第25話【噂話ではじまる革命】


 ミカが内に込めた怒りなどエクラは知ることはなく、エクラは自分と同じ様にミカが怒りや復讐心を抱えているんだと気持ちが昂り、ミカを何度も深夜の秘密会議へと連れ出した。

その誘いをミカは一度だって強く断ったことはないが、内心ではその誘いを断って固いベッドでゆっくり眠りたかった。

ただ、軋轢を生む訳にもいかない、これは私の怒りであって、シャルロットのものじゃない、もし明日シャルロットがここに帰ってきたとして、仲の悪いメイドがいたらかわいそうだろうと、せめて同室の子とくらいは仲良くしていたいだろうと、ミカは自分自身の気持ちよりも、帰ってくるかもしれないシャルロットのことを第一に考え続ける。


「わたくし思うのだけど。パンが勝手に焼きあがる様な仕組みがあれば、みんなが幸せになるんじゃないかしら」

「パンが勝手に……ですか?」

「ええ、そうすればご飯が食べられないことなんてなくなるわ」

「あぁ、なるほど。良い案かもしれませんね」

「でも……ご飯が食べられないなんてこと本当にあるのかしら?」

「といいますと?」

「いえ、お話ではよく目にするのよ。ご飯が食べれなくて困っている人を、でもわたくしはその人をみたことがないし、お父様もこの国に飢えている人なんて一人たりともいないって、ミカさんはどう思います?」

「そうですね……飢えた人はいるんじゃないですかね。これだけたくさん人がいる世界なら」

「そうよね。きっとどこかにいるわよね……なら、わたくしが助けてあげないとねっ!」


 確かにソフィアの世間知らずぶりには驚かされる。

パンがどうやって作られるのか、ブドウがどうやって作られるのか、水をどうやって手に入れるのか、庶民の生活にとって欠かせない一つ一つの知識が欠如していた。

だが、誰よりもソフィアが詳しいことだってある。


 一つはこの国では珍しいフリュシュ文字の読み書きができること、これを基盤としてソフィアは様々な本を読み、様々な知識を得ることができる。

問題は書庫の中のソフィアの手が届く範囲には、ソフィアが好みそうな御伽噺が置かれおり、書庫の奥の方や、ソフィアの手の届かない様な高い場所など、ソフィアが自らの意思で中々足を踏み入れない様な場所に、この国の歴史に関することや、それこそパンの作り方が書かれたような専門書などがある。

そのせいで、ソフィアは山積みになった本の中から、自分が欲しい知識を得ることができない。


 ミカはソフィアに教わり、最初はただの記号か、あるいはただの落書きの様にしか見えなかったフリュシュ文字を、ある程度理解して読み書きできるようになった。

今ではちょっとした挨拶を交えた手紙を書いたり、ソフィアが好む本を一緒に読むくらいならできるようになっていた。


 ソフィアとの時間を過ごし終わると、晩御飯を食べエクラに連れられまた酒場の地下へ行く。

そこでは毎晩、この国に復讐を誓った者同士が辛い過去の思い出をさらけだしあって、慰めあい、そして復讐を誓うと高らかに叫んでいた。


 ミカは変わらずその輪に交わることはなく、冷たい石階段に座ってその光景を眺めていた。

相変わらず、黒いローブで身を包み、しっかりとフードを被り顔と髪を隠す。

それでも完璧に顔や髪を隠せるわけではなく、何人かの人間には顔を知られてしまっていた。


 彼らは慰め合いだけではなく、意外にもしっかりと計画を立てはじめていた。

その計画というのは、数日後ソフィアが乗馬練習の為にベルラ・メル宮殿という、海沿いにある宮殿へ向かう、その宮殿でソフィアを打ち取るというもの。


 ソフィアが宮殿に到着後、しばらくはいつも通り過ごさせる。

そして状況を見て、様々な場所から集まった反王政グループに所属する人々が宮殿に火を放ち宮殿を守る兵士や投降しないメイドなどを殺害、逃げる集団を奪うために馬小屋を襲う。

騒ぎが起きている間に、主力となる人物と他の人物がソフィアを殺害。

その後、宮殿を爆破させ持ち帰ったソフィアの首を王都の広場に飾り付けてやろうかという算段だった。


 そしてこのソフィアの殺害を直接行う人物は、ソフィアのメイドが相応しい。

そして宮殿へ同行するメイドは大勢いるが、ここにいるミカはその中でも一番ソフィアに近いポジションにいる。

と、なれば。


「ソフィア殺害の主力は、この魔女の魔女に任せようと思う!」


当然、話の流れはそうなってしまう。


 ここには魔女と呼ばれる当時者は、ミカを除いて誰一人いない。

全員がただの人間で、いくら国王や国を怨もうが、人間の域は超えられない。

そんな彼らにできないことは、厳重な警備で守られているであろうソフィアの殺害。

適任は間違いなく、二十四時間ずっとソフィアの側にいる、そして圧倒的な力を持つ魔女であるミカだった。


「任せたぞ! 魔女!」

「お前が、英雄の称号を独り占めだってよ!」

「いいよなぁ、俺だってその称号の為にかみさんに店任せて出ていくつもりだったのによ」


 いつも黒いローブを纏い、フードを深く被り顔を隠して階段に座っていた。

たったそれだけのことで、男連中には魔女少女や魔女と呼ばれ、女連中には無口ちゃんなんて呼ばれる。

無口だというだけで利口そうだと言われ、ソフィの専属メイドだということが知られれば一流スパイだともてはやされ期待される。


 ただミカは全てのことにおいて決断を先送りにし、返答を曖昧にし続けた。

愛想笑いなど慣れたもの、慣れていないのは自分自身とシャルロット二人のことを考えて、二人にとっての丁度いいところを探して落ちくこと。

最悪自分自身の想いを選択肢から外しても、シャルロットにとっての最善がわからなず、結局曖昧にして誤魔化すことしかできない。

せめてシャルロットの想いが分かれば、声が聞こえればと何度思ったことか。


 しかしそんな想いとは別に、ミカ自身の生きる指針をそろそろ決めたいと思い始めていた。

それこそシャルロットに身体を返すまで、シャルロットが身体を返せというまでの間の、暇つぶしになるような目的、鬱病予防になるようなものがほしかった。


 もちろん、一番の目的はシャルロットに身体を返すことだ。

しかしここまでシャルロットからの返答がないと、別の目的もほしくなってくる。


 存外、目的目標がない人生というのは、すごく退屈だった。

いつ心に異常をきたしてもおかしくないとミカは心配になり、しかしこれが自分の感じている退屈なのかシャルロットの感じている退屈なのかさえ分からないまま、ミカは、自分自身のではなくあくまでシャルロットの生きる意味を勝手に探す。


 正義とか愛とか、平和とか平等とか。

そういった目標を掲げれば心は満足してくれるだろうか、そう思うと彼らに協力してソフィアを殺し、王政を打破し、正義と愛と、平和と平等を追い求める闘争に邁進するのも案外悪くないのかもしれないとさえ思い始めていた。


「いいよなぁ。一日で大英雄だよ、あの女」

「しかも魔女だとさ」

「正直、ちょっと……不気味だよな」


 ここにいる大半の人は、親族や親友にいる魔女を殺された過去を持つ者達の集まり。

魔女と人間の平等、そして人が理不尽な理由で殺されることがない世界を望んでいた。

しかしここには魔女とは無関係に、単純に今のこの国に疑問を覚え、反旗を翻そうとしている者も多くいた。

そういった人たちにとっては、魔女なんてのは非日常の存在で、どこまでいっても恐怖の対象。

寡黙で顔も見せず、顔もあまりみせない、おまけに黒い髪。

不気味に思わない方がおかしいというものだ。


「……引き受けてませんよ。私」


 今日の集会が終ると、またミカの隣にエクラが座る。


「勝手に話進められても困りますよ」

「一番の戦果だよ? 嬉しくない?」

「嬉しくないです。そんなに言うならエクラがやったらどうですか?」

「わたしはしなーい。だって、できないもん。そんな力ないし」

「結局、肝心なところは他人様頼りですか」

「いいじゃん。貴方が復讐を果たす機会なんだから……やりたい人多いんだよ?」

「だったら貴方たちが勝手に……はぁ」


 髪に指を絡め、ミカは頭をかき乱す。

ミカ自身にソフィアに対する敵対心がない、ソフィアに害をなすつもりはないと、そうエクラに伝えてもいいのだろうか。

しかかしきっとシャルロットはソフィアに怨みを持っているだろうと思うと、何も言えないままだった。

せめてシャルロットの意見が聞けたらいいが、相も変わらずシャルロットはミカの呼びかけに答えてくれない。

時々激しく動揺したり、ミカが何かを感を感じるのに連動して、小さな声を出したりすることもあるが、それ以上のことは何もない。

だから、ミカは曖昧にし続ける。

多少の拒絶を示しながらも、曖昧にし続ける。


「それで? もし計画が上手くいかなかったらどうするんですか?」

「え?」

「みんなまとめて処刑されますよ」

「大丈夫だよ。失敗しないし、なにより圧倒的な数! 見てよ!」


 狭い地下空間がいっぱいいっぱいになるほどの人。

中には兵士として働いている者、昔は盗賊をしてた者、パンやの主人まで、様々な人がいる。

そしてこんなグループがいくつもあれば、確かに戦うということにおいては十分なのかもしれない。


「それにほら、貴方がいる」

「私の何を知ってるんですか」

「何も知らないけど。でも、黒い髪の子にも色々といわくがあるから、魔女とは……たぶん、また別で。ねっ?」

「そういう噂話、ってどこから仕入れてくるんですか?」

「ここにいれば、嫌でもいろんなことを知れるよ。まぁ、全部嫌な話で、生きてて疑問に思ったことを解決してくれても、いい気分にはなれないけどね」


 教育を受ける機会がない、当然本を読むこともできない、そんな彼らが情報を得る為の手段はこういった集会場で聞く話が全てだった。

小さな噂話は人から人へと伝播し、小さな噂話は大きな噂話となり、尾ひれがついて独りでに飛んでいく。

記録に残らない話は、残したとこでだれも見向きもしないその話は、そのほとんどが原型を留めることなく人と人の間で広まって、そして今を生きる人たちはそれを信じている。


 それは魔女に関してだってそうだった。

明確に魔女とそうでない者を分ける線引きが存在した時代もあったという、しかしその線引きを記載した本など誰も読める訳がなく、ついでに王族がそれを隠してしまったら、もう誰も知ることなんてできない。


 だから手から水が出たり、周囲でよく落雷が起こる様な、そんな奇病を患ったものを魔女と呼び殺している。

はじめはただ隔離するだけだったかもしれない、ただ殺すだけだったかもしれない、それがいつの間にか卑劣な拷問を加えて殺すことが正しいとされる様になってしまった。

それを、正しいことを認めたのは数十代前の王族らしい。


 というのも全部噂話。

結局、正しい話なんて一つもなく、全ては過去の歴史の中で積み重ねられきたもので、現在はそれの延長戦。

今はただ見聞きした情報と己の信念を一致させ、必要でないものは聞き捨ててる。

そうやって正しいことをしているんだと、自己陶酔することしかできなかった。

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