02章≪魔女と呼ばれる日々 ≫
≪ 新生活 ≫
第15話 【メイドになる日】
有栖川ミカとしての十八年間の人生はあの日終わった。
そしてシャルロット・ミカヱルという少女の身体の中で、そっと息を潜める生活が十六年続き、そしてそれも終わりを迎えた。
新しく始まった人生は、王女ソフィア・シュロリエ様の専属メイドとして生きていくミカの人生。
有栖川とは名乗れない、ミカとしか伝えられない、そんな二度目の人生が始まった。
あの日の続きではない、違う人生が、まるで意味を感じない空虚な人生が続いていく。
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兵士たちは皆それぞれの仕事に戻る。
ミカはソフィアの伸ばした手を掴み立ち上がると、ワンピースについた汚れを軽くはらう。
「うーん。まずはお洋服かしら」
「洋服ですか?」
「白一色で味気ないわ。ついでに言うとちょっと埃っぽい」
「あぁ、ごめんなさい」
「いいのよ。どーせ、貴方がつれていかれた貴族の方のお屋敷でひどい扱いを受けたんでしょう? わたくしも散々だったわ。魔女がどうとか、生かしておけないとか、もぅほんとうに」
ソフィアは歩きながらそんな愚痴をこぼし、ミカを城内へと招きいれる。
こんな簡単に城内に入ることができていいものなのかと疑問に思いながら、ミカは慎重に足を踏み入れる。
シャンデリアが輝く広々としたエントランス、玄関から延びる赤いカーペットは正面にある短い階段を目指していた。
左右にも道は分かれ、壁沿いには一定間隔で花瓶が並ぶ。
そして花瓶のない場所には一定間隔で窓が並び太陽の光が城内をめいいっぱい照らしてくれる。
「メイドさんたちは別に宿舎があるのだけれど。そこは少し遠いから、また後にしましょう」
正面にある短い階段を上ると、小さな踊り場にでる。
そこに階段の続きの道はなく、後ろを振り返ると二階へと続く短い階段が左右にまた続いていた。
「先にまずはお洋服を用意しましょう。そうメイド服です、それがないとメイドとしての第一歩が始まりませんからね」
二階へ上がると階段はそこで終わり、三階へ行くにはまた別の階段を探す必要があるようだ。
そして二階の道も、赤いカーペットが敷かれており、花瓶と窓が交互に並び広く長い廊下はどこまでも明るい。
部屋へと繋がるドアは無数にある様にさえ思える。
そのドア全てに、ここがなんの部屋なのか、ということが明記された札でもかかっていてほしかった。
せめて部屋番号の様なものさえあればとドアを見るが、そんなものがある様にも見えない。
これからこのドアと部屋をすべて覚えなければいけないのかと思うと、頭が痛くなってくる。
別の階段を上り、三階へくとまた代り映えのしない廊下を二人は歩く。
ソフィアはそんな代り映えのしない廊下、そしてそこにあるドアの数々から自分自身の目的の部屋を見つけ出し、扉を開けて中へ入る。
「ここがわたくしの衣装部屋。そのうちの一つ」
「一つ? まだ他にも?」
「えぇ、お兄様のお洋服を管理している部屋もあれば、お客人に貸し出す服を管理している部屋もあるわ」
「あぁ、じゃあソフィア様のお洋服を管理している部屋は」
「そうねぇ、わたくしが知る限りでは十……数個かしら?」
「中々ありますね……」
「といっても、全てをわたくしが着るわけじゃないわ。いただきものをそのままにしていることが大半よ、それにわたくしのお気に入りはわたくしの部屋の側に置いているわ」
部屋には白色のクローゼットが置かれ、部屋の真ん中には落ち着いた色合いの机と椅子が置かれていた。
ここではクローゼットに仕舞える様な洋服を管理しているようだ。
「えぇっと、確か……」
ソフィアはクローゼットを開けて服を探す。
服を管理する部屋の数には圧倒されたが、クローゼットの中は案外スカスカだった。
これを非効率というのだろうか、しかし服と服の間があいているおかげか、目当ての服は四つ目のクローゼットを開けるとすぐに見つかった。
「あったわ! これよ!」
見つけ出したのは、ごくごくありふれたメイド服に必要なもの。
襟のついた腕の部分がシースルーになった真っ黒のワンピースと、白いエプロン、そして白いヘッドドレスだ。
「これは……普通のメイド服では?」
「ううん。このメイド服も特別仕様なのだけれど、でも違うのよ。わたくしが探していたのはこっち」
そう言ってソフィアは隣にあった別の服を取り出す。
「これは……」
ソフィアが見せたのは、フードがついた黒いローブだった。
「本命はこれよ。貴方の髪色は素敵だけれど、それを大勢の人が忌み嫌うことわたくしは知ったわ。だから何かあればこれで隠すといいわ」
「ありがとう……ございます」
「このローブを小さく折りたたんで、メイド服のポケットに入れておくといいわ。そうすれば、いつでも取り出せるでしょう?」
ついでに、とソフィアは黒いショートブーツを一足用意する。
これでミカがメイドとしての仕事を始められると、ソフィアはほっとする。
「どうしてこのメイド服と諸々はここに?」
「いただきものやわたくしが買った面白そうな服を集めていましたの。その一つがずっとここで眠っていただけですわ」
ミカはそれにこの場で着替えようかとソフィアに提案したが。
「ううん。まだ行きたいところがあるの、お着替えはそのあと」
用意していた服と靴、そしてローブを紹介し終わると、ソフィアはそれを部屋にあったテーブルに置くと、テーブルに置かれていたベルを鳴らす。
「それは?」
「あとで全部持ってきてもらうの。その知らせ」
目的の服を置いて部屋を出ると、ミカはソフィアの後を追い来た道を帰り、階段を下りて次は一階の長い廊下を歩く。
どこまでも続きそうな広い城の中、いくつもの角を曲がると、正面玄関ではない、裏口の様な扉にたどり着く。
「正面に大きな扉、後ろにも大きな扉があってそこからは庭園に出られるわ。左右にある小さな扉からは森に出たりメイドさんの宿舎に出られるわ」
「覚えておきます」
「さ、いくわよ」
正面扉よりは簡単に開いたその扉は、重々しい音を立てることもなく閉じた。
どこに向かうのかも分からないまま、ミカはソフィアの後ろついてを歩く。
屋敷内では時々他のメイドとすれ違い不思議そうな目で見られることもあったが、一度城を出ればメイドを見かけることはない。
「広いんですね。このお城」
「えぇ、代々ここはお父様やおじい様が暮していたのだけれど、結局お母さまやおばあ様の方がここにいる時間は長かったかしら。
決まっている敷地の中で、持て余していた土地を余すことなく使いつくしたらしい
このワーグロール城大改装計画は、ソフィアではなくソフィアの兄たちが実行したものだそう。
そして兄たちはきちんとソフィアの要望も聞き、ソフィアの望みも叶えたそうだ。
その一つがこの先にあると、ソフィアは石でつくられた少し急な階段を下りていく。
そこは完全に城を囲う森の中だった。
街から見ることができなかった城の姿。
それは山に建てられた城独特の、広々とした森が広がることだろう。
城の後ろには森が広がり、迷うことがないよう石畳がしかれる。
これだけ広ければ警備が手薄になってしまう様な気がするが、監視塔がありそこから人が常に見張っているらしい。
そして森の中も定期的に兵士が巡回し見回りをしているそうだ。
石畳から、ただの石の階段に変り、いつしかそれもなくなって、土の地面になる。
いくつかの分かれ道を正しく選択し、また迷わない様にところどころに設置された看板を頼りに歩き続ける。
そうして歩いていくと静かだった森に何か音が響きだす。
「さぁ、ついたわよ!」
その音の正体は、すぐに明かされる。
「これは……」
城にある別の出入り口から少し遠い場所、深い森の中。
ミカの耳に届いたのは、轟々と落ちる水の音。
「滝……ですか? お城の敷地にこんな場所が」
「正面から見ると大きなお城が一つあるだけに見えるだろううけど。意外と広いのよ、ここわね」
「こんなに広くて、色々あって、中々退屈しなさそうですけど」
「毎日ここに来る訳じゃないし、毎日花を眺める訳じゃない、毎日お洋服を眺める訳でもなければ、毎日本を読む訳でもない。毎日していた時期もあったけれど、今はそうじゃない……意外と退屈なのよ、代り映えがない毎日は」
「……すみません、勝手なことを」
「ううん。こういうのを見て退屈しなそうだな、って思う。そういう外の人の素直な言葉が欲しくて、貴方を招き入れたんだから…………まぁでも、半分くらいはわたくしの理想だったから、なんですけどねっ!」
そう言って、ソフィアはもう一歩前へと進み、滝つぼの側にある大きな岩に腰掛ける。
そして青い空を眺めながら、淡々と語る。
「わたくしは貴方を物珍しさでここに招いたわ」
「黒い髪の少女は産まれないんでしたよね?」
「そう! 見たことがなかったの、だからどうしてもほしくて、側に置いておきたくて」
「おかげで私は今日も生きていられる訳ですから、貴方の好奇心に感謝します」
「ふふっ、ありがとう。でも、わたくしがどうしてもとわがままを言わなければ貴方は」
「きっと今頃首だけになって、どこかに転がっていましたね」
「それはどうして?」
「どうしてって……私に聞かれても」
どこまで話していいものか、ミカには線引きが分からない。
ソフィアが何も知らないということは、知る機会を徹底的に奪い、情報を遮断し、皆が濁してきたのだろう。
ミカだって、その一因に加担すべきだ。
ソフィアはまだ何も知らないのだから、まだ何も分からないのだから。
そしてソフィアが知らないことと同じくらい、ミカも知っているこは少ない。
この国のことだって、ソフィアの事だって、ソフィアの父である国王のことだって、魔女と呼ばれている存在のことだって、それに自分自身とシャルロットのことだって、まだ何もミカは知らないのだから。
「……みんな、そう言うわ。ミカさんをメイドとして迎え入れたいと話したら、みんな嫌そうな顔をして、何か言葉につまりながら、わたくしに貴方を諦める様説得してくるの。何を聞いてもはぐらかされて、てきとうなことを言われて」
きっと魔女のことは本当に何も伝えていないのだろう。
おそらくは、魔女と断定された存在が処刑されていることも、ソフィアは知らないのだろう。
「だからわたくしは、みんなが嫌そうな顔をやめるまで、ずーっとわがままを言い続けたわ」
「いったい、どんなわがままを?」
「簡単よ。あの子がほしい、あの子を側に置いておきたい、みんなが嫌そうな顔をして国外に連れ出すっていうから、そんなことをするのはもったいないって、わがままをたたくさん言ったわ」
一つだけ、ミカが純粋に疑問に想うことがあった。
それは、自分をメイドにして側においておく理由だ。
黒い髪をした少女がこの国で産まれない、だから珍しく思う気持ちは分かる。
でも、それだけで側に置いておきたいとまで言うだろうか、魔女のことを知らないとはいえたったそれだけのことで置いておきたいと思うだろうか。
「どうして……私なんですか?」
その疑問を、ミカはソフィアはまっすぐ投げつけた。
「黒い髪だから、それだけですか?」
ソフィアは不思議そうな顔をしながらミカを見下ろすと、手で口を覆いながら小さく笑って答えた。
「わたくしの大好きなお話に、貴方みたいな人が出てきたのよ」
また空を見上げ、雲を眺めながら、ソフィアは応える。
「貴方みたいに黒くて長い髪をした、男の人みたいな女の人みたいな雰囲気の、そして、優しさを隠しきれていない鋭い目をしたカッコいい黒騎士様……一度会ってみたかったのよ、わたくしはそんな黒騎士様に」
ソフィアはミカの方を見るとまた小さく笑って、岩からぴょいと飛んで降りて、スカートについたちょっとの汚れをはらう。
「さ! 長いお話はここでお終い! 水浴びをしましょう!」
そして、滝つぼの方を指差しながら、ソフィアはそう宣言する。
ミカはそのソフィアの言葉だけが理由なのかと、深く考える時間も与えられないまま、ソフィアに手を引かれて大きな岩の方へと連れていかれる。
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