第5話
あの後、メイリフローラとレイモンドは婚約し、半年後には結婚式を挙げた。
まさか半年後に結婚するなど思わなかったメイリフローラは、なんだか流されてる感が半端ないけれどいいのか?・・・と疑問に思うものの、それを深く考えられないほどの目まぐるしさに、気付けば挙式の当日になっていた。それも余計な事を考えさせないよう、レイモンドの策略だなんて彼女は知る由もない。
たしか最初は結婚を前提に付き合ってほしいって言われたけどいきなりその日に婚約したし翌日には両家が顔合わせし結婚式の日取りまで決めちゃうしこれって普通?普通の流れなの?なんかちょっと私いいように転がされてる?私って世間知らずのお馬鹿さんなの?
う~ん、と眉根を寄せて自分がおかしいのかと考え込んでいると、下から手が伸びてきて眉間をぐりぐりと指で揉まれた。
「難しい顔をしても可愛いね。何考えているの?」
メイリフローラに膝枕をされ眠っていたはずのレイモンドが、アイスブルーの瞳を眠そうに
彼女の悩みの元凶が、自分なのだと思いもしないで。
「あら、起こしてしまいましたか?」
「いや、お腹の子に先程蹴られてね」
そう言いながらも、愛おしそうに膨らみかけたメイリフローラのお腹に口づけた。
二人が結婚して一年と半年が経っていた。
メイリフローラのお腹には、二人の愛の結晶が宿り、ちょうど七ヶ月になる。
結婚してからというより、婚約してからレイモンドの溺愛がものすごく、社交界でも注目の二人となっていた。
あれほど愛想も何もなく氷の様に冷たい男が、婚約者を見つめる眼差しの熱い事。
笑顔などほとんどの人達は見た事がないのに、婚約者に向ける表情は蕩ける様に甘い。
初めて見るレイモンドの笑顔に、人々は驚愕と羨望と嫉妬を滲ませる。
男達は、レイモンドの横でその微笑みに応える美しい令嬢に見惚れ、女達はその美しい笑みを向けられる令嬢への嫉妬心を滲ませる。
そして、己の容姿に自信のある女達は、美しい笑顔を見せる彼を誘惑できるのだと、勘違いする。
「だって彼女より、私の方が美しいし家柄も上だもの」と。
笑顔も優しさも溺愛も、ただ一人の為だけだというのに。
これまで以上に近づいて来る令嬢達をこれまでと同様に「氷の騎士」で対応していけば、メイリフローラに対する態度との違いを浮き彫りにし、誰もこの二人の間には入り込めないのだと理解するのにそう時間はかからなかった。
だが、自意識過剰で空気の読めない人間はどこにでもいるもので、最終的には社交界での笑い者になって終わった。
それほどまでにレイモンドのメイリフローラに対する溺愛は凄まじく、過保護と言うよりも執着と言った方がしっくりくる。
囲い込まれているメイリフローラには気付かれないよう、悪意ある者を排除し彼女の守りを固めた。
彼女に悪意を向けるのはレイモンドに好意のある女達だが、メイリフローラに邪な思いを向ける男達もかなりいるのだ。
メイリフローラはユアンに夢中だったため、社交活動も必要最低限にしか行わなかった。
男女の出会いの場となるような場所には一切おもむく事はなかったからこそ、ある意味彼女は無垢であり鈍感でもあり、今となってはそれが幸いだったとレイモンドは思っている。
メイリフローラは美しい。兄であるレクターも美丈夫で有名だし、その両親も美男美女で今でも社交界を賑わせている。
そんな有名な一家である。が、メイリフローラは自分が美しくて男性に人気があるなど、一度も思った事が無い。
確かに、ユアンに振り向いてもらうために、自分磨きはした。ものすごくした。おかげでその美貌に磨きがかかった。
全てはユアンのため。ユアンにしか興味がなかったのだから、他の男性が秋波を送ってきても、興味を示す必要がなかった。
後に反省してしまうほど、彼女の世界は狭かった。だが、反省も空しく今も狭い。ユアンに見切りをつけ視野を広めようとした矢先に、レイモンドに捕まってしまったのだから。
「それで、何を考え込んでたの?」
レイモンドは起き上がると、メイリフローラの肩を抱き寄せその頬に口づけた。
「レイと初めて顔を合わせた日の事よ」
「それは、婚約した日の事かい?」
「・・・・・そうとも言うわね」
「なんだか、不満そうだね」
「不満と言うか・・・今更ながらに思うのよ。あの時の私って、ものすごく流されていたんじゃないかって。だって、出会ったその日に婚約よ?まだそれはいいのよ。疑問には思ったけど私も頷いちゃったし。でも、翌日に両家顔合わせして、いきなり結婚式の日取りまで決まったのよ?おかしくない?」
「どこがおかしいの?婚約の次は結婚だろ?」
何を言っているんだというように、コテンと首を傾げる仕草が可愛らしい。
無意識だろうが可愛く返す夫に「確かにそうだけど!」と唇を尖らせてそっぽを向く。
「何で今頃そんな事考えてるの?俺と結婚した事後悔してるの?」
そっぽを向く妻に、だんだんと眉をハの字に下げ、悲し気に見つめてくるレイモンド。「氷の騎士」の面影など一切無く、ただ愛らしい。
またこの人は・・・・・
初めて会った時は、穏やかな人なのだなと思った。だが、二人でいる時に見せる甘えるような仕草や表情が、思っていた以上に可愛らしく胸を撃ち抜かれてしまった。
メイリフローラは夫のその表情に非常に弱く、彼もそれをわかっていて有効的に使ってくるのだから腹が立ってくる。
腹は立つがそれ以上に、胸がキュンとなり即行で甘やかしてしまうのだ。
外ではまさしく「氷の騎士」なのはわかってるけど・・・私の前だけではいつも変わらず優しくてかっこよくて愛らしいのよね。美形の甘えたは、凶器ね・・・・
自分に見せる表情はきっと彼の中にある一部にしかすぎない事はわかっている。きっと生涯見せてくれない表情もあるのだろうと。
でも、それでもかまわないと思ってしまう。浮気さえしなければ、ある程度の許容はできると思うから。
これも惚れた弱みと言うやつなのかしら・・・・と、心の中でいつも思うものの、負けた気分も感じている事は内緒だ。
「後悔しているのか」と言う問いに中々応えてくれない愛しい妻に、レイモンドは痺れを切らし膨らみ始めたお腹に気をつけつつ、その小さな体を抱きしめた。
「確かに早急過ぎたとは思っているよ。でも、メルを愛していたから誰にも渡したくなかったんだ」
そう言いながら膝の上に抱き上げ、顔中に口づけを降らせる。
結婚してからのスキンシップは心臓に悪いほど甘く重く、日を追うごとに加速している。
そして彼女は彼女で、恥ずかしそうに可愛らしい表情を見せるが、心の中では「夫が可愛い!!」と連呼し転げまわっているのだがら、ある意味似た者同士なのかもしれない。
それと同時に、こんな姿は誰にも見せたくない。自分だけのものなのだという、独占欲も生まれてきて戸惑う事も増えてきたメイリフローラ。
「後悔はしていないわ。ただ・・・・こんな甘える姿は、私以外には見せないでね」
どちらかと言えば、レイモンドからの愛情に対し受け身だったメイリフローラ。自分に好意は持ってくれていると思っている。結婚してくれるくらいは。でも、自信がなかった。
あの男に注がれていた愛情には、ほど遠い・・・・
だが、自分と同じとまでとは言わないが、ほんの少しでも自分が抱いている想いと同じ想いを持っていてくれたらと、思っていた。
だから今の言葉に、レイモンドは驚いたように目を見開き、熱を持ち始めた頬を隠すように彼女の肩に顔を埋めた。
「当然だよ。愛しているんだ、メル」
「私も愛しているわ、レイ」
愛しい妻の言葉に「やっと・・・やっと、彼女の全てが手に入ったんだ」と実感し、小さく震えた。
そんな夫を優しく抱きしめ返しながら「私って、意外と嫉妬深いのよ」と小さく笑う。
「嫉妬する必要なんてないよ。メルしか見ていないんだから」
とどまる事を知らない独占欲。自分だけが呼べる特別な愛称。彼女の髪の毛一本だって、誰にも触れさせたくない。
こんなにも愛してしまうなんて、思いもしなかった。自分でもどうにもならない気持ちは、嫉妬なんて言葉で納まる可愛らしいものでは無い。
それでも・・・・絶対に離さない・・・・
「これから、楽しく年を取っていきましょうね。でも、年齢を重ねたレイも素敵そうだから、浮気はしないでね」
まるで自分の中の仄暗い思いに気付いているかのような、そんな言葉に益々愛しさが込み上げてきて、グリッとその肩に額を押し付けた。
「馬鹿だなぁ。そんな事するわけない。俺をかたどる全て、魂までもメルのもの。そしてその反対も然り。俺達は何度生まれ変わっても出会い結ばれるんだから」
無意識に出た自分の言葉にレイモンドはハッとしたように顔を上げると、メイリフローラの美しい碧眼を覗き込む形となる。
美しい碧の水晶には今にも泣きそうな自分が映っている。
あぁ・・・そうか。覚えていないだけで、俺達は何度も出会い添い遂げている・・・
物心ついた時から存在していた自分の中の、空虚。それが彼女と出会ってから、満たされた。
それは彼女を愛したからだと思っていた。それは正解でもあり、間違いでもある。
俺達は、必ず出会う運命だったのだ。
例えそれが自分の思い込みであったとしても構わない。前世の事など記憶にないのだから。
自分が覚えていない過去など、小説の様に自分の中で自分達が主人公の物語を、いかにも事実の様に勝手に紡げばいい。
前世も今世も来世も、必ず結ばれるのだという物語を。そうすればきっと、叶うはずだ。
今世の様に、例え何も覚えていなくても。
こうして唇を重ね抱き合えば、全てが満たされるのだから・・・・
メイリフローラは十年もの間追いかけていた初恋を捨てた。
幸せになりたくて。
そうしたら何故か女嫌いの騎士様が待っていた。
その手には、とてもとても重い愛を抱えながら。
初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~ ひとみん @kuzukohime
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