第肆話 瞬く間に 裏の社会を 駆け上がれ

 オルタナティブ・ワールド・コーリングは街の中で武器を振るったり魔法を唱えたりすることはできない。

 「基本的に」と前置いたのは、例外的に武器や魔法を使う特殊な場面があったり、武器や魔法を扱える場所が存在するからだ。前者は割愛させてもらうとして、後者はどんな場所が当てはまるのか?


 例えば、修練場。

 新人から廃人まで様々なプレイヤーたちが集い武器や魔法、スキルの練習を行う場所。ダメージ数値の可視化、HPやMPや装備の耐久値といった数値の消耗は0、弓矢等の遠距離武器の残弾数は無限、リキャストタイムは自由に設定可能等々、差し支えなく練習ができるよう特殊な調整がなされている。


 例えば、闘技場。

 プレイヤー、NPC、モンスターを問わず多くの腕自慢が集い競い合う場。開催される大会に応じて魔法禁止やスキル禁止や武器種限定等といった制限を適用でき、フィールド内のオブジェクトもある程度自由に配置することが可能となっている。


 そして零門が現在進んでいる裏路地。

 不良、荒くれ者、盗賊、犯罪者といった表社会からのあぶれ者が集った裏社会の入り口。十歩歩けばアウトロー達(※モンスター扱い)が飛び出してくるこの場所は、ちょっとエンカウント率高めな事以外は外のフィールドと同等のシステム的処理がなされている。


==========


荒くれ者Aさん「金を寄こしなァ!」

荒くれ者Bさん「ブッ飛ばすぞテメェ!」

荒くれ者Cさん「歯向かってんじゃねぇぞコラァ!」


三者三葉、それでいてどこか似通った雰囲気と言動の荒くれ者ABCが零門へと襲い掛かる。


「ふぅー……ッ!」


 零門は一息入れて両手に武器(短剣)を展開、そのまま真っ直ぐ荒くれ者たちへと突っ込む。先頭のAの斬擊を掻い潜り、瞬く間にその懐へ。


「あなた達に用はないから」


 Aを切り刻み、続くBを回し蹴りで壁に叩き付ける。残ったCをハイキックで空高く蹴り上げればそれで終了。荒くれ者3名は仲良くそろってする。


「お見事ですのよ! 零門様!」


「はいはい。ありがと」


 零門が向き直ると、既に荒くれ者達の姿は消えていた。「気絶」とはいっても経験値やドロップアイテムは入手でき、プレイヤーが目を離せば姿が消える。倫理的な観点で人型Mobを殺せないというだけであり、扱いはモンスターを倒すのとそう変わらないのだ。


~~~


「さて、マップをみた感じここだよね?」


「そうですのよ!」


「おやおや、半魔のお嬢ちゃんがお客さんとは珍しいさね。こんな寂れた露店に何の用さね?」


「!?」


 突如聞こえたその声に振り向く。そこにいたのは襤褸布を纏いカーペットの上にいくつか怪しげな品を並べている露天商らしき老婆だった。


「いつのまに……」


「裏の店は神出鬼没さね。寂れちゃいるが表じゃ出回らないブツも取り揃えてるさね」


 このゲームにおける「裏の店」は普通の道具屋と比べると値が張る代わりに、表では取り扱わない珍しい品を取り扱っていたり、表社会では入店拒否される訳アリでも取引ができる。フレーバー再現の意味合いが強いが、零門のようなプレイヤーへの救済も兼ねているのだ。


「何をお求めさね?」


「何か素性を隠せるものが欲しいかな」


「おやおや……? これまた訳アリ中の訳アリさねぇ……そんなアンタにゃこれがオススメさね」


 老婆は懐から何やら包みのようなものを取り出す。


「『偽装外皮フェイクスキン』。纏えば素性も種族も偽れる優れものさね」


 それは僥倖。今まさに零門が求めているアイテムだった。前のめりになりつつ零門はそのアイテムを買わんとする。


「これ売ってくださ……」


「だが売らんさね」


「ありが……え?」


 混乱する零門をよそに、老婆はヒョイと包みを懐に戻しながらこう告げる。


「裏の世界は信用第一! どこの馬の骨とも知れない小娘に商品は売れんさね。アンタに売れるのはせいぜい薬草くらいさね」


 そう言いながら老婆が叩き付けたのは相場と比べて10倍高い薬草。


「え? それじゃどうすれば……」


「ぱんぱかぱーん! クエスト発生! ですのよ!」


「クエスト発生!?」


 嘘夢が告げたのはクエスト発生のアナウンス。それに続くかのように老婆は語りだした。


「ブツを売ってほしいのなら信用、信用が欲しいなら自分の力を証明して見せるさね!」


 そう言いながら老婆は零門の前に三枚の手配書を突き付ける。


「『剛腕のゴンザレス』『猛毒のジョニー』『業火のオスカー』……この街の裏社会で悪名を轟かす三人さね。コイツらを倒せば売ってやらんこともないさね」


「ああ~、なるほど……そういうことね。大体理解した」


 先述した通り、このゲームにおけるNPCとの交流は「好感度システム」によって左右される。好感度が底辺なら取り合って貰えないことは先述した通り。では逆に好感度が上がればどうなるか? アイテムをくれたり、売ってもらえる品が増えたり、割引してくれたり……そういった優遇措置が受けられるという寸法である。そしてその好感度をあげる方法こそがこのクエストなのだ。


 ここのところフラグ外しまくりの零門も大方その仕様をゲーマーの勘で察した。


「受けて立とうじゃない! ライム、クエスト受注お願い!」


「了解ですのよ! クエスト『裏社会を駆け上がれ』受注ですのよ!」


「ケッケッケ! アンタがどれだけやれるか楽しみにしてるさね!」



―――約束の時間まで残り44分


~~~~~


「俺様は『剛腕のゴンザレス』様だァ! 俺様に何の用だァ?」


 剛腕のゴンザレス……狭い裏路地に似つかわしくない巨漢であり、縦は零門の2倍、横は零門の3倍超、そして剛腕の名に相応しく片腕だけで零門一人分の大きさを誇っている。


「ちょっと野暮用でね。ぶっ飛ばしに来ました」


「上等だァ!」


 その言葉と共にゴンザレスが大剣を構える。それが戦闘開始の合図。


 真っ直ぐに突撃する零門に対し、ゴンザレスが己の身の丈程もある大剣を豪快に振り下ろす。迫る鉄塊。零門は左にステップを踏みそれを回避。すれ違いざまにゴンザレスの右膝を切り刻んだ。


「フンッ!」


 そんなものは掠り傷だと言わんばかりに、ゴンザレスは大剣を振り回す。一振二振を最小限の動きで躱しつつ、零門はゴンザレスの隙を伺う。


「くたばりなァ!」


 ゴンザレスは大剣を横向きに構えた。横薙ぎの姿勢だ。ゴンザレスの巨体、得物の大きさ、そして裏路地の狭さ。この三つの要素を考慮すれば、横方向に逃げ場なしの強力無比な攻撃と言える。しかし、零門はあくまで冷静だった。


「よっと!」


 繰り出される横薙ぎの大振りをジャンプで回避。大振りには決まって大きな隙が生じるもの。ゴンザレスは頭上から襲いかからんとする零門の黒い影を見上げる以外に択はない。


 零門の両手から短剣が消えた。代わりに現れたのは黒い大剣。それを大上段で構える零門の影は、上から差し込む光との相乗効果により実態以上に大きな影となってゴンザレスを飲み込む。見上げるゴンザレスに対し、零門は言い放った。


「ごめんだけど、あと二人残ってるの。さっさと終わりにさせてもらうよ!」


 零門の両腕と大剣が白い光を帯びる。スキル発動の兆候。

 今、零門の視界にはゴンザレスの額から股下までを両断する白い線が表示されている。零門はその線をなぞるようにゴンザレスの額から股下までを大剣で斬り下ろす。直後、剣痕をなぞるように迸った光がゴンザレスを両断した!


 これがこのゲームの「スキル」!

 スキルの発動を選択すると、プレイヤーの視界に表示される発動指示線。この線の指示に従って攻撃することによってスキルが発動する仕組みとなっているのだ。

 成功すれば攻撃そのもののダメージにプラスしてスキル成功による追加ダメージが発生。零門はそれを見事に成功させ、ほぼ一撃でゴンザレスのHPを削りきった。


 音もなく倒れ気絶したゴンザレスを傍目に、零門は残身をきめる。それはとある武道を習っていた時の癖。そしてぽつりと呟いた。


「あれ? おかしいな……? オルワコって剣と魔法の王道ファンタジーの世界観じゃなかったっけ? なんで私は路地裏クライムアクションを……?」



―――約束の時間まで残り37分


~~~~~


「ヒャッハァー! 俺は『猛毒のジョニー』! お嬢ちゃん! ここは君みたいなカワイコちゃんが来るとこじゃないぜェ?」


「お褒めの言葉ありがとう」


 緑色の舌でナイフを舐め回しながら零門に忠告(?)してきたのは第二のターゲット『猛毒のジョニー』。筋肉隆々の巨漢だったゴンザレスとは打って変わって、筋や肋が目立つ痩躯の不気味な男だ。しかものように怪しげなタトゥーを全身にいくつも刻んでいる。


「なんか気に食わないなッ!」


「ヒャハァ!」


 ジョニーは零門の先制攻撃を仰け反り気味に回避。ステップで距離を離すと同時に毒針を吹き放つ。零門が毒針の回避した先には投げナイフ、それを弾いた隙を突くようにジョニーが飛び掛かる。


「チッ! 厄介な……!」


 零門はジョニーの腹を蹴った勢いのまま後方へ跳び、ジョニーが至近距離へ放った毒霧から辛くも逃れる。毒攻撃、遠距離攻撃、そして見た目通りの素早さが武器のトリッキータイプと零門は分析した。


「時間があれば鬼ごっこに付き合ってあげてもいいんだけどね……」


 しかし今の零門は急ぎの用事の最中。のんきにスピード勝負に乗る余裕はなかった。故に……


「凍てつけ!」


 その言葉と共に右腕を地面に振り下ろす。零門の右手を始点に放射状に放たれるのは白い冷気! 放たれた冷気は瞬く間に裏路地を氷の銀世界へと変え、逃げるジョニーの足を捕らえる!


 これがこのゲームの魔法であり、厳密に言えば半魔の魔法だ。他のプレイヤーの魔法とは少しシステムが違うが、ここでは割愛とさせていただく。


「二人目……!」


 釘付け状態のジョニーの首を赤い光スキルエフェクトが一閃! 納刀と同時にジョニーは気絶!


「完っ了~!」



―――約束の時間まで残り31分


~~~~~~~~~~


「俺様は『業火のオスカー』! 俺様の魔法でテメェを消し炭にしてやらァ!」


 野蛮!粗暴!野卑!暴虐! おおよそ魔法使いに似つかわしくない暴漢『業火のオスカー』が髑髏の杖を構える! その杖の先には人一人包み込めそうなほどに巨大な火球!


「いいね。それじゃ火力勝負といこう!」


 掲げた零門の右腕が地面をも焼き焦がさんばかりに赤熱を放つ! 込めた魔力消費MPに応じて威力と範囲が増すのが半魔の魔法の特性!


「フレイムスフィア!」

「燃やせ!」


 右腕から放たれた火炎の渦は火属性中級魔法フレイムスフィアを呑み込みオスカーを呑み込み裏路地を真っ赤な灼熱地獄に染め上げる! 火炎が止んだ跡には黒焦げ状態で気絶したオスカーが! あくまで気絶! 倫理的にセーフなので問題はない。


「全員倒しましたのよ! 流石ですのよ零門様!」


「よし! ライム、あの露店まで案内お願い!(道忘れた)」


「了解ですのよ!」



―――約束の時間まで残り25分


~~~~~~~~~~


「おやおや。予想してたよりもずっと早かったさね。これは驚きさね」


 そんな言葉とは裏腹に冷静な態度を崩さない老婆。零門は若干物足りなさを覚えつつも本題を切り出す。


「これで売ってくれるよね?」


 零門の目的は偽装外皮。それとできれば外套やマントのような身体を隠せるくらい大きいアクセサリー。それらを買う権利を得るためにここまで頑張ってきたのだ。


しかし……


「ふむ……もう一つ条件があるさね」


「えぇ~~~!」


 ここまで来たのにまだ何かあるのかと狼狽する零門に対し、老婆や指を突き付けこう言い放った。


「アンタは強い。実力は認めてやるさね。だが態度が気に食わないさね。調子に乗ってるさね」


 それはNPCによるマナーのなってないプレイヤーへの指導……というわけではない。実際のところ、このテキストそのものに深い意味はない。どれほど慇懃無礼に振る舞おうと、どれほど懇切丁寧に対応していようと老婆は因縁をつけてきただろう。なぜなら……


「故に……」


 零門は速すぎたのだ。クエストのの条件を満たしてしまうほどに……






「アタシが直々にアンタを叩き潰してやるさね!」



―――約束の時間まで残り21分

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