≪ 絶命の日々のまじまり ≫

第04話【散々な幕開け】

 

 十六年の空白があった。

確かにあの日私は死んで、そして今日再び命を取り戻した。

シャルロット・ミカヱルという少女のもう一つの人格の様な、そんな扱いであったり、シャルロットに宿った悪霊だと言われたり、シャルロットが病気の原因と呼ばれたりと散々だったけど、正直全部どうでもよかった。


 生きている理由なんてないから、もう自分のことだってどう扱われたっていいから、ただ勝手にシャルロットが幸せになって、ただ勝手に死んでいけばいい。

そういう人間らしい人生を勝手に歩んでくれればいいと思っていた。

その為になるべく大人しくしていることを選んだ、だけどあの子は死んだ。

あの子だけじゃない、あの孤児院にいた人間はおそらく全員死んだ。


「もう嫌だ」


 シャルロットは全てを諦めきった冷たい声で、そう声を掛けてきた。

そう言って彼女は絶望して、全てを諦めて真っ暗な世界で膝を抱える。


「だからが、変わらなきゃいけないなら貴方がやってよ……わたしはもう……いい」


 シャルロットにそう言われたせいか、それでも誰かに背中を押されたのか、気付けばこの支配者はミカになっていた。

おそらく、あの子が勝手にそうしたんだろうと、ミカはそう解釈してとりあえず納得する。


「いっとくけど、私は貴方を演じないから……演じられないから、私は私としてしか、生きられないから」


 それであの子がよかったのかよく分からない。

お互いに人生に不満をもち、お互いに納得ができないまま、それでも仕方ないと、こうするしかないと、お互いに妥協しあう。


 それからすっかりシャルロットは黙り込んでしまった。

ミカもそんな風にして数年間を過ごしていたから、そのことに関して一切の不満はない。


 素足で夜の森を駆ける

小さな石をたくさん踏み足裏がヒリヒリと痛む、たくさんの草木で傷ついた脚もヒリヒリと痛い。

遠くの方からは、呑気で陽気な歌が聞こえ、それに苛立ちを覚え、後ろを振り返ると、そこでは大きな火柱が上がり『わたしシャルロット』の故郷が燃えていた、


 火を放て、殺せ、殺せ、魔女を探せ、見つけ出して、魔女を殺せ、殺せ。

見つけ次第首をねろ、疑わしい者もまとめて殺せ、数が多いのであれば、燃やせ、燃やせ、火を放て。

女も男も関係ない、子供も老人も容赦しない。

例え、ネコであってもイヌであっても殺してしまえ、鶏や豚、家畜も容赦するな。

魔女は化けて暮らしているぞ。

王を守れ、国を守れ、魔女を許すな、根絶やしにしろ。

国を亡ぼす疫病をふりまいた魔女を見つけ出せ、それを見つけ出し殺すことが、我国に生きる者の使命であると心せよ。


 そんな狂気じみた内容がつづられた男たちの大合唱が、森に響きわたる。

炎はだんだんと大きくなり、炎が灯る場所の数も次々に増えていく。

それと同時に、先ほどまでは鳴りやまなかった人々の悲鳴が、だんだんと聞こえなくなっていく。

それは少女がその場所から遠のいたからか、それとも――――――。


 遠く遠くから合唱が響き渡る、ミカの変わらずズキズキと痛い。

足裏やそのあたりに傷が増えていくのを実感する。

それを今すぐ立ち止まって治療することもできるだろうが、そんなことをしている余裕はない。

とにかく今は、生きることを最優先に考え、生きるための手段を模索するしかない。



――だって、もう。わたしにはどうしようもできなくて



 そう言って『わたしシャルロット』が『ミカ』に譲ったこの身体うつわを守るしかない。

生きて、生きて、この命を繋いで『わたしシャルロット』に返すその日まで。


「返す……か」


 今日までは『わたしシャルロット』が、この身体うつわの主役だったのに、たった一晩にして、その主役は変わってしまった。

そんなことを考えながら走っていると、木の根に元々をすくわれ転んでしまう、そうしてやっとミカは考えることを辞め、ただ歌が聞こえなくなるまで走り続けることに専念する。

 

 しかしどこに逃げるべきか、土地勘のないこの場所で検討がつくはずもなく、頭も

回らない。

いっそ空でも飛べたらなと、そんな風に思うけれど残念ながら翼は生えてこない。

そしてどこか遠くの地にでも逃げてしまいたい、いっそ『ミカ』が産まれて死んだ場所にでも帰りたい。

もしそれが叶わないのなら、誰にも追われることのない辺境の村で身体うつわをシャルロットに返して、消え去りたい、そんな風に願ってしまう。


 やがて男たちの不気味な合唱は聞こえなくなり、月の輝きだけが走り続けるミカを照らす。

次第に走る気力もなくなり、深い森の中一本の太い幹の傍に座り、息をつく。

ここで一晩明かしたとして、さて明日はどうしようか。


「こんな土壇場で私に渡されたって…………」


 何も希望がないまま、満月を見上げ手を伸ばす。


 今日、私は人生で初めてなんの殺意も、特別な意味もなく、この手で人を殺した。

それは、怖い怖いと泣き叫んでどうしようもないシャルロットを守るため。

こんな世界にどうしてか転生させられ、意味もなく十六年生かされていたことに対するイラダチの当てつけでもあった。


 体についた傷が痛く深く沁みる。

それはきっとどこかで切れた傷、火傷の痕は意識をせずともじんわりとなかったことになっていく。

それを不気味思うことすら、疲れて忘れ、少女の意識は朦朧としていく。


「明日はここから……どうしようかな」


 そうして眠ってしまおうとした時、小さな草木の揺れる音に驚き、すぐに飛び起きまた周りを警戒する。

今日は眠れそうにないなと、そうミカは諦めまた走り出した。


 しばらく走り続けた末に、緩やかな川が下に流れるのを眺めながら、崖がどこまでも続く様な森の中で、一晩だけでも安全に寝泊りができる宿はないかと、そんなことを考えてしまう。

けれど、そんな宿なんてある訳もなく、太い木に縋って少し休みまた歩きだそうとした、その矢先のことだった。


「だれっ!」


 突然聞こえた幼い女の子の声に驚き、すぐにミカは姿勢を低くし草木の中に身を隠す。

なるべく音を聞き取り、聞き分け、必要な音と必要でない音を取捨選択していく。

幸い暗闇の中で長く過ごしていたおかげで目はよく使える。

が、声の正体であろう人影をすぐにとらえることができなかった。

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