第16話【傷のない身体】


 ソフィアは小さな滝つぼの側にある大きな岩の上に座り、滝つぼや滝をぼーっと眺め始め、ミカのことはあまり見ない様にする。


「着替えはすぐに届くから、それは安心してくださいね」


 ミカが知らなかっただけで、というよりもシャルロットが暮していた孤児院にはそういった物を買うお金や、そういった物の寄付もなかっただけで、主に王族や貴族だけが着用できる物として、女性用の下着というものはある程度存在している様だった。


「ありがとうございます……返り血を浴びたり、埃っぽいところに閉じ込められたりして、いい加減水浴びをしたい気分でした」

「大変だったわね」

「ええ、ほんとうに…………大変でした」


 ベルトを緩め、ワンピースを脱ぐ。

その下には体のサイズにあまりあっていない白いタンクトップがあり、それも脱ぐ。

そしてミカは迷いなく、滝つぼの中へと足を踏み入れていく。


「どう気持ちいい?」

「冷たいですね……思った以上に」

「あんまり深くはないでしょう?」

「今のところは」

「少し奥にいくと深くなるわ。気を付けてね……あぁ、ちょっと待って」


 どうやらミカの着替えを持ってきたメイド達が来た様で、メイドからソフィアは着替えを受け取ると、感謝を示して、それを岩の上に置いてソフィアもそこに座り直す。

そしてまた滝つぼと、今度はミカをぼーっと眺めはじめる。


「ソフィア様はここに毎日?」

「時々よ。もっと簡単に水浴びできる場所があって、そこをよく使うわ。だからここは、わたくしの秘密の穴場」


 浅瀬から少し深いところまでミカは行くと、ミカは顔や髪、身体を全て水で浸して、すぐに顔を上げる。

すぐに頭を振って、水を飛ばす。

手で水をすくって顔を洗い、瞬きをしながら青空を眺める。


「お腹は空いているかしら?」

「多少は……というか、私が閉じ込められていた場所。ほんとうにひどかったんですよ? 知ってます?」

「知らない……けど、よくないことをされているんだろうなぁって、そう感じたから。だから、ごめんなさいの気持ちも込めて、わたくしは貴方に色々してあげたいと思っているだけよ」


 何も知らないことを、わたくしは知った。

あの日、目の前で詰まれたご遺体を見て、そこにいた貴方を見て。

きっと、わたくしは何も知らないんだろうなと、そう感じた。

だから、貴方を頼った。

なんでもよかったわけじゃないけれど、昔見たお話にいた黒騎士様みたいな貴方なら。

何かが変わりそうな、予感がした。


「……誰が貴方と話をしていたかは聞いたわ。ベエール という貴族よね? 貴方が望むならそれなりの罰を」

「そういうことじゃなくて、ただ私は別に責めたかった訳でも、誤ってほしい訳でも、何かしてほしい訳でもなくて、ただ、ひどかった。それだけの話です」


 ミカは自分自身の身体を見る。

するとどうやら、あの集落でつけられた傷は全て綺麗さっぱり消え去っていた。

まるで何事もなかったかのような、綺麗な体に戻っていた。


「改めて見ると不気味ですね……これは」


当たり前の話だが、当然生前にミカが身体につけた傷も何一つ残っていなかった。

あれはあれで一つの思い出で、なければないで寂しく思う。

とはいえ、こんな綺麗な自分の身体を見るのは珍しく、ミカはまじまじと自分の身体を見てしまう。


「そんなに自分の身体が不思議ですか?」

「えっ」

「あまりにもまじまじと見るものですから」

「あぁ、ごめん。ちょっと自分の身体の成長に驚いて」


ミカは自分の身体の確認を終えるとミカは少し深いところから浅瀬へと戻り、汚れが比較的少ない小さな岩を見つけてそこから上がる。


「はい、これ」


真っ白のタオルをミカへ差し出すと、ミカはそれを受け取り体についた水滴とぬぐう。


「体、綺麗ね。傷は…………ないわね。よかった」


ソフィアはまだ服を着ていないミカの脚を見て、お腹を見て、腕を優しくつかんでじぃーと眺める。


「何か傷つけられるようなひどいことは何もされていないのね」

「えぇ、そういったことは特に何も」

「体……綺麗ね、あの時ついた傷もほとんど治ったかしら?」

「えぇ、そうみたいです」

「色も白くて、羨ましいわ」

「あまり日に当たらず、ずっと籠って生活してましたから」

「にしたって……まぁ、いいわ。それと、わたくしがずーっと思っていることを一つ言うわ」

「なんですか?」

「背、高いわね。見上げなきゃ顔が見えないくらい」


 ソフィアは手を伸ばしてミカの頭をなでようとするが届かない。

背伸びをしてやっと、手が届くくらいだ。


「あーそうですね。年と性別の割には、高いと思います。というよりもソフィア様が小さいだけでは?」

「そんなことないもんっ」


 どうしてか、ミカは転生前と転生後であまり容姿が変わらない。

というよりも、シャルロットとミカでは容姿が全く違う。

この世界にミカが産まれた頃は、黒い髪という部分以外は全く知らない人間の容姿をしていた、そしてミカはシャルロットの一部でしかなかった。

だが孤児院が襲撃され、そこで一度シャルロットが死に、ミカに体が渡された後、顔や身体のパーツのほとんどが生前のミカと同じものになっていた。


 身長も急激に伸び、この世界にミカが来る前の最後の健康診断で測った身長と同じ、170センチくらいにまで伸びた。

まだどれくらいなのかという正確な数字は分からないけれど、少なくとも視点は生前となんら変わりない高さにあった。

髪が長いのは、おそらくシャルロット譲りだろう、彼女は髪が長かった。


 唯一、ミカとシャルロットを深く繋ぐのは濃く深い赤い瞳。

それだけがシャルロットが産まれもち、ミカに体を渡したあとも変わらなかった、シャルロットの身体の一部だった。


「カッコいいわよね。男の人にも女の人にもどちらにも見えて」


 今のこの身体の容姿は間違いなくミカだ。

けれど、この元々の持ち主は紛れもなくシャルロットだ。

少なくともミカはそう考えている。


「それ、可愛いを目指しているのにこうなった人に言ったら怒られますよ?」

「むぅーカッコいいって言っただから素直に受け止めてほしいわ」

「ちょっとめんどくさい性格してるのは自覚してます」

「お互いに至らないことだらけで、面白いわね」

「面白いですかね……それ」


 それよりも。

と、ミカはソフィアの肩に優しく手を置く。

するとソフィアは不思議そうな顔をする。


「それよりもソフィア様。そろそろ服を着たいです、私」


その言葉を聞いてソフィアは焦ってすぐに服を取りにこうと動き出す。


「あぁ、ごめんなさい! すぐに! すぐに用意するわね!」


 ソフィアは駆け足で大きな岩の側へ行くと、ミカも追いかける様に歩き出す。

ソフィアに渡されたのは先ほど確認した特別仕様のメイド服と、黒いタイツ。

それと、下着や靴下。

靴もあある。


「少し楽になりました」

「それはよかったわ!」


 そしてミカはボロ布からちゃんとした服に着替える。

服は、もちろんソフィアが選んだ特別仕様のメイド服。

素足をそのままにしておくのは趣味ではないので、タイツを履く。

最後に靴を履いて、頭にメイドらしい白いヘッドドレスをつけて、出来上がり。


「これ、腕がちょっとはずかしいです」


二の腕辺りだけがシースルーになっているせいで、肌が見える。

しかしそれ以外はごくごく普通のメイド服の様で、袖口辺りは広く、ワンピースの裾もそれなりに長い。


「可愛らしいですよ?」


 ソフィアが笑ながらそう言うと。


「……ありがとうございます」


と、ミカは素直にそう返すしかなかった。

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