第02話【ある孤児院でのこと / 魔女狩り】
一瞬にして、孤児院は阿鼻叫喚の地獄と化す。
孤児院に隊列を成して、国旗を掲げやってきた彼らは、もはや初めから交渉する気などなかった。
彼らの声に応えようと出てきたシスターを手始めに刺し殺すと、それを合図に彼らは剣を抜き、それを振るいだす。
雄叫びを上げ、孤児院に火を放つ。
石で作られた寄宿舎も力技と言わんばかりに、ドデカいハンマーで叩き壊す。
「シャル! 逃げるよ!」
「でも、どこに!」
「わかんないけど……森の中とかで隠れれば!」
「うっ、うん!」
そう言って、ルマルに手を引かれてシャルロットは走りだした。
が、一歩部屋から出たらそこはもう地獄だった。
絶命の声がこだまする。
山の中にある小さな孤児院で子供たちが次々に殺されていく。
夢や希望が次々と奪われる。
既に二人がる寄宿舎にも火の手は及んでいた。
パニックになって、部屋を飛び出した子供たちはその勢いのまま外に飛び出していき、次々と殺されていく。
殺している兵士達が冷徹な奴ならよかったものの、楽しそうな笑い声が聞こえてくるのが、なによりこの状況を地獄たらしめる要因になる。
「助けて……」
軽く訓練を積んでいた少年たちは、そんな助けを求める声を聞くを勇猛果敢に剣や槍を持って、立ち向かおうとする。
しかし相手は曲がりなりにも実際に戦場に出ていた兵士や騎士達だ、勝てる訳などない。
微かに息のある少女は、寄宿舎の中へ這って帰ってきてひたすらに助けを求め続ける。
「死にたくない……」
壁にもたれかかって、そうひたすら呟き続ける。
それらをひたすらに無視して、兵士達のいない場所をできるだけ選びながら森を目指す。
孤児院を囲う様に火の手はまわり、もはや兵士のいない場所そ探る方が難しかった。
この孤児院が襲われるのは、『ここに魔女がいるかもしれない』というたったそれだけの疑いだ。
誰が魔女かなんて関係ない、全員殺せばその内魔女に行き当たると、そんなバカな考えで子供達や大人達の夢や希望は次々と潰えていく。
「いやぁ……やめて……」
一緒に暮らした友達も。
「助けて……」
少女を嫌った少年も。
「はやく! はやく逃げッ……」
美味しいご飯を作ってくれたシスターも。
等しく皆、死んでいく。
魔女という汚名を被せられ、死んでいく。
「魔女を殺せ! 一匹残らず殺せ!」
孤児院は焼け、叩き壊され、平和な日常は一夜にして崩壊する。
全ては魔女を探す為に、魔女を殺す為に、そしてこの国の為に。
どこを見ても死体が溢れかえる。
孤児院を包む炎は熱く、その熱気だけで酷い火傷を作ってしまいそうになる。
土の地面には血が染みて、時々ぴちゃぴちゃと何か水を踏んだ様な音がするのは、全部血だまりだ。
どこかに隠れて、兵士がいなくなれば、また走って、どこか物陰に入ればそこで嘔吐する。
気分が落ち着くのも待たずに、そしてまた二人は走り出す。
「ッ……!」
しかし何事も、そう簡単にいくはずがない。
「ルマ!」
相手はこんな下劣なことをしていたとしても、訓練を積んだ兵士だ。
剣を振るう力も、弓の命中精度も、素人がどうにかできる相手じゃない。
だからみんな死ぬ。
だからみんな殺されていく。
ルマルの背中に矢が刺さり、転ばせる。
手を繋いでいたシャルロットも一緒に転んでしまうが、慌てて身体を起こして声をかける。
「おい! 黒髪の女がいるぞ!」
ルマルの背中に刺さった矢など気にも留めず、男たちは皆ルマルの隣で慌てている黒髪の女の子に目を向ける。
「シャル行って! 早く!!」
すぐにミカが狙われていることに気付いたルマルは慌てて声を荒げて、そう言った。
「でっ、でもルマが!」
「いいから早く! 逃げて! 生きるの!」
背中に刺さった矢が痛い。
ルマルの背中に刺さった矢はルマルの全身を痺れさせ、身体はだんだんとルマルのいうこをきいてくれなくなる。
口も痺れ、まともに動こうとしてくれない。
手足は、気が付けばもう木偶の坊だ。
「でも!」
時間の余裕は一切なかった。
すぐに横であたふたしていたシャルロットにも矢が刺さる。
そしてすぐそこまで迫っていた兵士たちは槍を構える、そのことに気付いたのはまたしてもルマルだった。
「もぅ、バカ!」
ルマルは空っぽになった力を無理矢理振り絞って、立ち上がる。
その瞬間、カチコチに固まり始めていた手足は一斉に折れ、大量の血を吐きながら向かってくる槍を全身で受け止める。
「走って! 早く!」
喉から振り絞ったその声は、ガラガラでいつもの様な可憐さは微塵もない。
そしてその声を発すると、声帯はプツリと切れ血を吐き、そのまま膝から崩れ落ちる。
シャルロットは声を嚙み殺し、感情を噛み殺し、立ちあがると腕に受けた矢をそのままに走りだす。
後ろを振り返れば、シャルロットの代わりに死んだルマルが何度も槍や剣で突き刺され、死体はぐちゃぐちゃに
涙を流す暇も、後悔をする暇も、怖がる暇も、復讐を誓う暇さえ、シャルロットにはなかった。
ただ走って、走って、走って、死体に躓いて、また走って、走って、まだ火の手が回っていない場所にたどり着かなきゃいけない、身体が痛い。
矢の痛みだけじゃない、いつものあの痛みがまた。
「ァッツ……!」
矢がまた背中に刺さる。
こんな細いもの一本でここまで痛いんだと、ソフィアは初めて知る。
でも、逃げなきゃいけない。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、生きていかなきゃいけない。
なのに、身体が動かない。
ただの矢じゃない、身体が痺れる。ピリピリする。
手が動かない、足が動かない、口が動かない。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。
生きていかなきゃいけないのに、ルマルに託されたのに――――。
「ぐぁッ……」
背中に鋭い剣が深く刺さる。
「ぁあ」
痛い、痛くていたくてたまらない。
何度も背中を刺され、それでも必死に這って這って、近くにある木に縋る。
腕にはも力が入らず、折れてしまったままダランと垂れてしまった。
「いゃ……やだぁ……」
魔女というは、往々にして一目では普通の人間と見分けがつかないもの、しかし一人だけ明らかに魔女だと分かる見た目をした者が、その孤児院にはいた。
それこそが、シャルロット・ミカヱルだ。
生まれつきの黒い髪。
この国では絶対に産まれることのない、夜と同じ色をしたその髪を持つ少年少女は、疑いようもなく魔女だ。
「死にたくない……」
立派な鎧を着きた男達は黒髪のシャルロットを狩り立てる。
彼女を殺せば、例えばただの兵士であれば、どこかの貴族の騎士へと出世できるかもしれない。
もし、有力な騎士なら王に謁見し、直接褒美を頂けるかもしれない。
そんな希望の的に、シャルロットはされていた。
「いや……いやぁ!」
友人を殺され、育った家を失い、親代わりだったシスター達を殺された。
魔女と呼ばれ忌み嫌われて、そうして生きてきた人生になんの価値もなく。
そして魔女と呼ばれて嫌われていたのに、こんな土壇場になっても何もできない無力なまま、産まれた意味も、魔女と呼ばれた虐げられた意味もないまま死んでしまう。
「ねぇ、助けてよ……いるんでしょ……いるんでしょ!!」
その声は誰にも届かない。
ぺたんと地面に座って絶望する少女をニヤケ面で兵士達は見下す、最後に少し楽しもうかと彼らはそんな下劣な談笑する。
いや、魔女と交わるなんて血が汚れる、身体が汚れる、だから絶対にしてはいけない。
なんだ最後の楽しみもないのかと、彼らは溜息を吐きながら相談しあった結果選ばれた、一人の兵士が剣を天に掲げる。
「ねぇ……どうして」
あぁ、満月が綺麗だ。
ついにシャルロットの背中側まで広がった炎が熱い。
どこかで切った傷が痛い、身体を巡る何かが痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛みに痛みが積み重なって、もう痛みの感覚さえ正常に感じられなくなっていく。
最後の最後までずっと、シャルロットを満たす感情は、絶望でも恐怖でも憎しみでもなく、痛みが、苦痛が、ただそれだけがシャルロットを満たす感情だった。
「あぁ……どうしてわたしは……産まれてきたの……なんの……為にッ」
どうして痛いばかりの人生なのと、小さな声を漏らす。
その次の瞬間、満月で輝く剣が少女のか細い首をストンと、なんの障害もなくあっさり斬り落とす。
ぽとん落ちたその首を誰がが蹴り飛ばす。
身体はその場に残され足蹴にされ、笑われる。
しかし心臓はドクン、ドクン、ドクン、とまだ脈打つ。
確かにこのシャルロットは殺された、首は落ち確かに死んだ。
だがシャルロットの中にはもう一人、産まれ持って存在していたもう一人の少女がいた。
心臓は絶えず脈を打ち、シャルロットは「もう痛いのは嫌だ」と「もう苦しいのは嫌だ」と、心に十六年間ずっと住み続けた少女に訴える。
真っ黒な世界の中で、彼女に泣きつき、そして縋り、その心臓が脈打つ身体を、譲り渡す。
半ば無理矢理引き渡す、彼女は暗闇の世界の中でため息をついて、渋々それを受け入れる。
というよりも、気付いた時にはもう入れ替わっていた。
「なんだ……コイツ、動いてねぇか?」
「俺ら殺したよな?」
「あぁ、だってほら首が……」
「もう、どっか蹴っちまったよ」
「じゃあ、なんで……?」
頭のない胴体は独りでに動き出す。
ゆっくりと折れた腕を元通りにし、それで地面を強く押し立ち上がろうとする。
「この! 気持ちわりぃ!」
その身体をもう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、男達は何度も少女の身体を囲んで血のついた剣で刺して死体をズタズタにする。
「死ね!」
そんな暴言を口々にしながら。
斬り刻まれた胴体はまたパタリと草の生い茂る地面に倒れる。
しかしまた、身体は動き出す。
刺しても、刺しても、刺しても、刺しても、刺しても、刺しても、刺しても、刺しても、刺しても、刺しても、刺しても、刺しても。
何度だしても、しばらくすれば動き出すその身体を気味悪く思い、彼らは剣で刺すことをやめ、少し距離を取る。
斬り刻まれて小さくなった身体の破片は、また一つになる。
ぽろりと落ちた頭もまたぐちょぐちょと音を立てながら血管の一つ一つ、骨を一つ一つを再生し、シャルロットとは違う形を作り出す。
空っぽになっていた体に、一つ明確な意思を持つ魂が再び宿る。
髪はどうしてか生前よりは長く垂れ右目を隠して地面につく。
魔女と言われ嫌われる黒い色は、蘇った少女のモノ。
濃い赤色のキラリと光る瞳、これは死んだシャルロットのモノ。
そしてその瞳がなす形は、先ほど殺されたシャルロットとは全くの別人の冷たい瞳。
達観しきって、というよりも諦めきって、空っぽになった凛とした大人びた目だ。
「あぁ……月が綺麗」
――――そうして、彼女は生まれ変わる。
夜に良く似合う冷たく凛とした、あまり感情が感じられない声。
それが、燃えさかる孤児院の中にひらりひらりと、花弁が散る様に落ちていく。
手をグーやパーの形に何度もして、ちゃんと動くのかを確認すると同時に、シャルロットが何度も泣きついてきた、身体中を流れる痛みを初めて実際に体験する。
「痛いな……」
兵士たちは勢いのまま、再び少女に剣を向け心臓を一突き。
刺された場所からは、当然赤い血が流れる。
「なんだこいつ……」
「魔女だ……本物の」
身体が一瞬言うことを聞かず、右手が勝手に前に出る。
だらんと垂れた手の平の先には、彼らがおり、瞬きをしたその次の瞬間には。
「魔女だッ……」
少女の手から放たれた、炎によって彼らは見るも無残な丸焦げの焼死体に変る・
目の前には耐え難い光景が広がり、そに拒絶反応を示す声が少女の中で騒ぎ続ける。
十六年の眠りを経て、無意味な第二の人生を渋々受け入れ、彼女はゆっくりと歩き出す。
有栖川ミカという一人の少女の人生は、歪に再び始まった。
それも、シャルロット・ミカヱルという少女の身体を借り、改変するという形で、この世界にミカは生を享けた。
次の更新予定
かつて魔女と呼ばれた復讐者たち。 夜乃月(ヨルノツキ) @yorunotuk
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