第32話 【魔女】

 

 きっとエクラの言っていることに嘘はないのだろうと、ミカは思う。

なぜならミカは、この世界で銃が使われているのを見たことがない、ハッタリを言うほど銃についての知識はエクラにはないはずだ。

それこそ、弾が出る、当たると痛い、最悪死ぬ。

という知識しかないミカ以下の知識だろうと、ミカはそう考える。

ならほんとうに、それから出る銃弾はミカの身体を膨張させ殺してしまえるものなのだろう。


「それ、どこで手に入れたの?」

「わたしたちの革命を隣国の英雄達が支持してくれているのよ。魔女が当たり前にいるあの国で」

「で、君たちも魔女が当たり前に暮らせる国にしたいって革命を起こしてるのに、魔女である私を殺すんだ? 面白いね」

「貴方は……魔女なの? ほんとうに?」

「魔女すら騙っていると?」

「えぇ、とても魔女には見えない」

「……そう」

「だからこれは、正しいことなのよ。わたしたちの信念にとって」


 ミカがもう一度黒狐の仮面をつけると、大きく息を吸って、魂を一つ呼び寄せる。

まるでガラスが割れる様な音が鳴り、色とりどりの魂の様な物が身体から抜け、身体が強固に、そして鋭い刃になる。


 一人のメイドがミカへ向かってナイフを振りかざし勢いよく走ってくる。

ミカは左足を軸にして、おもいっきり右足を蹴り上げると、その勢いのまま一人のメイドの首を弾け飛ばす。

飛んだ丸い頭は鮮やかな血の線を描き、それがぽたぽたと落ちていく。

そして頭は天井に当たると地面へ勢いよく落下する。

その間にミカの背中には二本のナイフが突き刺さっていた。


「……あぁ」


もう一人いた右側からやってきたメイドの一人はすっかり怯えてしまっていた。

後ろにいた二人が状況を知ったのは、ナイフを刺したすぐ後のことだった。


 ナイフの痛みなんて些細なもので、ミカはそのまま真っすぐ歩いていき、怯え切って立ちすぐんだメイドの髪を鷲掴みにし、力強い拳で腹を思いっきり殴る。

すると、途端にそのメイドの身体はミシミシと大きな音を鳴らして瓦解し、ミキサーにかかった様に血を、肉を、勢いよくまき散らして、ミカのメイド服と宮殿の廊下を真っ赤に染め上げる。


「……ほんとうに、貴方は魔女なんかじゃないよ」


その光景を眺めていたエクラはそう呟いて、汗をかく。

目は怯え、足は震え、今にも走って逃げ出したい気分だった。


「私もそう思う。もうちょっと魔法的な殺し方がしたかったな」

「想定外?」

「どうだろう。想定できるほど、まだ私はこの身体のことを知らないから、手あたり次第、試行錯誤だよ」

「あっそう!」


 しかしあくまでも自分がミカを撃つ。

ということはしたくなかったのだろう、エクラは自分の左側に立っていたメイドの方を見て、自分の頭を軽く動かし撃つように指示をする。

指示を受けたメイドは震えた手で銃を握りながら、目を瞑り引き金を引いた。


「……あぁ」


銃弾を放った銃はバラバラに崩壊し、銃を撃ったメイドは尻もちをつく。


「ごめん。ミカ……仲良くなりたかったよ。貴方がほんとうに魔女なら、わたしはそれでもよかったのに……貴方がまさか、魔女ですらない……存在だったなんて」


ミカの姿を、そして力をどうも言葉にできなかった。

ただ今、目の前にある真実は、仲良くなりたいと思っていた、そして同じ痛みを苦しみを持ち、それから解放されたいと願っていると思っていたシャルロット・ミカヱル。

ミカという人間の残酷な死に様だった。


 ミカ体は大きく膨れ上がり、まるで風船が割れる様にボン。

と、大きな音を立てて簡単に弾け飛ぶ。

肉片は飛び散り、鮮やかな血の雨が降り注ぐ。

散々人を殺したはずのメイド達にも、その景色は耐えれるものではなかったらしく、二人のメイドは吐き出してしまう。


「さよなら」


エクラはそう言って、銃をエプロンのポケットにしまった。


 あまりにもあっけなく事が終ったことに、エクラは驚いてあっけらかんとする。

二人の犠牲は出てしまったが、それでも一人の魔女でないナニカは殺せた。

あとは、ソフィアを殺すだけだ。


 と、首を振って両頬を軽く叩く。

次の仕事の時間だと、エクラが一歩前へ足を進めた時。

後ろで何か音がした。


「……ッ!」


すぐにポケットから銃を取り出し、後ろを振り返り暗闇に銃を向ける。

震える手で対象を探す。

誰がここに来た、思考は乱れまとまらない。


「たすけッ……」


また別の方向から声が聞こえ、エクラはミカの血だまりがあるほうに銃を向ける。


「どう……して」


二人のメイドは既に死んでいた。

一人は胸の辺りがぽっかり空洞になり、もう一人のメイドはまた頭が飛んでいた。


「どうして………………生きてるの」


 エクラの見つめる先には、先ほど撃ち殺し、肉片と血だまりに変ったはずのミカが、動じることなく真っすぐ立っていた。


「どうしてだろうね……分からないんだよね。どうしてこんなことができるのか」


ミカは右手首の辺りで自分の頭の右側側面を二度ほど叩き、頭を振る。

そしてクルッと、振り返りエクラをその瞳に映す。


「なんでッ!」


 エクラは恐怖に負け、勢いのまま銃を撃つ。

するとその銃弾はミカの身体、それも心臓の辺りに当たり、ミカの身体を大きく膨張させると再び弾け飛ばす。

再度、ミカの肉片が飛び散り、血の雨が降る。


「ほんとに、なんでなんだろうね」


しかし、数秒もしないうちにミカは綺麗な人の形を取り戻し、この世界に帰ってくる。


「どうしてかさ。死なせてくれないんだよ、私のこと」


身体の再生が早すぎるせいで、せっかく綺麗になった自分自身の身体を降り注ぐ自分の血で汚してしまう。


「速さを重視したら、小さな傷が残るんだ」


 ここに帰ってくる速さを優先したせいで、身体は完全に成形されていない。

ツギハギだらけで、気が抜けば今にもバラバラに砕け散りそうだ。


 ミカの全身を駆け巡る魂達が騒がしい。

ミカが何か魔法と呼ばれる様なものを使う時、例えば身体強化であったり、身体の再構築をする時にその魂は使われている様に感じる。

彼らが騒いでいるのは、生きていたいという感情なのか、早く私を使えという感情なのか、そのどちらなのかは今のミカには分からないが、早く使えと訴えていると思っていた方が都合がいい。


 またミカは黒狐のお面を作り出し、それを顔につける。

そして痰が絡んだ様に喉を鳴らし、大量の血と唾液と多少の吐瀉物が混じった様な物を吐き終わると、最後に喉の中から少しの血がついた刀が一本出てくる。


「またこれ……別にいいけど、雰囲気に合ってないな」


自分の喉を搔っ切って現れたその刀に、はじめからついていた血を飛ばす為に刀を勢いよく振る。

そして、切っ先をエクラに向ける。


 ミカだって、別に人殺しなんてしなくていいならしたくない。

ただの普通の女子高生だったんだ、人とちょっと違うところがあったとしても、ただの女子高生だったんだ。

人殺しに慣れることなんてない。

今ミカが少しこの状況を楽しんでいるとすれば、それは魔法という未知の力をこれでもかと自分が優位な立場で行使できているからだ。

そこに絶対死なないという保険がつけば、慢心すれど謙虚になることなんてない。


 殺さなければいけない。

とりあえずは、ソフィアの為に。

きっと言葉で分かり合うことは、もう不可能だ。

もう殺すしかない。


「……さ、ろう」


 ミカは他人から見れば人殺しこそが自分自身の本分だと言わんばかりに、淡々と飄々ひょうひょうと死体を跨いで、一歩、また一歩とエクラの側に近づいていく。

その姿は、人々に恐れられる魔女以上の、人ではない化け物の様だった。

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