第35話【黒狐】
「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
たったその一言で、銃弾は容易く放たれる。
一人、また一人と銃を撃ち、たった一発の弾がなくなった銃はバラバラになって地面に落ちる。
数十人いるメイドたちの銃口は確かに皆、ミカの方を向いていた。
だが、なんの訓練も積んでいないメイドたちがいきなり銃を、それも一風変わった銃をなんなく扱えるわけなどなく。
数十人いるメイドが放った銃弾の半分は確かにミカの身体のどこかに当たる。
しかしもう半分はミカの前後を包囲していた他の人に当たり――――――。
「うわぁあぁぁぁぁぁぁぁおぁあ!」
「いやだ。いやだあぁぁぁぁ!」
「なんでわたっ、わたわわたわたわたわたああぁあぁぁっぁぁあああ!」
味方すらも弾け飛ばし、ただの肉片に変え血の雨を降らす。
勿論、先頭で指揮者をしていた男も例外ではなく、彼もまた綺麗にはじけ飛んだ。
「これが……
「やはり彼らが、この国を変える唯一の…………」
目の前で同じ目的をもって協力しあった味方が死んでいるというのに、彼らはその銃の威力が本物だと知り歓喜する。
味方の死など今更どうでもいいのだろう、この国を変えてくれるかもしれないと縋った六大英雄の力が本物だと知れたことこそが、彼らにとっては重要なことだった。
「ぁぁ…………死なないけどふつーに痛いんだよ。これ」
綺麗に肉片にしたはずだ。
確かに血は舞った、そして目の前でミカは死んだ。
強大な力によって。
「は?」
だったはずなのに、しかしミカは蘇る。
「痛みも軽減されないかな。そういうのがほしい」
見事にバラバラになって崩壊したミカの身体は再生成され、まだ暗い夜の世界の中に堂々と綺麗な姿で立っていた。
「どうして死なない……」
「クソッ!」
「化け物メッ!」
メイド以外にもその銃を持っていた人々が次々に銃弾をミカの身体へと打ち込もうと銃を構える。
そんな立ち姿を見て、ミカは身体中を巡る魂のおどろおどろしいうめき声聞きながら、まっすぐ腕を、そして指伸ばし、またアザミの茎葉を伸ばし目の前にいる人を数十人勢いのままに突き刺すと、ぴたりと一度茎葉を伸ばすのをやめる。
すると、綺麗なアザミの花が開花する。
そして今度は勢いよく腕を後ろに引き、アザミの花をミカの体内へ納めるとそれだけで数十人の身体にぽっかりと穴が開き、そこから大量の血をダラダラと流す。
「ふざけるのも大概にしろよ!」
そう言って彼らは一斉にミカの身体に現実離れした銃弾を撃ち込んでいく。
ある者はミカの身体を燃やし灰に変え、ある者はまたミカの身体をはじけとばす。
ある者はミカの身体に鋭い切り傷の様なものをつけ、その後ミカの身体を二つに切断する。
ある者はミカの身体に強力な落雷を浴びせ、ある者はミカの全身をあらぬ方向に捻じ曲げ引きちぎる。
その際生じた痛みをミカはもちろん感じるし、シャルロットにだって共有される。
一度それをくらうごとに、シャルロットは甲高い悲鳴を上げて痛がり、恐怖し、泣き喚き、もうやめてと何度も何度も何度も何度も訴える。
それでも銃弾の雨が止むことはなく、ひたすらにミカは殺される、殺され続ける。
少しは抵抗しようと、立ったまま目の前にいる相手に対し、炎を放ったり、花を咲かせたり、小さな雷を落としたりしてみる。
しかしそれでもミカが相手を殺し数を減らすよりも、ミカが殺される回数の方が圧倒的に多かった。
そしてミカは何度も血を吐き、宮殿の壁や床、天井は赤く赤く染まりだす。
「いやだ……痛い……痛いよ……やめて……やめて……」
シャルロットは大粒の涙を流し泣く、言葉をこぼす、そんなシャルロットを心の中に潜ませながら、ミカはひたすらに耐え凌ぐ。
しかし一切悲鳴をあげないというのは不可能で、小さな声は漏れ出てしまう。
それでも死なない、痛い苦しいが続くだけ、シャルロットの身体は、そこに宿るミカは何度もそこへ帰ってくる。
「クソ! なんでこいつ死なない!」
「私たちが知ってる魔女じゃない!」
「あぁ、俺がたちが助けようとしていた魔女は、こんなんじゃ……」
「こんな化け物じゃなかったはずだ…………」
結局彼らにとっての魔女とは生活に害がない、むしろ益をもたらす良い魔女のことで、そしてそれはこんな何度死んでも生き返る化け物のことではなかった。
彼らが助けたかったのは、自分たちが見聞きした可哀そうな魔女、哀れな魔女。
自分たちよりも下に見える、虐げられている者のことで、その輪から外れてしまったミカのことを魔女と認める訳もなかった。
「こんなの魔女じゃない」
間髪入れずにミカの身体に打ち込まれ続けた銃弾の雨も、だんだんと止み始める。
一人一発の限定品だ、数百人いたって限度はあるし、ミカに出会う前に使った奴だって大勢いる。
ミカはこの銃弾のほぼ全てを自身の身体を酷使することで耐え凌ぎ、やり過ごす。
もしここでミカが派手に動き回って走り回って、銃弾の一発や二発、それが宮殿の壁にでも当たったらこの宮殿が崩壊していただろう。
絶対に死なないであろう自分と、一度壊れれば二度と元には戻らないソフィアの大切な宮殿を天秤にかけた時、自分の自身の価値が下がるのは必然だ。
それでも、宮殿の壁に一発も当たらず、ミカかミカの後ろにいるメイドに当たるかは、完全に運次第。
そして大抵、運というのは良い方向には向いてくれない。
扉一枚隔てた向こうで、ミカさんが苦しんでいる、痛がっている。
そんな声が聞こえてもわたくしには何もできない。
今ここで出て行ってもなんの役にも立てない、そんな無力な自分が嫌になる。
ソフィアは自決用にと渡されたナイフを近くに置いて、唾を飲む。
戦えるだろうか、ミカに任せっきりでいいのだろうかと、小さな声を聞いて葛藤する。
自分だけが何も苦しんでいないと、人に押し付けてばかりだと葛藤を重ねる。
「…………え」
しかし、そんな葛藤はあっさりと崩れ去る。
目の前にある白い壁がぽろぽろと白い砂の様なものを吐き始め、ガタガタと揺れ出す。
壁は縦と横の切込みが入り、それはどこまでも広がっていく。
そして、目の前にあった壁は――――――。
一つの弾丸が、ミカの身体を逸れてどこかへ飛んでいく。
それは丁度、ソフィアがいる部屋の壁へと向かっており、それを止める術はミカにはない。
弾丸がミカの身体から逸れたことに気づいた男達やメイドは、なぜ一番手っ取り早いその方法に気付かなかったのかと、ミカの身体に銃を向けるのをやめ、一斉に壁を撃ち始める。
ほんの少し早く動いて、銃弾を受ける盾となろうか。
そんなことを考えても、全ては後の祭り。
銃弾が壁に当たると、白い壁は崩壊を始める。
銃弾が当たった場所を中心として、そこから広がる様にヒビが刻まれた壁はゆっくりと崩壊をはじめ、壁全体にヒビが広がると。
とてつもない轟音と土煙を上げて、壁は崩壊する。
ミカは崩壊を始めた壁に勢いよく飛びこんでいく。
身体を流れる魂を無理矢理引き出し、自分自身の力に変える。
最初に身体全体を強固に、崩れる壁の破片が当たってもなるべく傷がつかない様にする。
崩壊した壁の破片の一部はソフィアの方へと向かっていた。
ヒビは天井にも広がり、すぐに天井も崩壊をはじめる。
先ほどまでミカと戦っていた暴徒やメイド達も、なるべく銃弾を壁や天井に打ち込み、急いでその場から逃げ出す。
手を伸ばしても届かない様な高い天井が、ソフィアの方へと迫ってくる。
そして、今にも押しつぶされてしまいそうな中。
「ソフィア様!」
声を聞いてソフィアは咄嗟に手を伸ばす。
ミカは扉のすぐ側にいたソフィアをすぐに見つけ、伸ばされた手を掴む。
そして勢いのままソフィアを勢いのまま押し倒すと、落ちてくる天井を耐え凌ぐ為に、また身体中を巡る魂を無理矢理引き出す。
「カァ…………アッゥ」
返り血で汚れた仮面はミカの集中力が別の事にまわったせいか、消えてなくなる。
そしてミカは身体の中からあふれ出した血を口から吐き、それがソフィアの顔を汚してしまうことも気にしないまま、二の腕の辺りから、またアザミの茎葉を出し、それが自由自在に伸びちじみさせて、落ちてくる天井の瓦礫を粉砕する。
同時に、アザミの茎を貫通しながら肩の辺りから大きな黒いカラスの羽の様なものが生え、ソレでソフィアの身を包む様に覆い隠す。
ミカは自分の身体全体を使ってソフィアの盾となる。
「ミカさん…………」
「ソフィア様が私よりも小さくてよかった。おかげでこうして守れます」
この全てが、刹那の事だった。
宮殿の一部は瞬く間に崩壊する。
その間、ミカはずっと自分自身の身体を盾にして、黒い羽でソフィアを包み隠し守りながら、自身の身体から生えたアザミの茎葉で落ちてくる天井だったモノを凌ぎきる。
ミカはそれを維持する為に、身体を酷使し何度も血を吐いてしまう。
それがソフィアの顔や洋服を汚してしまっても、ソフィアはそれを一切責めることなく、受け入れる。
むしろここまでさせてしまうことに、申し訳なささえ覚える。
魔女、という言葉の意味をようやく知る。
ミカさんが度々そう言われていることはわたくしも知っていたし、ドア越しにミカさんと誰かの会話を聞いていても、ミカさんはやはり魔女と呼ばれていた。
その呼ばれ方が蔑称であることくらいはなんとなく理解できても、それ以上の意味なんて何も分からない。
けれど、今わたくしはは知った。
見たことのない力だ、身体からこんな羽を生やしたり、花を咲かせたりできる人間なんて見たことない。
昔本で読んだ魔女とは少し違うかもしれないけれど、こういう魔女もいるのかもしれないと、納得はできる。
怖いかと聞かれたら、きっと正直にわたくしはは怖いと答えてしまう。
でも、それと同時にこの力を持っているのがミカさんでよかったと、そうも思う。
だってミカさんは優しいから、だってミカさんは、誰かの為にこんなに頑張れる優しい人なんだから、絶対にこの力を悪いことに使わない。
そう、信じられる。
だから安心して、こうしていられる。
次第に瓦礫の雨は止み、ぽっかりと天井と壁が空く。
綺麗な三日月が空には浮かぶ、余計な明かりがないおかげで星空も綺麗に見える。
腕から生えた生えた茎葉を消して、翼も消滅する。
身体からは一気に力が抜け、そのままソフィアに覆いかぶさってべったりと身体がくっつくが、すぐに身体を起こし、ソフィアを背中に隠し片膝をついて座って、両手を広げて周りを見る。
「……驚いた。まだ生きているのか」
「知ってるでしょ。私が死なないことくらい」
「あぁ、何度も見たからな」
すぐに男達とメイドは帰ってきて、ミカとソフィアのほうをじっと見下す。
どうやら銃は全て使い切った様で、彼らはそれぞれ武器を持つ。
剣であったり斧であったり、あるいは素手であったりと。
彼らとミカが戦って、ミカが負けることはおそらくない。
が、こうしてソフィアの身が晒された状態で、ソフィアを守りながら戦うのは難しい。
相手はまだ大勢いる。
それこそすぐに数えられないくらいには、こんな相手をどうしのげばいいのか、ミカにはなんの策もない。
唯一できることは、ただ己を軽んじ力で圧倒することのみだった。
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