第13話【プチ魔女裁判】

 

 どれくらいの時間が経ったのか、次に兵士たちに呼ばれた頃には睡魔に襲われ眠ってしまいそうになっていた。


「時間だ、出てこい!」


一応女性の部屋だというのにも関わらず、ノックの一つもなく男性兵士は扉を開けてミカを呼ぶ。

ミカは黙って起き上がると、ベッドから降りてその兵士についていく。


 部屋を一歩でると、とてつもなく明るい月明りがミカを襲う。

きっと普段と何も変わらない月明りでも、あんな部屋に数時間閉じ込められたらその月明りですら愛おしくなる。


「ここだ、入れ」


 長い廊下を歩き続け、ある一室にミカは案内される。

そこはミカが閉じ込められていたあの部屋と同じ様な部屋だった。

変わらない木の椅子、木の机、狭い部屋、明かりはないが、窓がある。

おかげで少しは快適に思える。


「座れ」


 ミカは言われるがままに椅子に座ると、目の前におかれたコップ一杯の水を飲んだ。

例えこの水に毒が入っていたとしても、きっとどうにでもなるだろうと、ミカは眠気のせいか少し気を緩めいた。


 部屋の四隅には装備を厳重に固めた兵士が立ち、扉の表に二人、裏に二人と計八人の兵士がミカの為に集められ、立っていた。

そんな部屋に、一人の貴族らしき男が靴音を鳴らしながら入ってくる。


「失礼。私は、ドラニスク・ベエール。一応、君に尋問をする様命じられている」

「ご丁寧にありがとうございます。私は」

「名前はいい。王女、ソフィア・シュロリエ様より聞いておりますので」


 彼は綺麗な椅子を用意してもらい、ミカの対面に座ると手に持っていた筆記帳を机に置いて眺め始める。

ミカはそこに書かれてあることを全くと言っていいほど読むことができなかった。


「王女殿下より、ある程度のお話は伺っております。貴方が王女殿下をお助けになったと」

「えぇ、そうですね」

「貴方は集落を焼き、その集落にいた盗賊たち、数百にもなる盗賊を皆殺しにしたと、間違いないですか?」

「えぇ、そうです。私が殺しました」

「貴方……一人で?」


 ドラニクスと名乗った貴族からすれば、今目の前にいる少女がそんなことができる様には見えなかった。

むしろあそこで死んでしまう様なそんな少女にも見えた。

しかし、彼女が魔女であると考えればできてもおかしくないのかもしれない、とも思う。


「……少し、違いがあります」

「違い?」

「私は確かに戦いました。が、私よりもあの場で活躍した者がいました」

「それは誰かね?」

「アリア・ベロニッサという貴族の子です。彼女は率先して武器を持ち、率先して盗賊と戦っていました、私はそれを手助けする様に家々を燃やすことくらいしかできませんでした」

「では、そのアリアという娘に功績があると?」

「できればその功績を私にも分けてほしいくらいです」

「そのアリアという貴族の娘はどこにいった?」

「それが、私にも分からないんです」

「分からない、か」

「えぇ、私は知りません。きっと探せばすぐに見つかると思いますが」

「ベロニッサか……聞いたことがない家名だが……」


 そう言って彼は筆記帳をペラペラとめくり、何かを探す。

そして目的のものを見つけたのか、めくる手を止める。


「ベロニッサ、ベロニッサ……やはりないな。まだ死体すら見つかっていないのか」

「死んだと?」

「その可能性もあるのではないかと考えただけだ……が、死者の名簿にも名前がないとなると、その者も探さなければな」


 彼はアリア・ベロニッサの名前を筆記帳に記すと、それを閉じて兵士に水を二杯持ってくる様に命じ、次の話を始める。


「では、君の産まれについての話をしてもらおうか」

「産まれ……ですか? 特別なことなどなにもありませんよ」

「君は自分自身の容姿を見たことはないのか? その黒い髪、この国では産まれないものだ。一体君はどこから……」


 どういう風に自分自身の事を伝えるかを少し考える。

孤児院で育ったをどうやって伝えようか、伝えたとしても昨日襲撃された孤児院とは無縁である様に思わせなければいけない。

両親の話を聞かれてもミカは答えられない。

黒い髪に関する話しはどうしようか、真実は何も知らないのでうまく誤魔化すしかないが、ここ以外の国では髪の黒人が産まれるのかどうかも分からないので、どんな嘘をつくのが正解なのかもわからない。

そもそも、誤魔化す必要はあるのだろうか、どうせ魔女だと決めつけて話を進めているんだろうし、と色々なことをミカは一気に考える。


「そういうことですか。えぇ、確かに私は黒い髪……ですから両親は私を怖く思い、私を捨てました。そして孤児院で育ち、そこから出ました」


これは、本当。


「それからは各地を転々としながら生活をし、偶然あそこにたどり着いた訳です」


これは、嘘。


 結局ミカは軽めの嘘をついて、自分の出自を誤魔化した。

シャルロットのことを正しく話すべきだったか、ミカがこの世界に来た経緯を曖昧にしてでも伝えるべきだったか、言葉を口にした後に少し後悔する。


「……この国の産まれなのか?」

「さぁ、私はその辺りの記憶が曖昧で」

「そうか……」


彼は話した内容をドラニスクは筆記帳に書き記すと、ペン先で机を軽く叩く。


「単刀直入に聞く。お前は魔女ではないのか?」

「……魔女、ですか」


 どう答えたって、きっと彼らの中での私に対する答えは決まっている。

黒い髪、焼死体の数々、間違いなく彼らは絶対に魔女だと断定して話しを進めている。

ミカはそう考え、飽きれて、それならと自分自身から踏み込んで言葉を発する。


「殺すんですか? 私の事を。私がもし、魔女ならば」

「……それは」

「そうしていますよね、外の世界じゃ魔女だと決めつけた人間を片っ端から皆殺しにしていますよね。同じ様にするんですか? 私の事も」


 ドラニスクはペン先で机を叩くのをやめ、ミカの目を見る。

そしてしばらく考え込んだあと、ため息を発して応える。


「王女殿下が……それだけは許さないと強くおっしゃっていたので」

「あの子は知ってるの? 魔女と呼ばれる存在を、それを君たちは殺していることを」


ミカのその言葉に、ドラニスクは深く考え応える。


「知りません。ただ直感的にあなたが殺されてしまうんじゃないかと、そう思われた様です」

「何も知らないのね、あの子は」

「……あまり過ぎたことは、ご自分の立場をご理解ください」


 ミカに対する意見には明確な相違があった。

この国で産まれてこない黒髪の少女だという、ただその一点でミカを魔女と断定し、殺してしまいたい騎士や兵士、そしてあの集落のことを聞いた貴族の人達。

そしてミカを珍しい髪色をした人間だと興奮し、自分の側に置いておきたいと思う王女様のわがまま。

その二つがせめぎあった時、妥協して優先されるのは王女様のわがままだった。

けれど、そのわがままで許容できない範囲を超えたのなら、殺してしまうのも止む無しと、誰もがそう覚悟を決めていた。


「……以上になります。最終的な判断はまた明日下します」


 ドラニスクは、この少女に対して下される「最悪の場合」の判断を想像し、それを伝えないままなのは、心証が悪いと思いドラニスクは立ち上がって、ミカの顔を見ないまま言う。


「一応、処刑される場合もあれば……凄惨な拷問を受ける可能性もある。留意してくれ」


 ドラニスクはそう言い残すと、そそくさと部屋を出ていく。

ミカは慌てて立ち上がると、彼が部屋から出て扉が閉められるまでの間、彼の背中に向けて頭を下げ続け、彼が部屋から出ていくと、息を吐いて姿勢を崩す。


「はぁ……怖かった」


そんな小言を吐くと、四人の兵士がミカを取り囲む。


「お部屋へご案内します。立ちなさい」


 もう少し丁寧に接してほしいものだと、もう一度ため息を吐きながら。

けれど、確かに怪しまれても警戒されても仕方がないなと、自分自身の立場を理解して諦める。

そしてミカも立ち上がり、彼らに連れられあの部屋に戻る。

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