第28話【革命】

 

 それからは昨日と同じで、湯舟に浸かり、昨日と似た様な魚料理を食べることになる。

この宮殿唯一の欠点は飽きるほど食べられる魚料理だと、ソフィアは語る。


「ちょっと食べる?」


 ミカの食事は開いた時間を使って、適当にパンを頬張るだけ。

ここにはメイド専用の宿舎は存在せず、ここで働くメイド達は皆街の中に帰る家があるか、別のところからやってきたメイド達。

その別のところからやってきたメイド達のほとんどは、街の中にある宿に泊まるか、知り合いのメイドの家に数日泊まることになる。

そんなコネなんてないミカは、宮殿の中の空いた適当な部屋を割り当てられ、食事だってまともに用意されることはない。

そしてそもそも、魔女かもしれない黒髪の少女に食事をわざわざ用意しようとするような律儀な善人はこの世界には存在しない。


「いえ、それはソフィア様の……」


 それを知ってか知らずか、ソフィアは出された食事に口をつける前に切り分けて、ミカを誘う。


「では、遠慮なく」


わざわざソフィアが誘ってきたものを断るのもどうかと思い、ミカはソフィアの隣に椅子を運び座ると、ソフィアがフォークを持ち上げる。


「お口をあけて?」


そう言われて、やっとミカは口を開ける。


「あーん」


そして、ソフィアが口に運んできてくれたものをそのまま素直に食べる。


「どう? 美味しい?」

「んっ……」


今日、テーブルに並んだのは魚のムニエル。

それにちっとしたサラダとスープが添えられていた。


「レモンがきいてて美味しいです」

「魚も柔らかいでしょう?」

「ええ、とても美味しいです」

「それはよかった」


 それ一切れで腹が満たされるわけではない、だがそれ一切れだけで救われる心の空腹はあった。


 晩御飯を食べ終わり歯を磨き、ソフィアはベッドの上をいつも通りごろごろ転がって、眠たくなる時間をひたすら待つ。

その間ミカは、ずっとドアの側に立って部屋の警戒をしていた。

いつ彼らがソフィアを襲うのかと、そんなことを考えながら。


 蝋燭の火も消え、それを継ぎたすことはしなかった。

部屋には月明りと、些細な星の明かりだけが差しこむ。

ゆっくりゆっくりと、ソフィアは目を瞑り眠ろうとした。


「……ッ!」


 何かの予兆をミカは直感的に瞬時に感じ取り、急いで眠りかけのソフィの側に走りだす。


「ミカ?」


その行動にソフィアが驚いたほんの数秒後、その一瞬。


 花火の様に数秒遅れてやってくるドッン、という大きな衝撃波の音で建物が少しガタガタと少し揺れ、ミカは足を止める。

建物と同じ様に、その衝撃はガタガタと窓も揺らし、頑丈な宮殿を揺らす大きな風、耳を劈くキーンといううるさい音が耳の中で不快に響き続ける。


「なんなんですの!?」


ミカは必死に立ち上がると、ソフィアに覆いかぶさって、なるべく音を聞かせない様にする。


「さぁ、わたしにもさつぱりで」


 たった一度、音はそれっきりだった。

次の衝撃が来ることもなければ、次にまた宮殿が揺れることもなかった。

近くに火山があって、それが噴火でもしたのだろうか。

きっと、そんな話ではないはずだとソフィアは現状の危険性をすぐに感じ取る。


「ソフィア様はこのまま部屋から出ないでください。絶対に」

「ミカはさんは!」

「少し様子を見てきます」

「危険だわ!」

「大丈夫です。おそらく……私一人なら」

「でも!」

「すぐに戻ってきますから」


 ミカの服の袖を握って、不安そうな震える目でミカを引き留めようとする。

けれどミカは、そんなソフィアを安心させることも忘れて、ソフィアの手を引きはがすと、急いで部屋を出て行ってしまう。


 宮殿の中は意外にも静かで、メイド達は皆正面玄関のある方へと向かっていた。

そんな冷静なメイド達とは違い、貴族たちはえらく慌てふためている様だった。


 ミカがなるべく急ごうと走って宮殿の正面玄関の扉を開け外に出ると、そこには大勢のメイドや宮殿に泊まっている数名の貴族達が集まり、皆が一点を見つめ、あるいは見上げていた。


 つい昨日までは美しい海と街が広がっていた。

その景色に確かな変化があった。

美しい月と星々、まばらに明るい街中に一本の太い火柱が堂々と立ち、その炎の熱は一瞬で輝く夜空を覆い隠し凌駕する。


「なんだこの騒ぎは……」

「あそこは……まさか」


貴族たちは慌てふためき、それぞれがそれぞれの連れてきた使用人を呼ぶ。

中には既に馬車の準備をはじめ、一目散に逃げ出そうとしている者までいた。


「……決行日なら、早めに教えてよ」


 小さくそう口にしてソフィアのところへ戻ろうと火柱に背を向け駆け出そうとしたミカの手を誰かが強く握る。


「誰ッ!」


ミカは振り返りながら、その相手を勢い余って強く睨みつけた。


「おっ、落ち着いてほしいなミカ、わたしだよ。わたし……エクラだよ」


そこに居たのは、妙にそわそわして興奮を隠しきれていないエクラだった。


「ねぇ、ミカはじまったよ。ついに……ついに、はじまったよ」


ミカの両手をそっと優しく握って、とてもワクワクして、笑顔を浮かべるエクラがそこには立っていた。


「事前に共有もナシでいきなりこんなことしないでくだい」

「ごめんごめん。みんな血気盛んでね、数日前倒しになっちゃった」


 エクラから少し目を反らすと、確かに事は既に始まっている様だった。


「何をする!」

「どけ! やめろ!」


 この宮殿に泊まっていた貴族達は皆、騒ぎの正体が気になってここに集まっていたのだろう。

そんな貴族達は寝間着のまま、まともな武器なんて持たずここへやってきた。

それを人数で押し切って殺すなんて簡単なこと、実際今ミカの目の前ではメイド達が各々が隠し持っていた調理用のナイフなどの武器で貴族達を刺し、押さえつけ、また何度も何度も刺し殺し始めていた。


「もうすぐ屋敷を燃やした集団もここに来るよ」


 そういえば、まだ話していなかった。

ミカがエクラと同じ怒りをもっていないことを。

そういえば、まだ決めていなかった。

この世界での私という人間の指針を、シャルロットともまだ意思のすり合わせを何もしていなかった。


「やろう。ミカ」


いきなりすぎる、あまりにも突然すぎる。

答えを出せる訳がない。


「わたしたちが、この国を変えるんだよっ!」


 自信満々に笑らうエクラと、その後ろで血に染まるメイド達。

次々に死んでいくのは貴族だけではない、おそらく事情を知らない、もしくは加担しなかったメイド達も殺されはじめていた。

たった数分の内にここは地獄となる。

彼、彼女らにとってはここが歴史の転換点で、新しい時代がはじまる夜。

しかし突然の熱気に、どうにもミカはついていけなかった。

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