第12話【王都 フルル・パディラ】
ソフィアは窓際によって、少し前のめりになって景色を眺める。
自分一人がこれを見るのは勿体ないと、反対側にも小さな窓があるにも関わらずソフィアは手招きをして、ミカを側に呼ぶ。
「王都に入ったおかげで、やっとカーテンが開けられるわ」
「そういう決まり?」
「えぇ、あの大きな門を通ったらもうわたくしは自由なの。この白くてまぁるい世界の中が、わたくしの世界なんだから」
厳密にいうとここは綺麗な円形の壁に囲まれた街ではない。
この王都は外壁のすぐ側に監獄と貧民の住む街があり、その奥にごく一般的な平民の住む街と教会、宿などがる。
そしてその奥に一部の貴族が住む別荘があり、その奥に高い山、そこに居城が一つ構えられていた。
街中に川が流れているので、綺麗にすべての地域が分割されている訳ではないが、この街はその様な作りになっており、それらを後から囲う様に壁がつくられた。
「あそこに見えるお城がわたくしたちの帰る場所よ。元々お父様が住んでいたのだけれど、お父様がお兄様に譲って、お兄様がわたくしを誘ってくれて一緒に暮らすよううになったのだけれど、今はお兄様がいないからわたくし一人の寂しいお城だわ」
建物は白く、屋根が濃く青い四階建てのくらいの建物がずらりと綺麗に建ち並ぶ。
その光景にソフィアは目を輝かせる。
それはファンタジー世界、中世世界などと呼ばれる様な街並みが、そして今日まで生きてきた孤児院とその側にあった町ともまた違う、ミカにとってはまさしく異世界に違いない世界が、目の前に広がっていた。
「そういえば、海外旅行についていったことなかったな。私」
気分はまるで海外旅行の初日。
それも飛行機の日程を間違えていたり、時差で頭がくらくらしたり、やっとの思いで入ったレストランの食事があまり美味しくなかったような、それに加えて飲んだ水が身体に合わなかった様な、そんな最悪の海外旅行初日。
しかしミカはこの世界に来て初めて、異世界に来たんだということを心の底から実感する。
街は活気は城壁から離れれば離れるほど、活気づいていく。
平民達は王家の紋章を掲げる馬車の通り道を自らあける。
城壁の側にあったいつくかの監獄は遠くの方へ、平民達が住む様な家々を通りすぎる。
いくつかの橋を渡り川を超えると、今度は背の高い建物ではなく、背の邸宅が立ち並ぶ区域に馬車は入る。
「あら?」
すると、ある一軒の屋敷の前で馬車は止まる。
ソフィアがそのことに疑問を持つと同時に、コン、コン、と二度馬車の扉を叩く軽い音がした。
ソフィアはカーテンを開けて扉についた小窓から外にいる人を確認すると、カギを開ける。
「そちらの方にはここで降りてもらいます」
外にいた兵士は扉を力強く開けると、冷たくそう言う。
「どうしてよ! 別にいいでしょう? 連れて帰ったって」
「いいえ、なりません。どこのヤツかも分からないソレを、城に連れ帰るなど」
「でも!」
「ソフィア様! これ以上のワガママ」
ミカは会話する二人をあまり気にすることはなく、窓の外から景色を眺める。
確かにこの兵士の言っていることはごもっともだ、とそう思いながら。
魔女であるとか、黒い髪をしているだとか関係なく、こんな得体の知れない人間を王女様の側に置いておくのが正しいとは思えない。
「そちらの方にはこちらで事情を聞かせていただきます」
「明日には、わたくしに返してくれるのよね?」
「そちらの方次第です」
「最初から悪い人だって決めつけて話をするのはやめて、不快よ」
「……申し訳ありません」
ソフィアはミカの側へ寄って肩を叩く。
ミカはそれを応える様にソフィアの方を向くと、ソフィアは少し申し訳なさそうにしながら、ゆっくりと言葉を探す。
「ごめんなさい、ミカさん。ここでお別れみたい」
「あぁ、別に。気にしないでください、貴方の優しさはとても嬉しかったです」
「……また明日会いましょう」
「ええ……彼らがそうしてくれるのなら」
ソフィアは気づいているのかいないのか、馬車の外でミカを待つ兵士たちは苛立っているのか、ミカの事を冷ややかな目で睨みつける。
ミカは睨み返す様なことはせず、言われるがままに馬車をゆっくりと下りていく。
馬車を降りたミカは、その兵士とその他兵士達に連れられて屋敷の方へ歩き出す。
後ろの方から感じるソフィアの視線は優しく温かいものだったが、ミカの周りを囲む
兵士達の視線はとても冷たく鋭いものだった。
結局、ミカの扱いとうのはあまり良いものではなかった。
理由はいつかある。
ソフィアが逃げ出し見つかった先にいた奇異な見た目をした少女であること。
そこに大量の焼死体と首を切った様な死体が転がっていたこと。
大勢の貴族の子供達が失踪していること、その一部の名のある貴族の子供達があの場所で死んでいるのが確認されたこと。
彼らはミカのことを信用できる訳もなく、そしてその黒い髪が彼女に対する悪印象を生み出す原因そのものだった。
この国で産まれてくるはずのない黒い髪の少女。
まさか魔女なのではないか、と。
再びこの国に疫病を振りまく魔女が現れたのではないかと、彼らはミカを軽蔑し侮蔑し、睨みつけていた。
檻の中、とまではいかなくても立派な屋敷の外見とは違い、とても綺麗とは言えない様な部屋に案内された。
まともな明かりのない薄暗い部屋。
木で作られたベッドは今晩寝ているうちに壊れてしまいそうな音がする。
部屋の壁にも穴が開き、虫の出入りが激しい。机にも埃が積もる。
小さな部屋の中、窓もなく外側からカギをかけられ、用を足したければ部屋のドアを叩いて外にいる兵士にその意思を知らせ、カギを開けてもらわなければいけない。
食事は固いパンが一つだされただけ、水の用意もない。
退屈しのぎの娯楽もないし、シャワーやお風呂なんてものも当然ない。
唯一ここに来て嬉しかったことは、穴の空いたボロ布から穴の空いていないボロ布に着替えられたことくらいだろう。
ベッドに寝転ぶことも許されないまま、しかし埃の積もった固い床に寝転ぶことはせず、椅子に座って時間を潰し、今はいったい何時ごろになるのだろうかと、時計も窓もない世界で憂鬱と時間が過ぎるのを待って、ただひたすらにミカは兵士たちに呼ばれるのを待つ。
せめて心の中でずっと泣き続けているシャルロットが話し相手にでもなってくれれば、もう少しだけ気が楽だったのにと、そう思って溜息をついてしまう。
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