋ねた。
「二人のそのペンダントを僕に見せてくれるかな?」
「「うん! いいよ!」」
リンゴと交換するような形でペンダントを受け取る。二つのペンダントはちょっとしたパズルのような構造をしており、ちゃんとした手順を踏むと元から一つであったかのように綺麗に組み合わさった。ルインスは完成したものをティアの方へ差し出し言った。
「ティア、読み取ってくれるかい?」
「えぇ! ……うぅ……わかったわよ……」
ティアが渋々それに触れる。直後、彼女の身体が硬直し何かに憑かれたかのように目から異様な光を放ちながら話を始めた。
「
「
光が止み、ティアが体の制御を取り戻す。
「うぅううぅ~っ! これ嫌い! ほんと嫌い!」
喚くティア、それを見て村長は心配そうにルインスに尋ねる。
「お、お付きの妖精様は大丈夫ですか?」
「剣先の断崖か……あ、ティアのことなら大丈夫です」
「あなたには聞いてないでしょ! というかなんでルインスに聞くのよ!」
「妖精さん、大丈夫?」
「リンゴあげるよ?」
「あら、ありがとう♪ でも大丈夫よ!(ルインスの方を向いて)この子達の純粋さと優しさを見習いなさい!」
「はいはい……これ、返すね。ありがとう」
「「うん!」」
ルインスはペンダントを元の形に分解し、二人に返却する。その後、村長からクエストの報酬を受け取り、街を発ったのだった。
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「それにしても『剣先の断崖』か……まさかまさかだな」
『剣先の断崖』……それはこのゲームでも最初期のロケーションの一つであり、ルインスのような廃人プレイヤーが今更訪れることはまずない場所だと言えた。
「でも行くんでしょ?」
「もちろん。一番近いのはファーステップだったっけ? というわけで転移門のある町まで案内頼むよ」
「わかったわよ。ついてきなさい!」
フフンと鼻を鳴らしながら先導するティアの後ろをルインスはついていくのだった。
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