第陸話 片翼と 爪を携え 闇を舞う

「なぁに……これぇ……?」


 それは習得スキルのリストを確認した時のこと。数百個は下らない習得スキルの中、それは明らかに異質な存在感を放っているように思えた。


封魔開放【魔眼】

封魔開放【片翼】

封魔開放【雷爪】

封魔開放【蛇尾】

封魔開放【焰脚】


 それは共通の名を冠する5つのスキル。スキルポイント割り振りや秘伝書で習得する通常のスキルとは違い、装備そのものに付与された特別なスキル。

 怖いもの見たさで説明文を覗くと「強力な魔物の力が封じられている」とか「封印された真の力を解き放つ」といったなんとも香ばしい雰囲気漂う文言の数々。当然、零門は見て見ぬふりに徹しようとした。忘れようとしていたのだが……


 人間というのは忘れたいことに限って容易に忘れられないものである。そして忘れたと思っていても何かの拍子に思い出してしまう時がある。忘却とは記憶の死ではなくて記憶の眠りなのかもしれない。そう、ふとしたきっかけで目覚めてしまうような……


~~~~~


 使おうと決心したその瞬間から、体は自然と動き出していた。それはシステムの誘導によるものか、それとも体や心に刻まれたものなのか。


 左肩の骸に指を掛け、そのスキルの名を口にする。


「『封魔解放アンリーシュ』!」


 骸が軋みひび割れていく。内側から力が沸き立つような感覚が零門の身体中を駆け巡る。


「【片翼エグリゴリ】!」


 外れた枷が塵となって消えていく。身体に巻き付いていた三つに裂かれた翼が解かれ、まるで逆再生されたかのように一つの翼へと姿を取り戻す。


 左肩に生えた漆黒の翼。それは他の光を喰らわんとする漆黒の光を帯びていた。


 なお、身体に巻き付いた翼が解かれたせいで零門の身体を隠すものは必要最低限の意匠しか残されていない。それはまるで見えちゃいけない部分さえ見えなければOKだと言わんばかり。外気に触れた地肌の感覚が否が応にも零門にそれを知覚させた。


「~~~ッ!」


(頑張れ私! 今は恥ずかしがってる場合じゃない! そもそも相手はNPC!)


 生じたばかりの片翼を盾に爆風へ備える。黒い光を帯びた片翼の盾は迫る熱と爆風の渦から零門を守り切った。


「さっきさ、私を斃した後にその死体から剥ぎ取ればいいって言ってたじゃん? ごめん。それ無理なんだ」


 片翼によって爆煙と砂埃を吹き払う。驚愕した様子の老婆に向かって零門は不敵に言い放った。


「死んだ程度で解ける呪いだったらどれほどよかったことか」


 その顔色はどこか赤が混じった紫寄り。その声音はどこか震えているようで……


――――――――――

封魔解放アンリーシュ【片翼】エグリゴリ

エグリゴリ・ケージの真の力を開放したスキル。

右肩から黒い翼が発生する。翼は攻撃や防御に使用可能。

発動中は毎秒1ずつHPとMPを消費していく。

発動中はMATに大幅なプラス補正が掛かる。

発動中は撃破した敵の数やレベルに応じてHPやMPを回復する。

解除後、3時間にわたって全ステータスが初期値と同等になる。


・オプションスキル

おとせ 片翼」:HPとMPを一定の割合で消費することによって、片翼が黒い光を帯びて攻撃力及び、攻撃範囲を強化。最大5段階まで強化可能。(強化を重ねる度に要求されるHPとMPの量が増えていく)

――――――――――


 じわじわと減っていくHP。三年超のブランク。著しく偏った重心。一対一の戦い。裏路地の狭さ。


 はっきり言ってこの状況が片翼のスペックをフルに引き出せる状況であるかというと「NO!」であるのは疑いようがない。


(それでもこの状況をひっくり返せる力がこの片翼には秘められてる。そうでもなきゃ恥を捨てて解放した意味がないって!)


「さあ、今度はこっちのターン! 散々振り回されたんだから暴れさせてもらうよ!」


 回復用のクリスタルを握り潰し、老婆への突撃を敢行。当然老婆は大量の武器アイテム群を射出する。


「堕せ! 片翼!」


 片翼が一際禍々しい光を帯びて迫りくる武器やアイテムを叩き落とす!

 代償はHPとMP。本来であれば倒したモンスターからHPとMPを吸収し釣り合いをとる運用。だが、生憎今この場にいるのは零門と老婆のみ。足りないコストは回復アイテムでカバー。


 零門が地を這うように老婆の懐へと迫る。瞬く間に至近距離まで詰めより、短剣が老婆の喉を切り裂かんとする!


「年貢の納め時!」


「ぐっ……!」


 ここで老婆がまたもや予想外の行動をとった。あっさりとカーペットを手放し、零門に向かって投げつけたのだ!


「あぶっ!?」


 零門は急いで顔からカーペットを振り払う。視線の先に見たのはまたもカーペットを構えた老婆。予備のカーペットだ。


「商人たるもの備えの一つや二つ準備しておくものさね」


「でしょうね! それじゃ、これはお返しします!」


 零門は手に持ったカーペットに火を灯し老婆へと投げ返す。老婆がそれを迎撃してる隙にこっそりスキルを発動。


「どこに消えたさね!?」


「う・し・ろ」


「何っ!?」


 スキルによる無音かつ高速の移動によって蛇のように相手の背後に回り込む。


「そっちが商人なら私はアサシンなの。無音移動も高速移動もお手のもの!」


 老婆の外套の裾を掴み火属性魔法を灯す。


「火傷にお気を付けを!」


「ぐっ……!?」


 老婆は即座に燃え上がる外套を脱ぎ捨てる。その背中には四角い箱。商人用の携帯可能アイテムボックスだ!


 あれを背負ってる限り、老婆のカーペット戦法は止められないだろう。


(時間かければ現状でもどうにか出来そうだけど……時間ないんだよねぇ……ここは……)


「仕方ない……もう一つ! 見せてあげる!」


 腕に巻かれた包帯。それは痛いファッションにあらず! これはれっきとした腕防具! そして例によって呪われ済みのいわく付き! 両腕の包帯を解けば……


封魔解放アンリーシュ雷爪ライジュウ】!」


 包帯から解き放たれた手が一回りも二回りも巨大化し指先から雷を纏った鋭い爪が生える。例によってコストはHPとMP。それは零門にとっても背水の陣を意味する!


「まだあるのさね!?」


「まだまだあるよ。でもこれで終わらせる!」


 両サイドの壁すらも足場、いや、腕場にして裏路地を縦横無尽に跳び回る。老婆は迎撃しようにも縦横無尽に跳び回る零門を捉えられない。


 あくまで老婆の戦法はこの狭い通路を利用した物量による制圧。避ける場所が極端に少ないからこそ効果を発揮するのであって、今の零門のように縦方向でも自在に動けるのであれば恐れるに足りないのだ!


 老婆は無闇に武器を乱射するのを止めてカーペットを左腕に持ち右手をその中に突っ込んだ独特の構えをとった。


 まるでそれはカーペットを鞘に見立てた居合の様。


「キエエエェェェイ!!!」


 空中から突撃する零門に対し、奇声と共に老婆が短剣を振り抜いた。迫りくる相手の首を一閃するまさにベストのタイミングの居合い。ただし零門がの話だが。


 片翼を壁に突き刺し強引に空中で静止する零門の鼻先スレスレを老婆の短剣は掠めていった。


「チェックメイト」


 零門は老婆の顔を鷲掴みにし、そのまま力任せに真上へ放り投げる。老婆は空中でカーペットからアイテムを呼び出そうとする。だが、カーペットからは何も発生しない!


「ざんね~ん♪盗賊出のアサシンなもので!」


 彼女の片手に握られているのは老婆のアイテムボックス。盗賊の強奪スキルで強引に奪ったのだ。これでカーペット戦法は封じられた!


「ぐっ!? っまだ……」


 老婆は懐から杖を取り出し魔法を唱える。杖先から生じるのは巨大な火球。


「轟け雷爪」


 アイテムボックスを脇に捨て、HPとMPをコストに雷爪の力をさらに開放する。効果は「雷属性の魔法及びスキルの強化」!


 老婆は杖を大地に向け、火属性の上級魔法を唱える。


「ヴォルケーノオーブ!」


 零門は右腕を空へとかざし、雷属性の魔法を放つ。


「閃け!」


 片や、空から下る獄炎。その紅球は大地を燃やし尽くさんと熱を滾らせる。

 片や、地から上る轟雷。その紫電は大空を貫かんと眩い光を迸らせる。


 両者が魔法を放つ。二つが衝突し、相殺し、消え去った時……


 老婆は目にする。それは眩く、それは激しく、大地に轟く紫電の裂罅!

 先ほどよりもさらに強大な雷光を纏う左腕を空へとかざした零門がそこに立っていた。


「言ったでしょ? チェックメイトってさあ!」


「ぐっ! もはやこれまで……さね!」


 地を裂くような轟音と共に放たれた紫電が空を割り、老婆を討った。


「少々荒いのはご愛敬ってことで」


 気絶状態で落ちてきた老婆を受け止め零門はそう語りかけるのだった。


―――約束の時間まで残り12分

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る