第31話【同族嫌悪】


 部屋の扉がゆっくりと閉まる。

夜空は廊下を海中の様に世界を青黒く染め、月と星のキラキラとした輝きが廊下をほんの少しだけ明るくしてくれる。

宮殿の中は、不気味なほどに静まり返っていた。

貴族は全員死んだのだろうか。


 遠くの方から足音が響いて聞こえる、それは一人だけのものではなく、複数人の綺麗に揃った足音だと、そんなことを考えながら、ソフィアがいる部屋にミカは、背を向けて足音の正体を静かに待つ。


「……援軍を、とか思ったりもしたんだけど。いらなかったのかな? 魔女さんには」


横目で左側を見るとうっすらと人影が見える。

声のおかげですぐに正体がわかる、エクラだ。


「もう殺しちゃった?」


影から形へ、エクラは堂々と姿を見せる。

メイド服は既に赤く血で染まっていた。


「……あれ、ミカ。もしかして」


 仮面をつけ、フードを被っていたとしても、扉の前に立っているのがミカだとエクラは疑うまでもなく、そう思う。

それと同時にミカのメイド服に一切血がついてないことに気付き、直感的に察する。

ミカが裏切った、と。


 魔女らしい強大な力を使った痕跡もない。

てっきり部屋があった部分だけ崩壊しているだとか、大爆発がおきるだとか、そういうことがあるものだと思っていたエクラにとっては驚くべき現場だ。


「ふふっ、どうしたの? その仮面」

「……カッコつけだよ。ただの」

「裏切ったの?」

「違う。私は最初から貴方の味方じゃない……まぁ、ソフィアの味方でもないけどさ」


 エクラは唇をぐっと噛みしめ、怒りのままに言葉をこぼす。


「なんでよ……なんで! わたしたちは一緒にこの国を変えようって!」


しかしミカは同じ怒りがないことをハッキリと言葉にする。


「私はそんなこと思ってないよ」

「……なんで」

「強いて言えばどうでもいいからかな。別にこの国がどうなろうが、魔女と呼ばれてたくさんの人が死のうが別にどうでもいい、勝手にやってろって話。だって私はこの世界に興味はないし、私自身は別にこの世界で生きていく意味が微塵もないから、産まれてこなければよかったとさえ思ってるよ。あぁ、これは昔からずっとか」

「なんで、そんな……」

「驚くような話? 失望するような話?」

「貴方とは結構分かり合えたつもりだったから……正直、そんなこと言うとは思わなかった」

「つもりでしょ、何も分かってないんだよ、君ば。まぁ何も伝えてないから、分かれっていう方が無理な話か」


 ミカは一度仮面を外し、それを手に持ってエクラを横目に見ながら、その瞳の中には月を映し続ける。


「別に私は貴方が嫌いな訳じゃない、別に私はソフィアが好きな訳でもたぶんない。どちらかの味方になんて、私には決められない…………でもさ、重なっちゃったんだよ」

「重なった?」

「昔の友達と、ソフィアが同じことを言ってたんだ」

「それが理由?」

「それだけが理由。それだけのことで、私は今日、ソフィアの為に人を殺すと決められた」

「わたしが貴方の昔の友達に似てたら協力してくれたの?」

「かもね……」


 いや、どうだろう。

正直、正義とか愛とか平和とか、あんなことを言っている集団に対してあまり良い感情はない。

特にああやって、みんなで輪になって傷を吐き合うような、ああいう集団はあまり好きではない。

誰かと傷を共有したって意味はない、結局それは自分一人の傷だ。

誰にだって癒せないし、誰にだって分からない。

きっと、セレネにもすべては分からなかったはずだ。


 けれどもし、分かっていたなら、私のことを止められていたのだろうか。

私はセレネの言葉を聞いて、今もあの世界でセレネの隣にいたのだろうか。

そんな未来をどうしても考えられない。

それにセレネは傷を癒そうだなんて考えていなかった、彼女はただ私が自分の側にいることを望んでいただけだ。


「そこをどいてよ……」

「ヤダよ」

「……ッ、わたしたちはただ! みんなが幸せになれば良いなって、ただそれだけで! どうしてそれを邪魔するの!!」

「幸せの為? 違う、違う、違う、違う……………相手が違う! 違うだろ!」


 思わずミカはそう声を荒げた。

その言葉は、まるでミカがミカ自身を責め立てる様な、荒々しい声だった。


 エクラの語る幸せとソフィアの語る幸せは違う、もちろんセレネが語るものとも違う。

ソフィアの語る幸せとは、無情の愛を以てして成しえるもの。

セレネの語る幸せとは、ミカにだけ向けられた情愛を含んだミカと共にある日常。

そして、エクラの語る幸せとは、ミカが語った幸せとは、人の犠牲によって成せるもの、復讐を以てして成しえる幸せ、幸福。

その復讐は、相手を間違えた意味のない復讐。

ただの人殺し、どれだけ建前を積み重ねても、それ以上の意味を持たないもの。


「違うって……違うってなに」


 エクラを見ていると、まるで十六年以上前のあの日死んだ私を思い出して苛立ってしまう。

間違っている、とは思わない。

同じことをしたのに、否定できるわけがないとも思う。

だからミカは内側に怒りを貯め込んで、苛立ちを貯め込んで、言葉を荒げるしかできない。


「何も間違ってない!! あの子が死ねば!」

「なにも変わらないよ…………どうせ何も、変わらない」

「そんなのわからないじゃん……やってみないとさぁ!!」


二人のメイドを守る為に、それ以上に自分自身の身を守る為に、エクラはメイド服のポケットからある物を取り出しミカに突きつける。

それを合図に、エクラの影に隠れていた二人のメイド、そしてミカの右側から二人、血に染まったメイド達がミカの方へと近づいてい来る。


「驚いた……この世界にはそれがあるんだ?」

「この世界? 何言ってるの、頭おかしくなった?」


エクラがポケットから出したのは紛れもなく銃だった。

よく映画やドラマで見るような、真っ黒の銃だった。


 この世界は教科書で見る様な中世世界とよく似ている。

多少の文化や世界の違いはあっても、基本はその形をとっている様に思えた。

そんな世界に銃があるとは、ミカは正直驚いて感心する。


「貴方、これを知ってるの?」

「実物を見たのは始めてだよ。実際に向けられると結構怖いね」

「じゃあ、効果は知ってるよね」

「体に穴が開く、かな」

「それだけじゃない、身体が膨張して爆発する。ついさっき貴族の屋敷を燃やしたのだって、そこら辺にいた貴族を殺したのだって、その大半の功績はこれのおかげだよ」


 どうやら、ミカが映画やドラマで見て知っている銃とは相当違うらしい。

ミカの知る限り銃、ピストルというのは確かに人体の特定の場所に当てれば死に至らしめる凶器だ。

しかし体が膨張して爆発したり、大きな屋敷をあんな大爆発で崩壊させられる威力なんてないはずだ。


「わたしと貴方の関りは短かったし。貴方は確かにソフィアを殺す役割を任せられたと思ったかもしれない……でもね、貴方のことを信用してない人が大勢いたのも事実……だから、貴方には隠してみんなこれを持っていたのよ」


エクラが自信ありげにそう言うと、エクラの左右に立っていた二人のメイドもポケットから銃を取り出し、ミカに向ける。

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