第24話【隠す、伝える】


 街を歩いていてミカが感じていた不快感をエクラも同じ様に感じていた様で、二人は少しの休憩がてら川辺のお洒落なカフェに入る。


 できる限りの贅沢をしようと、座る席によって値段が変わるカフェの中で、エクラは一番高い川辺のテラス席を少し無理をして選ぶ。

すぐ側では綺麗な川が流れボートに乗った人々が行き交う。


 テーブルの上に並んだのは、なんの変哲もないコーヒーと、少し硬いバケットにハムやちょっとした野菜なんかが挟まったいわゆるカスクートの様なものが二つ並ぶ。

これをカフェテラスで食べるだけで、エクラの二ヶ月分相当の給料が吹き飛ぶらしい。

エクラを含むメイド達の給料が低いのか、それともこの世界の物価が高いのか、円換算で計算することができない今、ミカにはその判断ができなかった。


 頬張ったバケットは普段食べているパンよりも確かに柔らかく、口当たりが良い。

さらにこのバケットがほんのり温かく、野菜がシャキシャキとしていてみずみずしい。

確かに二ヶ月分の給料が吹き飛ぶのにも、なんとなく納得がいく。


「……っん。美味しいです」

「ねぇ。わたしもびっくりした。こんなに美味しかったんだこれ」

「久しぶりなんですよね? こうやって街に出るの」

「うん。休暇の申請をして、申請がおりたら休める。でも……休めたとしてもできることなんて限られてるし、ちょっとカフェでお昼を食べただけでからっぽになる。だからみんな休まず働いてる。わたしだって、ミカと出かけようとしなかったら、もっと貯金してたかも」


 コーヒーは少し苦い。

そこに甘みを足してくれる砂糖は少し高価なものだからか、無償で提供されることはなく、別途料金を払えば一粒貰えるのだが、そこまでしてコーヒーを甘くする気はミカにはなかった。

なにより、ここでミカが使えるお金は一銭もない、全てはエクラのものだ。


「で、どう? 街を見た感想は……って、聞くまでもないか」

「まぁ、いい気分にはなりませんでしたよ。もちろん」

「ちょっと顔色が悪いもんね。でも……よかった、その反応をしてくれて」

「どういう意味ですか」

「いや、もしこの空気を吸ってなんとも思わなかったらどうしよう……って、でも貴方もわたし達と同じなんだって知れて……わたしは貴方と出会って一番、すごく安心した」


 普段よりも一段と落ち着いた顔で、それこそ慈愛に満ちた様な暖かな眼差しでエクラはミカを見つめる。

ミカはその目を少し不気味に感じ、思わずティーカップを持つ手が揺れる。


「貴方は魔女かもしれないけど。わたしと同じ人の血が流れてる……そう思えて、ほんとうによかった」


 コーヒーから味が抜けていく。

ソーサーに一度カップを置いてミカはエクラを見て、少し息を整える。

そんなミカとは正反対に、エクラは熱いコーヒーに息を吹きかけ、ほんの少しだけ温度を下げるとそれを飲む。


 怖く感じたのは、おそらくエクラのその目だ。

その目にミカの姿は映っていない、映っているのはエクラの都合のいい様に解釈されて歪曲したミカの姿。

それを見て安堵している姿を不気味にミカは思う。

もっともミカは自分自身のことを何も伝えていないのだから、不気味に思うのも身勝手な話だ。


「……何度も言っていますけど。私は貴方達に協力するとは一度も言っていませんよ」

「断る理由なんてないじゃない?」

「自分勝手ですね。貴方達」

「だってみんな、同じ意思で生きているから……王族を殺す、この国を変えるっていう。その意思で」


 公衆の面前でそう言っても誰もエクラの方を見ることも、怪しむ様なことはしない。

街を巡回する兵士が例えそんな話しを聞いたとすれば、少しマズいかもしれないが、市民の声に目くじらを立てる兵士の方が珍しい。


「それは、貴方も同じでしょっ?」


 何も言い返さなかった。

違う、違う、違う、違う、とそう訴えることにも疲れ、ミカは黙ってカスクートを頬張る。

その行動がまた、エクラを勘違いさせる。

ミカは自分と同じ意思を抱いているんだと、そんな風に。


 二人は軽い昼食を食べ終わると、また街を歩く。

午後は華やかな街の中心ではなく、より城壁に近い場所へとエクラはミカを連れていく。


 王都の出入り口となっている正門から先の道は、綺麗な石畳で舗装される。

川がこの街を左右で分断するように流れており、石畳で造られた広い道を馬車が行き来する。

街の一番奥にある大きな山の上には、ソフィアが住む立派な城がある。


 王都を囲う城壁の近くには、王都の中でも一番の貧困層が集まっている。

といっても他の集落に比べればそれなりに裕福なのだろうが、ここで産まれ生きている人々にとっては、外界と自分たちを比べるなんてことはできず、王都の中でも貧相な立場にある自分たちを嘆いていた。


 比較的に貴族の屋敷と近かった賑やかな中心地とは違い、城壁近くには貴族の屋敷もなく、大通りから外れてしまえば人気も少なく閑散とし、陰鬱とした空気が流れ街は全体的に薄暗く見える。


 城壁の近くには一際目立つ大きな監獄があり、その監獄の周りには深い堀が作られ、街と監獄の境界線をハッキリと引く。

向こう側へ渡る方法は、跳ね橋しかない。


「あそこにも魔女がいるって噂だよ」


 エクラはそんな監獄を指差し、睨みつける様に見上げる。


「いつかその魔女達も助けるつもり」

「……魔女なら、自分で逃げるんじゃないですか。それこそ、貴方達が助けるいつかの前に」

「その大半が魔女だって言いがかりをつけられた。ただの人間だから……だから助けないと、やり遂げないと……もう、終わらせるんだよ、わたし達が」


使命感に駆られたエクラは、差した指をゆっくりとおろす。


「まだ、言ってなかったことがあったよ。貴方に」


ポツ、ポツ、とどこか寂し気にエクラは言葉を零す。


「お母さんが病気で死んだ。って言ったけど、あれはちょっと嘘」

「……嘘?」

「お母さんはわたしが産まれた後、魔女の疑いをかけられた。理由は知らない……なんだってよかったんだと思う……それから一年くらい経った頃、お母さんが子供を身籠って帰ってきて、翌朝には村にあった木で首を括った。お父さんもすぐにくだらない戦争で死んで、わたし達は孤児院行きになった。お兄ちゃんから毎日孤児院に届いていた手紙はある日パタリと来なくなった……つまり、そういうこと」


 監獄を見上げるエクラの目は鋭く冷たく、鋭い。

強い宿った瞳は微かに揺れ、涙を抑え込む。


「お母さんは魔女なんかじゃなかった…………絶対に、あんな死に方をする様な人じゃなかった…………絶対に…………絶対にッ!」


右手に作った握りこぶしでエクラは何度も自分のふともも辺りを力づくで殴って、怒りを発散させようとする。


 その瞳に見覚えがある。

怒りに満ちた、苦痛に満ちた、復讐心の塊の様な冷たくて鋭い目。

誰の言葉でも揺るがないその意思を宿した瞳は。


「だから、わたしは復讐をするの…………誰の手を借りても……魔女の手を借りてでも、わたしは絶対に王を殺す……ソフィア殺すことをはじまりとして、神話の一ページ目にする」


 昔の私を鏡をで映したら、きっとそんな顔をしていただろう。

それもあって、だからだろうか。

ミカは口が裂けても「一緒に頑張ろう」なんて言うことはできなかった。


「絶対にわたしは、復讐する」


そしてミカは口をつぐんで、エクラから目を反らして、唾を飲んで、そしてまた自分を隠す。

だからまた、エクラは勘違いをする。

ミカは自分の想いを苦しみを、心の深いところで受け取って、知って、共感してくれているんだろうと、そんな風に勘違いをして、エクラの心にはミカに対する小さな信頼が産まれる。

魔女でもいい、この人なら、ミカならきっと、とそんな大きな勘違いをしてしたまま、冷静になってミカを見て少し笑える。

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