番外 今なおも 因縁のいと 果てしなく

――ネヴァーエンド――


 それはオルタナティブ・ワールド・コーリングがサービス開始された当初、最後の村に位置する拠点だった。


 そこに初めて到達したパーティーが見たのは村と呼ぶにはあまりにも程遠い、一軒の名無しの掘っ立て小屋。その中にはセーブポイントと錆びついて使い物にならない開墾道具の山。そして老人のミイラと置手紙が残されていた。



「終わりなき繁栄を。果てしなき未来を。」



 それを最初に発見した一団が何を思ったのか、今はそれを知る由はない。

 老人の残した手紙に心を打たれたのか、申し訳程度のセーブポイントのみだった小屋をよほど寂しく感じたのか、はたまた苦労の末にたどり着いた最後の拠点があまりにお粗末だったことへの悔しさか……

 いずれにせよ彼らは開墾道具を手に取り、それを修繕して小屋の周囲の開拓を始めた。


 とはいえ一パーティーで出来ることは限られる。人も資材も圧倒的に足りない。そこで彼らは助けを募った。フレンドへのメッセージ、ゲーム内の共有チャット、連動サービスの掲示板、外部のSNS等を駆使し支援してくれるプレイヤーを集めた。


 果たしてどこまでが運営の意図したものだったのかは定かではない。ただ言えるのは、それがまだシステムとして実装される以前の、そしてオルタナティブ・ワールド・コーリング原初のプレイヤークエストの幕開けであったということ。


 ある程度開発が進むと今度は常駐する人材が必要となってきた。いくら建物ばかりが並んでいても、人の賑わいが無ければゴーストタウンに過ぎない。これはログイン時間の限られるプレイヤー達には無理があった。


 そんな時、突然あるキャンペーンが告知された。

 「放浪する者達」と題されたそのキャンペーンの内容は、今まで町や一部スポットに配置されたNPCとは別枠で100種類もの特殊NPCがそれぞれ指定の地点に出現するというもの。例えば現役から退いた老騎士、例えば身寄りのない孤児、例えば駆け落ちした異種族のカップル、街の開拓という試みに興味を持った獣人の行商人、独立したはいいが拠点に困ったドワーフの鍛冶師etc……


 こういった個性豊かなNPCからの依頼クエストをこなしつつ、最前線の拠点まで案内すると特別報酬が獲得できるという内容であり、多くのプレイヤーたちがキャンペーンに参加し、情報の共有も積極的に行われた。


 そしてキャンペーンの終了後、彼らは「この街に定住した」という体で最前線の拠点の住民NPCとなったのだ。


 こうして、いつしかの一軒の掘っ立て小屋は小さな集落へ、村へ、そして街へと発展を遂げた。


 ある時王都から使者が遣わされた。「街としての名前を登録せよ」との通達であった。

 メタなことを言ってしまえば、運営からの粋な計らいだったのだろう。


 街の名前決めにはプレイヤー達がガチからネタまで様々な案を提供し、選考には一悶着も二悶着も発生したものの、最終的に初代首長の置手紙から拝借したこの名前へと決まったのだった。



Never end果てしなく続く



――――――――――


 「転移門」

 それは追加課金プラン及びキャンペーンの特典を享受したプレイヤーのみが使用できる、街と街を繋ぐワープポイントである。プレイヤーは行ったことのある街に限り、この転移門を使って好きに行き来ができる仕組みとなっている。


 青い肌の半魔の少女と紫髪の妖精が転移門を潜り街を出た直後、入れ違うように街へと降り立ったのは赤い肌の上半身を大胆に晒した半魔の少年とそれに付き従う黒いワンピース姿の妖精。


「ネヴァーエンドなんて来たのは何時ぶりだ?」


「ナユタは疑問。ムゲンは何故あのオンナに執着する?」


「そりゃアイツには負けっぱなしだったからな。久々に来たリベンジのチャンスは逃さねぇよ!」


「もうムゲンはあのオンナよりもずっと強い。戦うまでもない」


「そりゃそうさ。だけどな……」


 紅き半魔“ムゲン”は己のMENUである“ナユタ”に語った。


「勝ち逃げは許せねぇだろ?」


――――――――――


 「集会所」

 そこには冒険者ギルド、傭兵ギルド、職人ギルド、商人ギルド等といった複数のギルドが拠点を置いており、クエスト受発注やメンバー募集等を目的に集まった多くのプレイヤーたちで賑わう……とされている。


 集会所の大広間は閑散としている。ギルドの受付以外にも所々人が突っ立っているが、あくまでそれは賑やかしNPCに過ぎない。かつては最前線だったこの街も、7年超経った今ではマップの序盤部分に位置する小さな拠点。その特殊な成り立ちを除けば何一つとしてユニーク要素はなく、設備UIは時代遅れ、特に大きなイベントの発生も見込めないこの街にわざわざ足を運ぶプレイヤーは滅多にいないのだ。


 そんな寂れた大広間を黒いローブに身を包みフードと仮面で顔を隠した一団が縦断していく。他に反応する対象もないNPCたちはその一団を見て口々に緊張した面持ちで呟く。「暗殺者ギルドの連中だ」と……


「ターゲットを直ちに探し出せ。見つけ次第、私が確保に向かう」


 集会所を出たところで、リーダーである先頭の女が他の4人に指示を下した。徹底して抑揚を潰したかのようなその声からは、彼女の感情を察知するのは不可能。他4人の仮面が「無表情の人間」を模したものであるとすれば、リーダーの顔を隠す仮面は「無」そのもの。除き穴も呼吸口も無い仮面の裏の表情を窺い知るのは困難を極める。


「「「「ハッ!」」」」


 リーダーの指示を受け、部下たちは散開して町を散策し始める。それを手元のマップで確認しながらリーダーの女“九十九ツクモ”は己のMENUである仮面の妖精“イツ”にも指示を下した。


「イツ、ターゲットの位置を検索」


「ハッ! ローディンローディン……」


――――――――――


「ローディンローディンローディンローディン…………出た」


「お? それでアイツはどこにいる?」


「建物の中から裏路地まで探った。だけどあのオンナ、この街にはいない。ムゲンはどうする?」


「となるとこの街を出たか……フレンドリストを頼む」


「わかった」


 ナユタがムゲンのフレンドリストを表示する。ムゲンが注視するのは“アイツ”の名前とログイン状態。


「『オンライン』ってことはつまりまだログアウトはしてないってことだな」


 ムゲンがこのことに気付いたのはつい先ほどの話。そのプレイヤーは長らくの間「オフライン:最終ログイン3年前」と表示されていた。なぜ3年以上もログインしていなかったアイツが今になって再びこの世界へ降り立ったのか? 疑問はあるがとにかく今は……


「ムゲンはどうする?」


「探すに決まってるだろ」


「そうじゃない。どこを探す?」


「アイツのことだから進んでるんだろ。周囲のフィールドから探ってみようぜ」


「わかった」


 そうして、ムゲンとナユタは街の外へと繰り出すのだった。目的の人物が「先」ではなく「最初の街」に向かったことを知らないまま……


――――――――――


 所変わって暗殺者ギルドの本拠地。カラスと呼ぶにはいささか巨大すぎる三本足の巨鳥の遺骸こそが暗殺者ギルドの本拠地である。その頭部に構えられた小さな座敷。骸の目は窓になっており、そこに映るのは外の景色……ではない。


「申し訳ありません、頭領。有効な手掛かりは得られず」


 窓に映るのはネヴァーエンドにいる九十九。“頭領”と呼ばれた着物姿の女性NPCは、ネヴァーエンドへと派遣した部下からの報告を聞いていた。


「なぁに、問題ないさ。すぐに捕まるとは思ってなかったからねぇ……」


 頭領が懐から取り出したのはとあるアサシンの名簿。その名簿には「破門」の印が刻まれていた。


「いつか必ず落とし前はつけてもううとして……別にアンタが粘る必要はないんだよ? それでも続けるのかい?」


「はい。必ず見つけてみせます」


「分かったよ」


 頭領が筆を走らせると、九十九の元へクエスト続行のサインが表示される。九十九はそれをみとめると通信を切った。


―――そのクエストの名は「復帰者カムバック大歓迎キャンペーン


――――――――――


 紅き半魔、無貌の暗殺者、刻みし因縁は未だ氷山の一角に過ぎず。

 それはかつて繋いだ縁達。その一握り。それがもたらすのは如何に……?


 それが分かるのは少し後になってから。


 過去の因縁は果てしなく続く……

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