第22話【同じ怒り】
ミカはフードを深く被り顔を見せないようにしながらツルツルとした石の冷たい階段に座り、彼らが口々に話す言葉を盗み聞く。
エクラは自分自身から誰かに話しかけに行くなど活発に行動し、情報の交換を行っている様だった。
「しかしいいのか? いくら知り合いとはいえあの女、魔女なのだろう? 信用できるのか?」
「魔女を取り込むことで、わたし達が真に平和や平等を実現する為の集団であると強調できます!」
「……だとしても、あの女。全く私たちの話を聞いている様子がないが」
「最初は話を聞いてもらってわたしたちのこをを分かってもらえればいいです。絶対に気持ちは同じはずですから」
エクラと話終わりしばらくすると、エクラと話していたリーダー各らしき濃い髭を生やした男が大声を上げる。
「皆良く聞け!」
その男がテーブルの真ん中辺りに立つと、てんでバラバラになって話していた人達が机の周りを囲む。
ミカは立ち上がろうとはせず、冷たい石の階段に座ったまま、なんとなく手の爪を眺めねがら適当に話を聞く。
「我々は魔女と人間の共存する国を、そして何者も虐げられることがなく、生きていける国を目指さなければいけない! それを邪魔する王族をなんとしてでもこの世界から排除しなければならない!」
髭の生えた男は声を張り上げ、その声に合わせる様に拳を上げる。
「魔女だと言われ、虐げられ、いったいどれだけの人々が死んだか! 王族はそれを見過ごし、メイドの話によればお姫様は呑気にこの国を理想郷にすると未だに語っているそうじゃないか!」
感受性豊かな少女はその言葉を聞くだけで、身体から力が抜け泣き出してしまう。
その子を慰める様に何人かの少女が泣き出した子の背中をさする。
「今日は新しい子もいることだ……」
男はそう言うと、ミカの方を見て優しく微笑む。
そんな目が少し気持ち悪く、無気味に思い、ミカはすぐに目を反らす。
「まずは皆で、傷を分け合おうじゃないか! お互いの痛みを知ろうじゃないか!」
テーブルを囲むように円になっていた彼らは手を繋ぎ、まるます強固な円を作り、全員が目を瞑る。
「君は……いいのかい?」
すると、男はミカにとても優しい声で語り掛ける。
「……私はいいです。ついてきただけなので」
しかしミカはぶっきらぼうにそう答え、提案を断る。
「そうかい。君はまだ知らないんだね、まだ怖いんだね……大丈夫、ゆっくりでいいから。すぐにわかるさ、この国がいかに人を傷つけ、殺めているか……ゆっくりでいい、ゆっくり知っていけばいい」
「……そうですか」
「うん。ゆっくりでいいからね」
不気味なほどに優しく温かく男がそう言うと、にっこりを笑い目を瞑る。
「では、はじめに語りたい者はいるか」
男の言葉に答える様に、一人の少女がゆっくりと言葉をこぼす。
「わたしは……妹を亡くしました。魔女と言われ、ひどい拷問をうけて殺されました…………妹は、産まれた時から指先から水がでる奇病を患っていました」
ゆっくりと語りだした少女の言葉に、手を繋いだ彼らは小さく頷き、中には鼻をすすって涙を流し始める者までいた。
「それは、わたしたちの生活を豊かにしました……とても飲み水が手に入る様な場所ではなく、妹の奇病は大変重宝するもので、それは奇病などではない神が我々に与えてくれたお恵みのはずだった……なのに、妹は村にやってきた兵士共の手で殺されました。なんの裁判もなく、独断で連れ去り、拷問にかけました。次に妹を見た時には血を吐いて、身体がありえない方向に曲がって死んでいました…………あの子はそんな殺され方をするような子じゃなかった……あの子は! そんな殺されかたをするような子じゃなかったのに! なのにあいつは! あいつらは!」
熱を帯びた語りを止めるものはおらず、その話を聞いて大勢の人が声を上げて泣き出してしまう。
そして苦しい記憶を語り終わり、息を落ち着かせると少女は結論に入る。
全て国王が悪いのだと、戦争という手段で自国を大きくし、協調という概念をかなぐり捨て、噂話や思い込みで人を殺すことを良しとする。
そんな国のままでいい、それこそが平和なのだと、バカなこを言って呑気に生きてきた、歴代国王たちのツケをはらわせる時が今来たのだと、そんな結論を熱烈に語る。
「あぁ、そうだ……我々が終らせなければいけない! この悲しみを悲劇を! 絶対に終わらせなければいけないのだ!」
リーダー各の男がそう叫ぶと、皆が頷き。
また涙を流し始め、辛かったね、苦しかったねと、慰めの言葉を口々に言いあう。
「…………俺は」
そしてまた誰かが語り始める。
皆が語り始める苦しい記憶といのは、得てして皆魔女と断定され殺された両親や兄弟姉妹の話のことで、自分自身がされた苦しい記憶を語る者はほとんどいなかった。
そして話の結論はいつも、王族への怨み、この国への怨み、そして自分たちがこれから作り出す未来への展望だった。
どろどろとした気持ち悪い空気、じめじめとした気持ち悪い空気。
陰鬱で、怒りに満ち溢れた、彼らの思いがこの狭い地下空間に充満しミカを毒する。
そんな地下空間の中で一人五分から十分程度、苦しく辛い記憶を話し、それが終わると皆でその人を慰めあう。
そんな時間がひたすら続くが、正直ここにずっといたいとミカは思えなかった。
しかし話の本題というのは、その慰めあいのことだけではなく、話し合いの先にあった。
「さぁ! 復讐の時間だ!」
一通り話が終ると、リーダー各の男がそう叫ぶ。
「実は、隣国のヴェズーリ帝国に六人の英雄が現れたという。彼らの力を借り、我々は王国に復讐を成すべきだと考えている! あのヴェズーリ帝国では魔女も人の様に扱われ、拷問されることもなく生きているという! あの国こそが我々の望む理想郷なのだ!」
彼らの中に魔女の当事者はいない様だった。
あくまでも被害者、家族を殺された、あるいは恋人や妻を殺された様な人たちの集まりだった。
そして彼らは復讐を誓う、隣国のヴェズーリとやらを見習って魔女と、そして魔女以外の様々な迫害されている者と共存していこうと、そう声を荒げる。
そして彼女らが良く名前を挙げる魔女というのは、手から水を出したり、火をおこせたり、風の力を使って薪を割るのが早くなったり、あるいは魔女などではなく、ただ突出した才能のある人が魔女だと言われて殺されている様な事例も存在した。
彼らが名前を出す魔女の実情というのは、生活に害はなく、むしろ益をもたらす者。
人々を苦しめ殺めるのではなく、繁栄をもたらすような存在で、尚且つ交流のあった者達。
そんな彼女らが殺されたことに強く怒りを覚えている様だった。
それじゃあ私はどうなるのだろうと、ふとミカは思う。
ミカに宿る力といえば、集落を燃やしたり、武器をどこかから産み出したりと、生活を豊かにするものではなく、人を殺す力だ。
そんな私を彼らは自分たちの望む魔女だと認めるのだろうか、認め強調し、ともに歩むと誓うのだろうか・
そして彼らは平等と平和、そして愛や正義を
我々は平等を実現しなければならない、平等な徴収、平等な教育、平等な生活、国王と国民、さらにその中でも貧民と呼ばれる様な、そんな人々が存在しない平等な世界を実現しなければならない。
我々は平和を実現しなければならない、魔女と断定され断罪されることも、町中に死体が転がることも、無実の罪で拷問され処刑されることのない様なそんな平和な世界を実現しなければならない。
我々は愛を実現しなければならない、国王が持ち合わせておらず、王妃が持ち合わせておらず、その子供たちも持ち合わせていない、広めようともしない愛を広め伝えていかなければならない。
その為に我々は正義を成さねばならない、武器を取り、火をくべて、王族や貴族の首を取らなければいけない。
王族を全て、虐げるもの全てを根絶やしにしなければならない。
その為に、魔女さえも取り込んで、他国も取り込んで、革命を起こさなければならない。
と、彼らは奴隷解放以外のこの国に降り積もる、山積みの不幸を変えようとしていた。
「どう? 協力してくれる?」
集会が終ると、冷たい石の階段に座るミカのところまでエクラは来て、隣にゆっくりと座る。
「協力もなにも、具体的な話がないのに何も言えませんよ」
「具体的な話? それならしたと思うけど。わたしたちはこの王国に怨みがある、だから力を合わせて戦う、隣国の英雄の力を借りて、ねっ?」
「いや、結構抽象的だった……と、思いますけど。そもそも隣国の英雄がいったいどんな人たちなのかもわかりませんし」
「それは…………わたし達も分からないけど。でもあの国はここよりきっとマシなところだよ、伝わる話が全部ほんとなら……もし、ほんとじゃなくたって、ここよりは絶対にマシ」
「なにを根拠に…………まぁ、いいですけど」
言いかけた言葉をぐっと飲んでミカは溜息を吐く。
そしてスッと立ち上がると。
「今日は帰ります。ちょっと頭がぐちゃぐちゃで、整理したいので」
そしてエクラに背を向け階段を上り始めたミカに、エクラは優しく語り掛ける。
「大丈夫、きっとミカもすぐにわかるから」
ミカが振り返ると、エクラは不気味なほどに満面の笑みでミカを見つめていた。
「その痛みは、苦しみは、貴方だけじゃない……」
その言葉はミカの心に深く突き刺さる。
一人だけじゃないという優しい言葉、痛みや苦しみを分け合おうとするその優しさはミカの魂に深く深く刺さり。
「貴方一人で抱えなくていいの、もう」
その言葉はミカの魂を揺さぶって、そしてミカの中でフツフツと怒りを作り出す。
ギュッと内に秘めたフツフツとした怒りは、忘れもしないある一つの記憶をまたミカに想起させる。
その怒りや記憶は、小さく縮こまって怯え続けていたシャルロットのところまで届き、シャルロットを怯えさせる。
そしてまたシャルロットを悩ませる。
「みんなで、乗り越えていくの。そうやって、そうして、わたしたちはこの国を変えるの」
シャルロットの元まで届いたその記憶は、ミカが初めて向き合った死の数々。
痛みと、苦しみと、恐怖と、絶望と、怒り、そして芽生えたミカが縋り続けた復讐心。
それは、誰のものでもない有栖川ミカのものだ。
誰とも分かち合えない、誰とも分かり合えない、誰にも譲れない、誰も分からなくていい、誰も知らなくていい、それは全部、全部、有栖川ミカのものだ。
―――――全部、私のものだ。
ミカの震える体、そして力強い握りこぶしをみて、エクラは優しく微笑む。
あぁ、よかったこの子にも怒りの心があったんだと、復讐心があったんだと。
ソフィアや王国に対する怒りがあったんだと安堵する。
そして笑い、語り掛ける。
「一緒に乗り越えていこう。わたしたちなら、きっと大丈夫……同じ痛みを知っているわたしたちならきっと、この世界を変えていける」
ミカは今まで一番嬉しそうなエクラの笑顔や言葉に応えることはなく、急ぎ足で階段を駆け上がる。
そして、入ってきた裏口へとまた駆け寄り、すぐにドアを開けてその場を去る。
身体をまっすぐにすることすら難しく、まともに立って歩く事はほぼ不可能な状態だった。
壁伝いにふらふらと歩きながら宿舎を目指そうとするが身体がどうしてもいうことを聞かない。
しかたなく適当な路地で建物に背をつけ縋り、地べたにぺたんと座り、荒い息を必死に整える。
もう、声を上げることはなくなった、
もう、泣き出すこともしなくなった。
もう、怒ることさえないと思っていた。
だってそれは、成せなかった復讐だから。
だってそれは、果たせなかった復讐だから。
けれど思い出しただけでこうやって、怒りに支配される。
思い出しただけで、正気じゃいられなくなる。
怒りの抑え方はいつも小さな自傷行為だった。
他人を傷つけてしまわないように、傷つけたい奴だけ傷つけられる様に、その日が来るまで私が耐えられる様に、自分自身に対し小さな自傷行為を積み重ね、傷をつけ。そうしてミカは耐え凌ぎ続けていた。
だから今日も、ミカは同じことをする。
右腕を肘の辺りを噛んで、怒りを抑える。
深く傷がつかない程度の噛み方なら知っている、誰に見られてもちょっと切ったとそう言ってごまかせる程度の傷のつけかたなら知っている。
「あぁ、でも……今はいいんだ」
どんな傷をつけたって簡単に治ってしまう。
今なら深く噛んでも少し痛いだけで済むだろうから。
だから今はもう少しこうしてこの怒りを鎮めようと、ミカはすこし深く腕を噛んで。
「帰ろう」
また選択を決断を、保留した。
自分自身の感情をなるべく排除し、これはあくまでシャルロットの人生だと、傷がみるみる内に治り噛み痕の残らない腕を見て、シャルロットの人生であることを何度も自分自身に言い聞かせる。
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