第37話【月下の花 2】
目を瞑っていろと、そうミカに言われたがソフィアは一人だけ無責任にこの悲惨な現実から目を反らすなんてことはできず。
ここで起きた全てのこと、ミカが傷つける瞬間も、ミカが殺される瞬間も、ミカが殺す瞬間も、ミカが蘇る瞬間も、その全てを背の高い花の隙間から除き見ていた。
あまりにも残酷な光景だ。
子供が見て良い様なものじゃない、当然ソフィアはそれに耐えることなどできず、何度も嘔吐と失禁を繰り返す。
それでこの目の前にある惨状を耐え凌ごうとするが、それでも心は耐えられないと叫び続けて、拒絶反応を示す。
空っぽになった身体から何を吐けばいいのかも分からないまま、また前かがみになって地面とにらめっこをしながら嘔吐している時、ソフィアの後ろで何かが揺れた。
直感的にそう感じ、すぐに自分の背後を見る。
口からこぼれでる吐瀉物は必死に飲み込んで、その味はあまり考えないようにする。
しかし、ソフィアには何も見えない。
黒狐のお面をつけていなかったおかげで、ミカは口から日本刀に似た物を簡単に吐き出せる。
それはあの集落でミカが創り出した日本刀に似た形の、けれど現実にあった訳のない、神話の様なまがい物だ。
最初にミカが、仮面をつけて得ようとしていた自分自身と一線を引くという効果は、もはやその仮面をつけた程度ではどうやったって掻き消せない。
どうあがいてもこれはミカの殺人だ、そう自覚してしまった以上あの黒狐のお面にはソフィアの夢を叶え、ソフィアの精神安定の糧になる程度の効果しかない。
「うわぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!」
奇声を上げて勢いのままに剣を振るう奴に刀で返す。
見様見真似で刀を振るだけで簡単に相手の剣をはじき返し、相手の体制が崩れたら刀を腹に刺す。
すると、刀は大きな爆発を起こし相手を木っ端微塵にする。
これは自分自身の身体を、そしてこの宮殿を散々な目に遭わせてきた銃と同じ要領で創り出したもの。
刀の形を真似るだけではなく、その切れ味を何倍もよくするだけにとどまらず、更には爆発させるなんていう、刀には本来ありもしない効果がつけばいいなと心の中で願って刀を創ってみた。
すると、こうしてそれが現実となってミカの手に現れた。
それを見てミカは、やはりあの銃はこれと似た様な原理で作られたものなのだろうと、納得する。
となれば、この世界にはミカと同じような立場の人間が最低でも一人、もしかするとそれ以上おり、彼、もしくは彼女がこれを譲り渡し、ソフィア殺害を支援したということになる。
「…………ッ!」
であればその犯人を突き止めるべきだろうか、なんてことを考えようとしたが、それ以上のことを考える間はなく、次から次へとやってくる暴徒らを片っ端から殺していく。
刺せば爆発する刀は脆く、三度使えばボロボロになって砂の様に零れ落ちてしまったので、ミカは爆発する特性を消し、ただただ切れ味のいい日本刀に似たまがい物を再び創り出す。
創り出した刀を振り暴徒を殺す。
それは、次第に流れ作業の様になっていく。
あと何人、あと何人殺せばいいのかと疲弊しはじめた、その時――――――。
「いやぁぁぁぁぁあああああ!!」
ソフィアの叫び声が聞こえ、ミカは後ろを振り返る。
そのたった一瞬の隙でミカの身体には久しぶりの傷がつく。
「ソフィア様ッ!」
ミカは自分の身体にナイフを刺して傷をつけたメイドを軽く切り殺すと、ソフィアを隠した花壇の方へと目にも止まらなぬ速さで走りだす。
遠くから見ても分かる。
そこに一人男がいることが、そいつがソフィアを傷つけたということが。
花が散り、舞う。
ミカの通り道が鮮明に残る。
ミカが立ち止まった瞬間、とても強い風が吹き髪を乱す。
「なんだ」
その強風に焦って男は周りをきょろきょろと見渡す。
すぐ後ろにミカが立っているかもしれないなんてことをすぐには考えられず、そう思った次の瞬間にはもう。
その男の首はなかった。
男の首はあっけなく取れ。白い花は赤く、赤い花はより赤くなる
主を失った胴体は行き場をなくし、その場に倒れる。
土は赤黒く染まり、それはだんだんと広がっていきソフィアの手がつく土も赤黒く変色させる。
「ソフィア様、怪我は!」
「顔を少し切られたくらいで…………それ以外は何も、ミカは?」
「御覧の通り」
「そう…………ごめんなさい。わたくしのせいで」
ソフィアの息が早く浅くなる。
ぜぇぜぇ、という息と、はぁはぁ、という息が織り交ざり、瞬きを繰り返す。
呼吸音が聞こえるほどにまで大きくなると、心臓が普段の倍以上に強く脈打ち危険をソフィアに知らせる。
ソフィは心臓を抑えて、地面にぺたんと座ったまま前のめりになるとミカの脚を掴み動かなくなる。
そして、反吐を垂れ流す。
抑え込もうという自我も、ミカを汚さないようにしようという自我も、ミカの邪魔をしないようにしようとする自我も、一切働かないまま、ソフィアは意識を失った。
「……あそこだ!」
「あそこにソフィアが!」
気づけば暴徒は、両手で数えられるほどにまで減っていた。
全員が束になって襲い掛かればミカを殺せるだろうか、ソフィアを殺せるだろうか。そんな訳がないと分かっていながら、彼らは剣を掲げ迫りくる。
もはや彼らは死を悟っていた。
しかし自分たちが掲げた信念を、正義を曲げることはできず、その為に死ねるならそれが本望と虚勢を張るしかなかった。
けれど全員が全員揃ってそれができるかと言えばそれは嘘で、武器を落とし膝から崩れ落ち、ただひたすらに助けてくれと神に懇願する者もいた。
向かってくる者達をソフィアの側から動くことなく、あっけなくミカは切り殺すと辺りを見る。
だんだんと夜が明け始めた頃、ミカの周りには戦意を失った男女が数十人と、幾重にも積み重なった死体の山が築かれていた。
数名まだ生きている人はいるが、それを拘束するのはまた後にしよう。
今はとにかく、ソフィアの気持ちが落ち着くのを待つしかない。
圧倒的な力、それを用いてミカはその場を凌いだ。
シャルロットはもう、この現実が受け入れられないと耳を塞いで目を閉じて、悲鳴を上げ続けた喉が痛くて声を上げることもできなくなって、また心の奥底に身を隠して引きこもってしまった。
その気持ちはミカもよく分かる。
清々しいだとか、何かを成し遂げた達成感とか、そんなものを一切感じることはできない。
正直、こんなこと二度とやりたくない。
どんな大義名分があろううが、誰に頼まれようが、一度は必ず断わりたい。
それぐらいの重労働、精神的にも肉体的にも。
「セレネ、貴方言ってたよね。人を殺してしまったら……その一線を越えたら人間じゃなくなるって」
けれど、ミカは少し安心感を覚える。
今目の前に広がるこの光景に嫌悪感を覚えられる自分に、そして人殺しに対して快楽的な感情を抱かない自分にどこか安心する。
「セレネ、どうやら私はまだ人間みたいだよ」
ミカが嫌悪感を覚えなかった殺人は、多少の快楽を感じてしまった殺人は、確かに自分の人生を狂わせたあいつらに対する的外れな復讐。
その一例だけだったんだと、安心して思わず笑みをこぼす。
「…………だったら、生きてセレネの所に帰りたかったな」
その思わずこぼれた笑みを、周囲にいる生き残ったメイドや男達が見れば、ミカはまるで猟奇的な悪魔の様に映る。
人を殺す事に快楽を感じる人ならざる者、それがソフィアという一国のお姫様の側にいると、また彼らに危機感を芽生えさせ、王国に対する不信感を抱かせ、小さな次の革命の火種になっていく。
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