第弐話 嘘の夢 指折り数えて 待ち続け

「うぐっ……!?」


 再びログインした零門の目の前には先程の姿見。直視しないように即座に後ろを振り返る。


「ひとまず、この姿をどうにかしなきゃ……って声高いな……」


 アバターは中学時代ベース。再現される声帯も中学生のそれである。零門はなるべく声を低めに抑えながら話すことに決めた。


「まずこの見た目をどうにかしなきゃだけど……」


 アバターの体形に関してはおいそれと変更することはできない。だが、装備は変更できる。だから装備さえどうにかすれば……と零門は踏んでいた。しかし、復帰したてで右も左も分からない状態。それに対する救済措置はゲーム側からすでに準備されてある。


「たしか名前は……」


 このゲームには膨大かつ複雑なUI補助のために全プレイヤーそれぞれに独自のガイド妖精(正式名称:MENU)が存在しているのだ。MENUにはプレイヤーそれぞれが自身で命名した名前があり、名前を口にすることで呼び出すことができる。

 その肝心の名前。それはパッケージの中にソフトと共に入れられていたメモに書かれてあった。

「未来の私へ。今度こそ大切にしてあげて」という言葉と共に。


「来て、嘘夢ライム……うぅ……」


 その名前に零門は内心頭を抱えた。自分の名前のみならずMENUにもそんな名前を付けていたという事実に。



―――Calling……Calling……



 名前を呼んでおよそ2秒。零門の目の前に小さな魔法陣が描かれ、中から紫色のツインテールをぶら下げた妖精がひょっこりと顔を出した。


「……」


 紫色のツインテールをしたのゴスロリ姿のガイド妖精――嘘夢はキョトンとした顔で零門を見つめる。まるでフリーズしたかのように。


「……」


「……」


「……こんにちは。ライム」


 少し気まずそうに挨拶する零門。それを受けた嘘夢の目が段々と潤んでいく。


「れ、零門様……? 零門様ですのよ…ね……?」


 まるで目の前の光景が信じられないかのような、ほんの僅かな希望に縋るかのような、そんな顔、そんな声音。


「えっと……ひさしぶッ!?」


 まだ「久しぶりだね」の一言も言い終わらないうちに嘘夢が大の字姿で零門の顔面に抱きつく。そしてワンワンと泣き喚きはじめた。


「あぁ~ん! 零門様ぁ~! ライムは信じてましたのよぉ~! いつかまた逢える日が来るってぇ~!」


「もごごご!」


「零門様を待ち焦がれて幾星霜。ライムはずっとずっとずぅ~~~っと待っておりましたのよぉ~! またお会いできて嬉しいですのよぉ~!」


「もご……っ! とりあえず一旦顔から離れて! お願い!」


 零門が嘘夢の熱烈なハグをどうにか引きはがし声をあげる。「あら、ごめんなさいまし!」の言葉と共に嘘夢は距離をとった。その瞳がまだ少し潤んでいるのが零門には確認できる。


「ライムは零門様とお会いできた喜びでついついはしたないことをしてしまいましたのよぉ……」


 手のひらサイズの小さな妖精は、その小さな手で小さな顔を覆いクイクイと体を揺らす。その様子を見ながら零門は少し気まずそうに伝えるべき言葉を口にした。


「……ごめんね」


「もう離れないと誓ってくださいますのよ……?」


「え、いや……それは……」


「誓ってくださいますのよ……?」


 ズイッと近づいてきた嘘夢に零門は少し目を反らす。


 実際のところ、零門もとい柚葉はこのゲームを続けるかについては消極的だった。あくまで今日ログインしたのは親友との約束のためであり、自分から進んで復帰しようと決めたわけではないからだ。慣れない一人暮らしと大学生活との兼ね合いを考えれば、時間と金の消費が膨大なMMOを続けるのはリスクが大きい。リスクが大きいのだ。だが……


「誓ってくださいますのよ……?」


「~~~ッ!」


 嘘夢はもう一度迫る。その目はうるうると輝き、今にも涙が零れんばかりだ。サービス開始から7年超、様々なユーザーの引退を引き留めてきた運営の奥の手である。無論、それでもどうにもならなかったユーザーも数知れずではあるのだが……


「と、とりあえずそうならないためにあなたを呼び出したの!」


「そうでございますのね! ライムは零門様のためなら何でもやってみせますのよ!」


 苦し紛れの応答で零門は返事を保留する。そんな応答にもかかわらず、嘘夢は嬉しそうに零門の周囲をくるくると回って喜びを表現した。


~~~~~~~~~~


「さて、なんなりとお申し付けを。それがあなた方“お墨付き”に仕えるMENUの務めですのよ」


 そんな台詞と共に嘘夢は胸に手を当てフフンと鼻を鳴らす。


「うん。それじゃ私の種族と装備のデータをお願い」


「わかりましたのよ! ローディンローディン……」


 独特な呪文と共に表示用のウィンドウが構築されていく。


 MENU……すなわちメニュー。つまりはこの妖精たちがいわゆるゲームにおける「メニュー画面」なのだ。アイテム使用や装備の変更、情報確認にログアウト、各種設定のカスタマイズetc……といったRPGにおけるメニュー操作はほぼ全てこのMENUを通して行う。世界観とゲーム的都合のすり合わせの結果このような形となっていた。


「ローディンローディン……出ましたのよ!」


――――――――――

Player Name:零門レモン

Level:200

―――

States[-]

HP:480 / MP:2541

ATK:8325 / DEF:825

MAT:7631 / MDE:965

AGI:1663 / DEX:23 / LUK:-190

―――

Species[-]

半魔

(種族補正値)

HP:0.8 / MP:1.25

ATK:1.25 / DEF:1.0

MAT:1.25 / MDE:1.0

AGI:1.2 / DEX:0.75 / LUK:0.5

(その他補正)

世界の忌子(NPCの初期好感度:最低)

出来損ない(モンスターからのヘイト:最大)

声なきモノの声(一部モンスターの思考を感じとれる)

原初魔法適性:◎/理論魔法適性:△

―――

Job[-]

アサシン(破門)

HP:1.0 / MP:1.0

ATK:1.2 / DEF:1.0

MAT:1.1 / MDE:1.0

AGI:1.2 / DEX:1.2 / LUK:1.0

(その他補正)

破門(ジョブの特殊補正を受けられない)

―――

Equipment[-]

Weapon(R):戦女神の涙痕【憂】

└Accessory Slot(1):---

Weapon(L):戦女神の涙痕【嗟】

└Accessory Slot(1):---

Hed:凶星の眼帯〔呪〕

└Accessory Slot(1):神害の紋様〔呪〕

Torso:エグリゴリ・ケージ〔呪〕

└Accessory Slot(1):シンズスカーフ〔呪〕

└Accessory Slot(2):---

Arm:雷獣の封帯〔呪〕

└Accessory Slot(1):黒金剛の指輪

└Accessory Slot(1):黒金剛の指輪

Waist:鈍蛇のベルト〔呪〕

└Accessory Slot(3):---

Leg:ムスペル・グリーヴ〔呪〕

└Accessory Slot(2):呪縛の黒鎖〔呪〕

――――――――――


「……なんで全身の防具が呪われてるの?」


 様々な疑問が脳裏に浮かぶ中、零門が一番に選んだのはそれだった。


「呪いの装備は外せない代わりにとても強力な力を秘めてますのよ! それに全身を呪いの装備で統一することによって『呪いの寵児』や『兇運』といった強力なパッシブスキルも発動されますのよ!とてもロックで素敵ですのよ」


「いやいや、そんな歌舞いたこともうするつもりないから。この見た目も大半は装備が原因なんだから着替えれば……」


[この装備は呪われているため装備解除できません]

[この装備は呪われているため装備解除できません]

[この装備は呪われているため装備解除できません]

[この装備は呪われているため装備解除できません]

[この装備は呪われているため装備解除できません]


「~~~ッ!」


 五重に表示された無慈悲なウィンドウを前に零門は絶句する。しかしそこはRPG。きちんと救済措置は準備されているものであり、零門は当然それに縋る。


「……ねえライム、呪いの解除ってどうすればいいの? やっぱり王道の教会?」


「もちろんですのよ。呪いの解除は教会の役目ですのよ。でも零門様は……」


「よし! 早速教会まで行くよ! ライム、案内お願い!」


なお、数分後に零門はこの選択を後悔することになる。



―――約束の時間まで残り72分

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