第伍話 仕様とは 悪用するもの されるもの

―――アタシが直々にアンタを叩き潰してやるさね!




 零門の頭がその言葉を理解するよりも、老婆が足元の短剣(※売り物)で斬りかかるよりも、零門の身体は早く、速く、疾かった。即座に後方へと跳び退って老婆の一の太刀を躱し、続く二の太刀三の太刀もどうにか掠り傷に留める。


「毒! 毒! 毒状態ですのよ!」


 真横で叫ぶライムの声、目の前にはなおも攻撃の手を緩めない老婆。四の太刀五の太刀を続けざまに躱したところでようやく零門の思考が追い付く。


「……っ!?」


 あちらは現在猛攻中、こちらは無手かつ毒状態。圧倒的に不利な状況下で「回避」「反撃」「回復」その他諸々の選択肢が頭の中をよぎる。現状とるべき策は……


 迫る六の太刀を注視しつつ、風を帯びた右腕をかざす。


「吹き荒べ!」


 放たれた風属性の魔法が両者の身体を吹き飛ばし、両者の距離を強引に開かせた。零門は着地先で半ば強引に体勢を整えつつ回復アイテムを取り出し解毒と回復に専念。対する老婆は軽やかに後方へと跳んで元居たカーペットの上へ鮮やかな着地を決める。


「ほほう……仕切り直しを選択するとはなかなか侮れんさね」


「それはどうも」


 再び攻勢を仕掛ける老婆。だが先ほどとは違い零門にも迎え撃つ準備はできている。両手に展開した短剣で老婆の攻撃を三振り弾き、二振り躱した返し刀で老婆の腹を蹴る。


「ぐっ!」


 老婆は呻き声をあげながら、後方へと跳び退った。零門はさらに追撃を……選択せずにその場で踏みとどまる。直後、両者の間の空間が突然爆ぜた。


「爆弾!? 油断ならないなぁほんと!」


 爆煙を切り裂き、老婆へと接敵。繰り出した二太刀は老婆が蹴り上げた盾(※売り物)に阻まれ届かない。


「ケケッ! そういうアンタもなかなかのやり手さね。さすがあの三人を一瞬で片づけてきただけはあるさね」


「はは……っ!」


 この場において売り物の数とは得物の数。売り物を拾わせないために老婆の懐へと瞬く間に潜り込み、至近距離での戦いに持ち込もうとする。だが……


「うわっ!?」


 足元のカーペットを引っ張り上げる老婆。それに足を捕らわれるような形で零門は地面に後頭部を打ちつけた。ダメージは微量、だが視界の急転はプレイヤーである柚葉に数値以上の影響を与えた。


「くっ!」


 零門の首を落とさんと老婆が大剣を振り上げる。零門は即座に真横に転がり斬撃を回避。強引に飛び起き、牽制の斬撃を加えながら距離をとった。視界急転の影響か、足元が少々おぼつかない。


「おやおや、惜しかったさね~。もう少しで真っ二つにしてやれたのに」


 老婆は振り下ろした大剣を片手で軽々と持ち上げ、地面に突き刺した。そしてもう片方の手に握ったカーペットをヒラヒラと揺らしながら零門を挑発する。


「足元注意さね~」


「中々セコい真似しちゃって……!」


「ケケッ! こちとら数多の修羅場を潜り抜け、この街の裏社会の頂点に立った商人さね! 必要に迫られればいくらでも切れる手札があるさね!」


 老婆はバサリとカーペットを振り上げこう言った。



「露天商の本気の戦い方ってのを見せてやるさね!」



(露天商の本気の戦い方……?)


 謎のワードに混乱する零門をよそに老婆はカーペットを華麗に振り回し始めた。


 飛び道具や魔法攻撃に対する防御。鞭のような攻撃。カーペットの模様を利用した幻惑スキル……零門の頭の中に様々な仮説が去来する。相手の出方を窺い、様子見の選択を取った零門。直後、彼女の顔面ど真ん中を狙うかのようにナイフが飛来した!


「なっ……!?」


 身体を反らし慌てて回避する零門。ナイフは彼女の頬を掠め、後方の地面へと突き刺さる。その様を横目に見つつ、彼女の脳裏をかすめたのは「ブラフ」の三文字。振り回すカーペットはただの囮で本命は投げナイフという説だ。


 だがこれには一つ大きな問題点がある。割に合わないのだ。わざわざカーペットを振り回すような大掛かりな仕掛けで本命が投げナイフ。明らかにつり合いがとれていない。だとしたら投げナイフで終わらない何かがある。そう、例えば……


 


「っ!?」


 即興の土属性魔法で壁を作り何とか武器群の大半を防ぐ……が、防ぎきれなかった武器群が零門に突き刺さり、彼女に少なくないダメージを負わせた。


「ライム、アイテム図鑑をお願い! 検索ワードは『商人』『カーペット』」


「承知ですのよ! ローディンローディン……検索完了ですのよ!」


 零門の目の前に出現するいくつかのウィンドウ。その中から目当ての情報が表示されたものを選択する。


―――――

『露天商のカーペット』

商人用アイテムボックスと並んで露天商必須のアイテム。

装備した商人用アイテムボックスから所持アイテムを好きなだけ即座に出し入れできる。

―――――


「ライム、ありがと。危ないから下がってて」


「了解ですのよ! ご武運お祈りいたしますのよ!」


 岩の壁から顔を出し老婆の様子を窺う。対象が壁に身を隠したからか、謎のカーペットの舞も謎の武器射出も一旦休憩のようだ。零門は岩壁の横から相手の出方と謎の攻撃の正体を探る。


(グラの使いまわしでもない限りは同一のアイテムで間違いない。あれは『露天商のカーペット』……)


 『露天商のカーペット』には「大量の武器やアイテムを射出する」という効果は存在しない。あるのは「アイテムを好きなだけ即座に出し入れできる」という効果のみ……


(……まさか!?)


 「アイテムを好きなだけ即座に出し入れできる」……零門の頭の中で一つの仮説が組みあがっていく。


「もういいかい? バレバレのかくれんぼも終わりさね!」


「まーだだ……よっ!」


 突然壁が炸裂する。老婆は密かに壁の付近に爆弾系のアイテムを撒いていたのだ。


 零門はその数瞬前に後ろへ跳んでいたため大ダメージはどうにか回避できた。先ほど向こうを覗いた際、壁の麓の違和感に気付けなければこの一撃で零門は終わっていただろう。


 しかし老婆は彼女に息を就かせる暇も与えない。ナイフ、ダガー、ハンマー、こん棒、トマホークetc……無数の武器が次々と零門へと襲い掛かる。その武器群を避けたり弾いたりしながら、零門は注意深く老婆の動きを観察した。


 零門が立てた一つの仮説……その仮説が正解であることは老婆の動きや迫る無数の武器やアイテムが物語っていた。


「いや、ちょ、それは……!」



それ仕様の悪用はプレイヤーの戦い方でしょ!」



 仕様とは悪用するものであり、悪用されるものである。それは多くのプレイヤーが実行してきたこと。ゲーム史のみならず様々な場面で人はルールの穴を突いたような裏技で悪事を働く。しかし今それを実行しているのは「人」ではない。「人」を模した「プログラム」である。


 この老婆、カーペットの仕様を悪用して出現した武器やアイテムを手で投げ、足で蹴り、カーペットで打ち、片っ端から零門に向けて射出していたのだ!


「いやいやいや! この物量は無理! 無理! 無理ぃぃぃ!」


「おやおや? もう音を上げるさね? 若造!」


「商人として売り物を投げまくるのはどうかと思いますけど!?」


「あなたの死体から身包みひっぺがえせばお釣りが返ってくるさね!」


 狭い裏路地で物量攻撃を捌くのは困難極まる。一本一本、一個一個の脅威はさほどでなくてもこの物量こそが脅威なのだ!

 左右で避けるには狭く、前後で避けるにはスピードが足りず、上下で避けるのは格好の的! 両手の短剣と魔法で捌くしかない!


「どうさね? あんた、あたしを舐めてたさね?」


「くっ……!」


(はいそうです! 舐めてました! 久々の割に動けてるじゃんって油断してましたとも!でもそっちだっておかしいよね!? 私は3年振りの上にまだログインしてまだ1時間も経ってないのに……!)


「さあ、さっさと諦めて屍を晒すさね!」


 老婆がカーペットから取り出したのは爆弾。それを複数。これによって零門の周囲一帯を丸ごと吹き飛ばす算段だ。


(このままじゃ負ける!リトライできればいいけど、最悪の場合一からクエストやり直し。約束の時間に間に合わない!)


「あ~~~もう! これだけは使いたくなかったのに!」


 零門は意を決した。左肩の骸の意匠に手をかけスキルの名前を叫ぶ。


「『アンリ――――――!」


 直後、老婆が投げた複数の爆弾は連鎖的に爆発し辺りを焼き尽くした。


 裏路地全体に立ち込める爆煙と砂埃……だがまるで爆弾の爆発など無かったかのように無傷の場所がある。

 そこは零門が立っていた場所。老婆は獲物を仕留め損なったことを悟った。


「な、何が起こったさね……!?」


「さっきさ、私を斃した後にその死体から剥ぎ取ればいいって言ってたじゃん? ごめん。それ無理なんだ」


 裏路地に突風が吹き渡り、爆煙と砂埃を吹き流していく。


 老婆が見たモノは


「死んだ程度で解ける呪いだったらどれほどよかったことか」



―――約束の時間まで残り18分

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