≪ 秘密会議 ≫

第21話【秘めた怒り】


「あの子ウザいでしょ?」


 同室のエクラがそんな一言を発した夜が訪れたのは、ミカがソフィアのメイドとして暮らし数週間経った時のことだった。


「夢とか未来とか、わたしがなんとかしなきゃーみたいな、ああいうの。聞いてられないよ」


 二人はベッドに寝転んで、眩い月明りに照らされる。

夜の空気はとても冷たく少し寒い、薄い布一枚じゃその寒さを耐え凌げそうにない。


「子供らしくていいじゃないですか。子供が夢をみれない世の中なんて最悪ですから、ああやって夢を見れるのはいいことですよ」

「あれがただの子供なら……ね。でも身分は一国のお姫様、何も知らないお姫様だよ?」

「本で見たお話と似たようなことがしたんでしょうね。きっと」

「あぁ、あれね……わたしも少し聞いたわ。黒い髪の少女なんて、現れたらそっこー処刑されると思ったのに、今じゃわたしの同室よ」


 エクラは勢いよく起き上がつて、壁に縋ってミカの方を見る。


「ねぇ、一つ聞きたいんだけど」


そう言われて、ミカもゆっくくり起き上がりエクラの方を見る。


「貴方ってほんとうに魔女なの?」


エクラは珍しく鋭い目でミカを見る。

顔と言葉に冗談は一切なく、真剣そのものだった。


「……そう言われるだけのことはできるんだと思います」


 ミカは自分の手と、心臓の辺りを見る。

そしてあの日のことを思い出す。

一つは孤児院が襲撃された後、一度殺されたのに生き返ったこと。

もう一つは集落を焼き払い、そこにいた盗賊を皆殺しにしたこと。

それがミカが、というよりもシャルロットが魔女であるなによりの証拠だった。


「髪色だけじゃないってこと?」

「分かりませんよ。私は生まれて間もない赤子の様なものなんです。知ってることもありますが、知らないことが大半で、どうしていいか分からないことが全てです」

「じゃあ、ソフィアのことはどう思ってるの?」

「なんですか? そんな真剣な顔で、恋のお話ですか?」

「ねぇ、真剣な話って分かってるよね?」

「分かってますよ、そんなことくらい」


 どう思ってるか、なんて言われてもミカは何も答えられない。

分からないし、知らない、ただここにいるのはそれが一番生きていやすいから、いつかシャルロットにこの身体と人生を返す時に、何不自由ない暮らしが保障さているから、ただそれだけだ。


「……ハッキリ言ってわたしはソフィアが嫌い。何も知らないのに、何も出来ないのに、国をよくしたいだとか、みんなを幸せにしたいとか、夢ばっかりうるさいくらいずっとずっと……現実を見ずに、どんなことになってるかも知らずに……あの子は……」


エクラはそう言うと背中を丸くして、髪に指を絡めて頭をかく。


「分かってる。あの子が悪いわけじゃない、こんなの八つ当たりだって……でもね、こうでもしないと、やってられないの。こんな毎日」


エクラはため込んでいた怒りがあふれ出し、抑えきれず、明かにイライラしているようだった。


「…………ごめん。あたるつもりはなかった」


 きっと何かがあった、そう思ってもミカは何もきかない。

それは有栖川ミカの身に何があったのかを、誰かに聞かれても答えるつもりはないのだから、人にきくことはできないだろうと、勝手に一線を引いた。


「わたし、お母さんとお父さんがもういないの」


しかし、一人で抱えきれずこぼしてしまった言葉に関しては、一線など関係なく、うっかり聞いてしまうこともある。


「お母さんはわたしを産んだあと……病気で死んだ。お父さんは三度目の戦争で死んで、わたしはお兄ちゃんと離れ離れになって、孤児院に送られた。でも、その孤児院に魔女がいったって言いがかりで、大勢の子供たちが殺された……わたしはその前日に孤児院を出て、ここに向かってる最中だった。孤児院を襲っていたのは、国王や貴族お抱えの騎士や兵士たち……国の旗を掲げて、人殺しを……魔女だって言いがかりで殺される。もし、殺されなかったとしても拷問されて殺される。無理難題だよ、海に投げられて、水に沈めば魔女、沈まなくても魔女だって、そんなこと言われるんだからさ」


 魔女はどのみち死ぬ運命にある。

騎士や兵士に家や村を襲撃され殺されるか。

疑いのかけられたものだけが捕まり、無理難題を課されて処刑される。

文字が読めれば魔女だし、読めなくても魔女、用意された汚水が飲めれば魔女だし、飲めなければ魔女、そんな無理難題を課せられせる。

その大半は噂ではなく、町中で行われ、大衆の目に触れる。

町中を歩いているとぐちゃぐちゃになった死体をよく見かける。

それが拷問や処刑によるものなのか、野犬などの動物に食い荒らされたものなのかは区別がつかない。


「貴方、王都を歩いたことはあるの?」

「まだないです。馬車の窓から見たくらいですね」

「それでも感じない? 血の臭いがしない、綺麗すぎる、って」

「ええ、まぁ。違和感はありましたけど」

「歩いてみればもっとわかるよ、気持ち悪い街だって……花の楽園、そんな名前がつけられた、王都……ほんとうに気持ち悪いよ」


 王都はではそういう他の町や一部貴族領で見られるような死体の山を見ることはできない。

そういった汚らしいものを一切排除し、ある程度の一般市民を受け入れながらも、大半を貴族の別荘や学舎などが占めている。


「そんなところで呑気に暮らして、知った気になって」

「ひどい世界があると、それをこれから知っていくのはダメなんですか」

「どーせ現実を見たら吐いて泣いて縋って、終わりよ。理想しか掲げないんだから、王族なんて」

「ボロクソだね」

「恨みだけで生きてるようなものだから、わたし」


 窓から差しこむ月明りを眺めながら、エクラは少し考える。

今まで言えなかった感情をおもいっきり吐き出したせいで、少し疲れてベッドに倒れこむ。


 大半のメイドがこんな思いだという。

母親をなんらかの病気や魔女疑いなどで失い、父親や夫を戦争で亡くしている。

そして、兄弟姉妹がいる人はそのほとんどが魔女の疑いで拷問の後、殺されている。

中には、拷問され、かろうじて生き延びメイドになった者もいるという。

ここにいるメイドたちの大半は偶然が重なり合って生まれた奇跡の結晶。

中にはなんのしがらみもなく、順調にメイドになった孤児もいるが、そんなメイドは数えるほどしかいない。


 そんな彼女たちがソフィアの話を聞くと、心底腹が立つという。

現実を知らないで、箱庭に籠って、本で見たものをそのまま叶えようと、夢ばかり語るその姿が本当に腹立たしくて大嫌いだと、メイドたちは皆語るらしい。


「そんな思いを抱えて、よく仕事ができますね」

「みんな自分の怨みと生活を天秤にかけて、怨みを選べるほど馬鹿じゃないから」


 エクラは立ち上がると、素足のままミカの側へよる。

そして手をまっすぐ伸ばし、人差し指をミカのおでこに当て少し力を込めて押す。


「ねぇ、魔女なら力を貸して。わたしたちに」


唐突にそう言って、エクラはミカの目をじっと見る。


「貴方に何があったのかは知らない……でも、この国に怨みがあるのは同じでしょう。同じ孤児院の産まれで、なにより貴方は魔女なんだから」

「……力を貸せって、私に何をしろと」

「一度でいい、貴方がすることなんて簡単な仕事だから」


エクラはミカのおでこから指を話すと、自分のベッドに座り直す。


「少し待って、すぐに結論は出せない」


 結論を先送りにする。

ソフィアのことも、エクラのことも、どちらも結論を先送りにする。

シャルロットに身体を返すだけなら、ここでおとなしくしておくのが正解なのだろうが、どうやら魔女としての私の生き方を見つけなくてはいけないらしい。


「なら……ついてきて」


 勝手に話を進め、エクラは立ち上がる。

ミカは惰性で立ち上がり、エクラの背中を追って歩く。

そしてミカはソフィアからもらったローブをかぶり、髪を隠す。

できれば適当な仮面でもつけて顔を隠したいところだが、それができないのでローブの帽子を深く被る。


 宿舎を出たエクラは森へと進み、ミカもその後ろを進んでいく。

森の中は複雑な道をしているため、簡単に進むことはできないが、エクラがなるべく歩きやすい道を選んでくれているおかげで、ミカが道中でドジをして転んでしまう様なことはなかった。

気が付けば城は、遠くの方にあった。


「私、あまり顔を知られたくないんだけど。ソフィア様の評判にも関わるから」

「まだそんなこと言ってるの?」

「そんなこと言うよ。こんな夜に連れ出されてる時点で、それに魔女の力を借りようとしているなんて、まともなことをしようとしてるとは思えない」

「……まぁ、いいよ。貴方もすぐにわかる、今日は名前を出さなくても、顔を見せなくても、別にいい……ただ見て、感じてくれたらいい。わたし達の想いを」


 深夜、森を警備している兵士の姿はあまり見当たらない。

いたとしても、しっかりと警備をしている様な様子はなく、適当な木々にもたれかかって談笑している。


 疑いなやが、今すぐにでも帰って眠りたいと思いながら、明日の仕事を考えてながら、ミカがエクラの後ろをついていくと気付けば深い森を抜けていた。


「ここは……」


そこは王都の街はずれ、あまり人のいない地域で道も綺麗に整備されていない中途半端な石畳や砂や土の道。


「城の裏? こんなところになにが」


 主に木で作られた様な建物からは、光が漏れ出ていない。

街灯もなければ、人の歩く足音も聞こえてこない、話声の一つも聞こえない。


 建物の裏をいくつも通り、角をいくつも曲がると、ある建物の裏でエクラは足を止める。

そこには丁度、その建物へ入る裏口の扉があった。


「入るよ」


 裏口には鍵がかかっておらず、扉は簡単に開いてしまう。

中からは人の声は聞こえないが、薄明りだけが漏れ出る。


 二人がそこへ入るとすぐに扉を閉める。

薄暗い建物の中は、酒場の様になっており、二人はバーカウンターの内側の様なところに出る。

向こうにはテーブルがいくつも並び、窓は閉め切られていた。


「あぁ、エクラか……ん? そっちの子は」

「期待の新人」

「そう。じゃ、また」


 ミカは一言も発することもなく、バーカウンターの向こう側でテーブルを拭いている女性に軽く会釈をして、エクラの後ろをついて歩く。


 物置らしき扉を開けると、そこになんの疑いもなくエクラは入っていく。

ミカは多少疑問に想いながらエクラを追ってついていくと、物置の先に地下へと続く、無機質な石で作られた固い階段があり、それを下ヘ下へと下りていくと、下の方からなにやら楽しそうな声が聞こえてくる。


「みんなお待たせ」


 土壁に囲まれて、明かりに照らされて、少年少女数十人、それと年配の男女数十人が一つのテーブルを囲んで談笑していた。


「エクラ、これは?」


ミカがエクラにそう耳打ちする。


「これはね。秘密会議だよ」


そう言うととエクラは自信ありげにミカにそう言って、一人ミカから離れて両手を広げて、ミカに紹介する。


「王家に制裁を下す、わたし達サンクションの秘密会議」


 そう言って、ミカを置いて先へ先へと進んでいく。

ミカの目に映るのは怨みつらみを抱えながらも目をキラキラとさせた、彼らの顔。

そして、部屋の転がる小さなナイフや壁に立て掛けられた剣。


「まずは、ソフィアを殺すための……ね」


なによりエクラが発した言葉がすべてだった。

王都にある酒場の地下で行われていたのは、ソフィアを殺すための秘密会議だった。


「復讐しようよ。ソフィアに、王族に、そして王国に! わたしたちの人生をめちゃくちゃにしても何も痛みを感じないあいつらを、今度は私たちがめちゃくちゃにしてやろうよ!」


 エクラは目を輝かせながらそう言って笑う。

彼女は嬉々として復讐を語り、そしてミカの手を引きそこへと誘う。

ここにいる全員が、心の奥底に怒りを秘めて、そして今ソフィアを殺そうと企んでいる。

そして、エクラはミカもその一員に相応しいと見込んだ様だった。

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