第11話【馬車道中】
意識は確かに朦朧とした。
だが『死ぬ』という結果にまでは至らなかった様で、ミカはぼんやりと目を覚ます。
「あぁ、起きました?」
いっそ死んでしまったほうが目覚めが快適なのは、体の仕組みとしてあまりにも不完全で未完成な気もするが、そんなことも言ってられない。
「動かないでくださいね? 落ちてしまいますから。そのままそぉーっと目をあけてください」
頭の辺りが少し冷たい、そして柔らかい。
さすが王女様、さぞ上質な枕を貸してくれたのだろう。
ぼんやりとした意識と感覚の中で、ミカは何度か瞬きを繰り返した後、ゆっくりと目を開ける。
するとそこにはとても幼くて可愛らしい顔が一つあった。
「……おはよう」
ミカがそう言うと。
「はい、おはようございます」
と、ソフィはにっこりと優しく微笑みかけてくれる。
馬車は静かに揺れ動いていた。
ソフィに聞いたところ、向かう先はソフィが休暇を過ごしていたという宮殿ではなく、どうやら王都らしい。
さらにその中にあるソフィアの居城の方へ、この馬車は向かっているらしい。
「そろそろ起きるよ。いつまでもこうしているのも……なんか情けないし」
「そうです? ん……でも、しばらくはここのままでいいじゃない。誰にも邪魔しないわよ」
自分自身が膝枕をされていることには気づいていた。
それが少し恥ずかしいことだと自覚しながらも、だけどしばらくはソフィアの声に応えてそのままでいた。
「……なにが、あったんですか? あの場所で」
その言葉をキッカケに、少女は起き上がってソフィアの対面に座る。
どうやら肩や脚に包帯が巻かれているらしいことに気づく、と同時にもう痛みが全くないことにもミカは気づく。
質問の答えを考える。
ここまでされて、してもらって、もう嘘はつけない。
ミカはそう悟り、閉めきられたカーテンを少し開け外の景色を眺めながら答える。
「虐殺だよ」
「それはどちらが? 場合によってはわたくしは貴方を罰しなければならい、そうしてもらう様に進言しなければならない」
「お互いに」
「でも、悪かったのはだれなの? 事の流れでそうなってしまっただけで、ほんとうは!」
「……お互い様。だよ」
「そうじゃなくって! だから! わたくしが求めているのは!」
ソフィが求めている答えは分かっている。
悪い奴らから王女ソフィア・シュロリエを守った少女、という構図。
それを作り出すための証言がほしいことくらい。
「わたくしは貴方に助けられました。どんな理由であれ、どんな方法であれ、それに間違いはないと思っているわ。そしてわたくしは貴方に感謝している……きっとあのままあそこにいれば、貴方がいなければ、わたくしに今はなかった。それくらいのことは理解しているつもりよ」
ソフィは少しうつむいて声を震わせながら、必死に感情のまま言葉を吐き連ねる。
少女はそれを横目にみながら、どうするべきかを考える。
「わたくしは……そんな、貴方を罰したくはない……わたくしは、貴方を罪人にはしたくない……と、思っています」
どのみちこれから先、生きていく必要がある。
その役目は私じゃなくたっていいかもしれないが、私に託されてしまった。
なら、生きていく道を模索する必要がある。
王女様の命の恩人になっておくのが、賢明だろうか。
頭の中がとっちらかってまとまりがつかない。
ただ、生きていくのであれば、そしていつかシャルロットに体を返すなら、王女様の命の恩人という肩書は彼女にとっての利になるのではないか、と。
「彼らが、近くの村や町から子供を、特に小さい女の子を誘拐し、監禁凌辱を行っていた」
特別返したい恩があるわけでもないのに、ミカはシャルロットの為に行動してみる。
この世界に産まれて十六年、とはいえミカが目覚めたのはつい昨日だ。
この世界で何をすべきかなんて分かるはずがない。
だから試しに、ソフィアの側についてみてもいいのかもしれない。
そう考えてミカは今回のできごとを全て話してみようと決めた。
「私はアリアという貴族の娘に頼まれて、彼彼女らを助けようと、そしてアリアが見つけた貴方を助ける為に、私は戦った。その道中、偶然うっかりその集落を焼き、集落に住む盗賊達を殺してしまった。なお、拐われてきた子達は、皆集落の者たちに殺されている、そこに私は関与していない」
ここまでの言葉を、少女は呼吸も忘れやや感情的に吐ききった。
おかげで酸素が足りなくなって、言葉が終わるとすぐに大きく吸う。
まるでそれに応える様にソフィアはにこりと笑い。
「わかりました。事情はすべて」
と、そのままの顔でそう言った。
「うれしいです。素直に話してくれて……これでわたくしは、貴方を悪者にせずにすみますわ」
「信じるんだね。私の話を」
「良くも悪くも貴方しかいませんから、証言者さんが」
「なんでも私の良いようしていい訳?」
「もちろん、嘘はいけません。ですけど、貴方は嘘をついていない、そうでしょう?」
「貴方が私を信じる理由が……もっと言うなら同じ馬車に乗せる理由もわからないよ、私には」
「ふふ。貴方の先ほどの証言でハッキリしたでしょう?」
「……えぇ?」
「貴方はさらわれていた一国のお姫様を助けた大英雄です。そうに違いありません。そしてわたくしはそれを信じていました、だからこその今なんです」
「まぁ、寛容なお姫様」
「ええ、やがて王女になるわたくしは、これくらい寛容でないといけないのですわ……ですが、一つだけわたくしの気持ちも話しておきます」
別に無条件に目の前にいる少女のことを信じた訳ではない。
とはいえ、明確に何か理由があったかと言われれば、それもない。
確かに怖さもあった、確かに血にまみれていたし、確かに目の前にあった焼死体を作ったのはこの少女であることに違いはない。
けれど少なくともあの時、自分自身を見つめていた目は優しかった。
悪意を持ってあの場で人を殺した訳じゃないと、そう直感的にソフィアは感じた。
少なくともあの時、この身体に触れていた手は温かく優しかった。
今はただ、自分自身が感じがことを信じ、そして人生で一度も見たことがない黒髪の少女という珍しさに引かれ、ソフィアはなんの考えもなく動き、言葉を聞き、信じしようとし続けている。
「……正直わたくしも、あんなにたくさんの人が死んでいるところを目にするのは初めてで、それをした人が目の前にいるという事実が」
「怖い?」
「……正直に言えば。えぇ、そうです。怖いです、とても」
「そっか」
「だから、自分に言い聞かせているところもある。と、それは嘘ではないです」
「ううん。それでいいよ、それが正しい。私の言葉を信じろなんて言えないし、信じることが当然だとも思わない。君を助けるためにしたことだけど、その内容を君に非難されても、私はそれを受け入れるよ。やりすぎたのは……自覚してるし」
それからしばらく、二人の間に言葉はなかった。
それぞれ違う窓から外の景色を眺め、固く苦しい時間が流れたあと、最初に声を出したのはミカの方だった。
「てか、あんなところで何をしてたの?」
「わたくしですか? わたくしは……」
そしてソフィは昨日から今日にかけての出来事を少女に語る。
宮殿や城の暮らしに飽きてしまったこと、嫌気がさして逃げ出してしまいたくなったこと。
読めもしない本を知識人ぶって読むふりをすることにも、読める本を何度も読み返すのも。
そういのに全部、飽きてしまったことをミカに吐露した。
「嫌気がさしたんです。それでつい」
「それで宮殿から抜け出すって……」
「コロコロ転がりましたわ、たくさん」
「それで、捕まって」
「えぇ、危ないところでしたわ」
「ほんとに偶然見つけなきゃ死んでたね」
ミカとは正反対に、ソフィは自分自身の感情を露わにし、言葉を吐く。
同時に彼女の言葉もしっかり聞きながら、言葉を返す。
「わたくしには夢があるんです。だから、あの場所で死んでいなくてほんとうによかったです」
「夢?」
「ええ、といってもこの国がもっと素晴らしい国になればなと、その手助けができたらなと……そんなつまらないものですが」
「ううん、いい夢だと思う……そっか、このこの国が素晴らしい国になれば……か」
「お城の中や宮殿の中は窮屈ですけど……それでもその外で暮らす人々はいつも楽しそうで、みんな笑っていて、わたくしはそんなこの国がどこまでも続いていけばいいな、とそう思うんです。ですからわたくしは、退屈なこともわたくしの仕事の一つなのかなと、そう思ったりもするんです」
この子はどんな世界を見て生きてきたのだろう。
この子にはあの焼死体の山が、そしてそこで行われていたであろう蛮行の数々を説明した私の言葉がどんな風に見え、聞こえたのだろう。
そしてこの子はきっと、彼ら王族たちが見ている世界とは、綺麗に整えられた王都や宮殿の側にある様な街のことで、きっとシャルロットが産まれ育った様な孤児院や側にある町のことなんて、そこで行われていることなんて知りもしないのだろう。
「……そういえば、お名前!」
ソフィアは勢いよく立ち上がり。
「聞いていませんでしたわ! 貴方のお名前!」
ミカの両膝に両手をおいて顔を思いっきり近づけ、興奮気味に息を荒くしながらそう言った。
「あぁ……そういえば」
ミカはソフィアのおでこに指を置いてつよく押す。
その行動の意味をすぐに理解して、ソフィアは身を引いて改めてミカの対面に座り、まだ知らない少女の名前を聞こうと姿勢を正す。
ミカはアリアに名乗った様に名乗ろうと、あまり考えることはなく、すぐにそう決める。
それで何も問題はなかったし、自分自身もその名乗り方が一番無難であると実感していたからだ。
「シャルロット・ミカヱル」
けれどそこに少しだけ、ソフィの名乗り方も足してみる。
「シャルロットは私の名前、ミカヱルは神言によってつけられた、家名にあたるものだと思います」
「シャルロットさん? ミカヱルさん? それとももっと可愛らしい愛称がいいかしら」
「いや、ミカでいいよ。その方が呼ばれ慣れてる、敬称愛称両方いらない」
「では、敬称をつけるのはわたくしのわがままということで。許してくださいね」
「……王女様にそう言われたら、返すことがなくなるよ」
王女様に敬称をつけて呼んでもらえるようなたいそうな人間じゃないと、自分自身を卑下するのは心の中で、それを表に出すことはなく妥協しながらも。
内心に格下複雑なそれを隠すために、ミカは自分の頭を軽くかく。
「……もうすぐお城につくかしら」
カーテンを閉め切り、ミカの名前を知り終えたソフィアは、次の話をはじめるきっかけとして、そんな言葉をぽつりと吐いた。
「そうだ! ミカさん。今日はわたくしのお城にある客室に泊まるといいわ」
そして、まるでたった今思いつたかといわんばかりに、ニコニコとした笑顔で言葉を吐く。
「え?」
「どうせ今日一日は事情を聞かれるでしょうし、わたくしもあなたのことについて色々と話すお仕事があるから」
「……あぁ、なるほど。どのみちすぐに呼べる場所にいないとダメですか」
「そう! それに貴方、どうやってお家へ帰るの?」
「うっ。痛いとこつくな」
「というよりも、周りの大人たちもひどすぎるのよ。あんな森にいた子をすぐに刺して、犯人だと決めつけて。あげく貴方のことを牢にいれると言っていたのよ? わたくしが駄々をこねなければ、今頃どうなっていたことか」
「ひどいことをされていました?」
「それは……どうでしょう。でも、そんなひどいことをするとは、思いたくないわ」
「でも、貴方の騎士さん。だいぶ酷かったよ」
「ほんとうにごめんなさい……それと一つ、あの方たちはわたくしの騎士ではないの。お父様やお兄様の騎士の方々なの」
ソフィアにはソフィア直属の騎士というものが存在しないらしい。
何度か騎士として任命するに相応しい人物を紹介されたが、その誘いを全て断わったという。
その理由は一つ。
「一緒にいて楽しくなかったの」
「楽しくなかった?」
「ええ、わたくしはね。もし騎士の方ができたなら、その方とはずっと一緒にいたいの」
「ずっと一緒って、それを異性の方と?」
「分かっているわ。そんなことは叶わないって、でもね。それくらい気が許せる方を側に置きたいの。それともう一つ、わたくしの夢を応援してくれる人がわたくしの初めての騎士様になってほしいの。正直、わたくしのことを守れるかどうかなんて二の次でいいわ」
「それはもう、騎士としての仕事の範疇を超えているのでは」
「だからかしらね……最近じゃ、騎士様のお話は全く聞かなくなったわ」
それならいっそ、婿でも探したほうが早いのではないかとそうも思ったが、その言葉はぐっと飲みこんで、ソフィのそんな夢に一言「いつか見つかるといいね」と、そんな応援の言葉をミカは投げかける。
馬車はしばらく揺れ続ける。
ミカが窓の外を見ると、大きな無機質な分厚い壁が目に入り、あっという間にその壁の下を馬車はくぐる。
すると、ソフィは溜息を吐き、大きく息を吸うと。
「あー
ソフィアはそう言って、思いっきりカーテンを開ける。
すると、夕焼けの光が一気に馬車の中に差し込んで二人を照らす。
その眩さを手で防ぎながら、何度か瞬きを繰り返し、次に目を開くと。
「ようこそ! ミカさん!」
確かにそうソフィが言いたくなるだけのあまり高さのない白で統一された街が広がっていた。
「わたくしたちの、エルテネルへ!」
どこまでも続く長い石畳の上を馬車は行く、その先には高い山が見え、そこには立派な山の上にそびえ立つ、これまた巨大で立派な城が見えた。
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