第壱話 その世界 悪夢の扉が 開かれて

『オルタナティブ・ワールド・コーリング』


 公式略称「オルワコ」「AWC」は今から7年以上前に発売された世界初の超大作フルダイブ型VRMMOだ。


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 舞台はエルフやドワーフといった亜人達が暮らしを営み、ドラゴンやゴーレムが大空を舞い大地を闊歩する「もう一つの世界オルタナティブ・ワールド


 剣と魔法が幅を利かせる王道ファンタジーなこの世界には、「呼び声」と呼ばれる未知の現象が度々発現する。


 「呼び声」--それはこの世界と別世界とを繋げる現象であり、別世界の存在を絶えずこの世界に呼び寄せる。

 「呼び声」によりもたらされた新たな資源が国を繫栄させることもあれば、「呼び声」により発生した未知の魔物が町や村を滅ぼすこともあったという。

 「呼び声」に導かれた異邦人が知恵を授けることもあれば、「呼び声」に呼び起された邪神が世界を書き変えることもあったという。


 かく言う貴方自身プレイヤーも「呼び声」の力によって別世界から召喚された存在なのだ。


 時に恩寵を、時に災禍を呼び寄せる「呼び声」によって、この世界は翻弄されていた。


 貴方はそんな世界を探索し、亜人達と交流し、モンスターと戦い、「呼び声」の謎を追う冒険者としてその道を歩んでいくのだ。



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 それは行き詰まる時代。そして息詰まる時代。誰もがそんな時代に身を置く中で、彗星のごとく現れたのがこのゲームだった。


 ある者はこことは違う世界の冒険を求めた。

 ある者は現実では味わえない刺激を求めた。

 ある者は鬱屈した人生のやり直しを求めた。


 皆が一様に現実では味わえないものを求めてこのゲームに手を伸ばした。


 結果、オルワコは史上稀に見る大ヒット。そしてオルワコの大ヒットをきっかけに様々な業界がVRへと参入。エンタメの主流は現実からVRの世界へと移り変わることとなる。


 オルワコがもたらした影響はゲームに止まらず、「仮想現実」という文化を世界の標準装備に加えてしまうほどの衝撃。柚葉が耳に装着しているVRデバイスが2020年代のスマホのような普及率を誇るのもひとえにオルワコのお蔭なのだ。



 しかし運命の悪戯はかくも残酷なもの。他のVRコンテンツの台頭、プロデューサーの交代劇、旧スタッフ陣の追放を皮切りにオルワコはそのサービスの質をどんどん落としていき、人々はオルワコから離れていってしまった。


 全盛期と比べてすっかり廃れてしまった現在の惨状を見て、人々はいつしか口々にこのルタナティブ・ールド・ーリグを「」と呼ぶようになったのだ。



――――――――――



「あれは! いったい! なんなの……!」


 柚葉はそう問うた。

 洗面台の鏡を見る。返事はない。


「ああああぁぁぁ~~~もう!」


 柚葉がここまで取り乱すのには理由があった。


 VRが世界標準となったこの時代、アバターはゲームの操作キャラクター以上の意味を持つようになった。それは「仮想現実」というもう一つの「現実」における「自分自身」だということ。


 従来の非ダイブ系のゲーム(この世界におけるレトロゲー)であれば、自分と違う性別を選んだり、露出度の高い装備を纏うことに対する忌避感は全くなかっただろう。

 だがオルワコはフルダイブ系のVRゲーム。プレイヤーは自分自身の目で世界を見、自分自身の耳で聞き、自分自身の口で話し、自分自身の足で世界を歩く。極端なことを言ってしまえば、それは現実と相違ないこと。

 そんなフルダイブにおいて下着並みに露出度の高い装いをすることは、現実において下着姿で街中を歩くことに等しい。


 そしてもう一つは柚葉の個人的な事情にあった。


 中学時代の姿を模したアバター。それは否応なしに柚葉の黒歴史の扉を開きかけた。ひとえに黒歴史とはいっても、柚葉のそれは非常に深刻なものだ。一時は真剣な治療も受けていたほどに。


「忘れろ……忘れろ……」


 柚葉は必死に自分に言い聞かせる。洗面所にうずくまり、吐き気を堪えつつ「あれは自分じゃない」「あれはただのアバターだから」と。どれだけの時間うずくまっていただろうか? どうにか自身に暗示をし直し柚葉は起き上がった。


「くぁ……くぅ……」


 トラウマの虫は収まれど、羞恥心の虫は未だお腹の中を暴れ続けているのを感じつつ時計を見る。16:37。約束の時間は18:00。集合場所への移動を考えると残された時間は70分強。初期設定やチュートリアル諸々のことを考慮すると一からキャラメイクをしてる時間的余裕は無い!


 この猶予時間の間にアバターの外見をどうにかしなければならないのだ……!



―――約束の時間まで残り83分

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