≪ 夜明けの出会い ≫

第09話【魂の呼びかけ】


 何一つの明かりがない世界の中で、ミカは目を覚ます。

するとそれを喜ぶ様に、様々な色の球体、魂と呼ばれるであろうものがぷかぷかと浮かびミカを囲う。

その魂と呼ばれるカラフルな球体は増えては消え、また増え、そしてまた消え、また増える。


 この暗い世界にぷかぷかと浮かぶ魂達を軽く押しのける様にしながら、遠くの方で怯えているある一人の少女の方へとミカは近づいていく。

そんなミカの後ろを、おどろおどろしい紫色のオーラをまとった黒い魂が一つ、ついてくる。


「まだ怖がってるの?」


 カラフルな魂達が一人の少女を取り囲む。

その少女は真っ白な服を着て、簡素なパイプベッドの上で体育座りの形で縮こまっていて、容姿はよく見えないが、ミカとは違う髪色をしていた。


「貴方がおかしいんだよ……こんなことをして、こんなことになって、何も感じない貴方が」

「……私がおかしい?」

「おかしいよ……貴方がしたのは人助けじゃない、虐殺だ、人殺しだ」

「……じゃあ、他に何ができたんだよ」


 そこに座っていたのは、シャルロット・ミカヱルと呼ばれる一人の少女。

有栖川ミカが今使っている体の本来の持ち主だ。


「それに、君の落ち度でもある。君には無限の可能性がありながら、それを捨て、怯え、私にすべてを任せて、ここへ逃げた」

「……やめて」

「あの孤児院で貴方が死んで、私に変わって、貴方は見たはず。これが私のやり方だ、って……知って、それでも君はここにいる、私のこと悪く言える立場?」


 シャルロット・ミカヱルは辺鄙へんぴな村の側にある山の中にある孤児院で育った。

そのシャルロットの身体には、シャルロットと共に有栖川ミカという存在の魂が込められていた。

それだけじゃない、そのほかにも意識のハッキリとしない無数の魂がに日に日に、どころが毎秒増えていき、体中を駆け巡り耐え難い激痛を与える。

その中でミカの魂だけがハッキリ意識をもって、シャルロットを意思を交し合えた。


「貴方は人を殺せない。別に優しい訳じゃない」

「なら貴方はどうして人を殺すことに躊躇いがないの? ただの人間なのに……貴方だって、ほんとうは怖がってる。違う?」

「私が怖がってる? 冗談やめてよ。何も知らないくせに」


その孤児院が、襲われた。

魔女狩りを称して燃やされ、破壊され、魔女と疑われた者もそうでない者も、皆一様にその命を奪われた。

それはシャルロットも同じだった。


「貴方が何もできないから、だから私がこうしてる。文句言わないで」

「貴方は! 昔からずっと、そうやって!」


 シャルロットはミカの言葉を遮る様に大声を上げる。

何も遮るものがないこの空間でその声はどこまでも響き、カラフルな魂達が揺れる。


「…………言ってたよね。この世界で生きていく意味がないって、だからわたしのことを尊重してくれるって」

「でも君は逃げた。逃げて、じゃあ誰が表舞台に立たなきゃいけない? 抜け殻になった体だけを残して、二人でここで怯えてるのが正しかったとでも? その癖わんわん泣きわめいて死にたくない、生きていたいって」


 死んだシャルロットの代わりに、ミカはシャルロットの身体を借りて表舞台へ上がった。

正確にはなんの覚悟を決める間もなく、気づいたらミカは表舞台に上がらされていた。


「貴方が生きていたかったというから。だからその道を模索しようとしているのに、それすら無碍にされたら……」

「…………ごめんなさい」

「別に怒ってはないつもりだから、謝られても……」

「怒ってるよ」

「……あっそ、お互いどうしていいのかわかってない。だから、お互い無関心で無干渉でいよう。そうでないと、たぶん私は貴方を傷つけるし、貴方はわたしを傷つけるから」


 理解を示しあって、お互いに分かり合いたいと思いあう。

けれど、シャルロットの十六年続いた安寧の日々は今日壊れたばかり。

けれど、ミカの偽りの日々が幕を下ろし、次の人生が与えられたことに納得もできず、憤りを覚え、影に潜んで十六年。

お互いにまだ心の余裕はない。


「……そろそろいかなきゃ。時間だ」


 準備が整ったのか、ミカの側で漂っていた紫色のオーラをまとった黒い魂がぴょんぴょん跳ねて存在を主張する。


「ごめんなさい」

「だからいいって」

「ほんとうに……ごめんなさい」

「……はぁ」


 自暴自棄になって暗く落ち込んだシャルロットにこれ以上言葉をかけても仕方がないとミカは頭をかき、ため息を吐くとシャルロットに背を向ける。


「わたしはこれからどうしたら……」


そう小さく呟いたシャルロットの言葉は、少し早歩きで去っていくミカの耳には届かなかった。


 シャルロットから離れたミカは、カラフルな他の魂達に囲まれながらその紫色のオーラをまとった黒い魂を手で掴み、それを自分自身の胸に当て、目を瞑り力強く自分の中へ押し込んだ。

その際に感じた些細な痛みなど気にもならず、次に目を開けたときには。



――――あっ。



 夜明け前の黒と濃い青が混ざった様な淡い色の空を見て何度か瞬きを繰り返す。

ミカは変わらずあの集落の中にいた。

今はいったいいつなのだろうか、そんなことを考えながら体を起こし、最初に目に映った景色は最悪なものだった。


 そこら中にミカの炎によって作られた焼死体が散乱し、自ら炎のカーテンに飛びこんだり、石やナイフで自死をした少年少女の死体も転がる。

誘拐されていた小さな女の子は未だ眠ったまま、それほど時間は立っていないのだろうか。


 あの大男がミカに与えた脚と胴、頭の切断という大ダメージを修復するのに相当な時間を割いたのだろう、生き返ったのにも関わらず、小さな傷が体中に点々と残っている。


 邸宅の方へ向かうと、そこにはあの大男の死体なんてものは残されていなかった。

あるのはだんだんと黒ずみはじめた大きな血痕とミカの血がついた棍棒だけ。

しかし辺りを見渡せば、弾け飛んだ大男の身体の一部であろうナニカが転がっていたり、動物に食い荒らされたりしている。


「これが……私が瞬時に考えた日本刀の力……こんな日本刀がもし本当に使われてたら、平安時代で日本の歴史は終わったよ」


 この刀はフィクションです。

という注釈を自分自身に再度教え込み、更に奥にある邸宅の焼け跡まで足を運ぶと、そこにはまだ幼い女性と思われる焼死体がいくつもあった。

それはきっと、いや間違いなく、ミカが勢い余って焼き殺してしまった者達だ。


「……ほんとうに、これじゃあシャルロットの言うとおり、人助けじゃなくて、虐殺だな」


 手を合わせその場を離れると、意識を失って眠っている金髪の女の子の元へいく。

同時に上を見上げ、アリアの姿を探すがどこにも見当たらない。


「私が死んで、どうにもならないと思って逃げたかな」


そう一人で納得し、ミカはもう一度目の前で寝ている女の子に目を向ける。

せめてこの子だけでもちゃんと親元へ返そうと、ミカは


 少女は近くの家屋を巡り、何かこの子を起こせる様な物はないかと探す。

そうして見つかった鍋を川で洗い流し綺麗にすると、その鍋の裏を叩いて音を鳴らす。

しかし、それをしたところでこの子が起きる気配がない。

呼吸をしているのは間違いないので、生きてはいるのだろうが、目覚める気配が全くない。

単純に朝が弱いだけだろうか。


 そう思いながらも、同時に世界中のすべてから相手にされなくなったことを嘆き、河原で見つけた綺麗な石を持ち帰っては眠っている女の子の周りに並べたり、上に積み重ねるような遊びを始める。


「あぁ、起きないなぁ……でもほっとくわけにはなぁ……」


 なんて小言を吐き、丁度女の子の周りを綺麗な石が一周した頃になってようやく。


「ん……ぅ……ん……」


 微かではあるが、確かな生命の優しい声が聞こえた。

大切に育てていた花が、やっと花を咲かせ、その美しさを私に見せてくれた。

そんな喜びが心の奥底から湧き出てきて、ミカの顔は思わず明るくなる。


「ん……あっ、あれ……」


 わたくしが昨日見た月はこんなに明るかったでしょうか。

わたくしが昨日沈んだあれは、いったいなんだったのでしょうか。

どこまでもコロコロと転がった記憶があって、思い出すだけで全身が痛い、今も痛くて痛くてたまらない。


 あの日夜の空を見た。

そこに輝く星を見つけて、それを手のひらいーっぱいにかき集めて、そうしてわたくしは――。



 ミカはしゃがみ、女の子が伸ばした右手をそっと握る。

久しぶりに感じた人の温かさに小さな女の子は安心して、そのまま目覚めることを諦めて気、そのまま眠ってしまいそうになる。

けれど、よくよく考えれば誰に手を握られているのか怖くなって、女の子は優しい温かさから慌てて、現実へと自分自身の意識を引き戻す。


「……だっ! だれっですの!」


 女の子は痛みなんて忘れて体を勢いよく起こす。

するとそこには、まだ十年にも満たない人生の中で一度も見たことのない奇怪な容姿をした人間が目線を合わせて座っていた。


「――――ほんとうに……だれ、ですの?」


 ボロ布一枚の服と、少しの傷。

その布一枚が隠すのは、瘦せこけた細い身体と白い肌。

石と土が混ざった地面について広がる夜闇の様な黒く長い髪。

前髪も長く、せっかくの綺麗な宝石みたいな赤い目が、特に右目があまり見えない。

そんな長い髪のおかげで女性なのだろうと思えるが、女性にしては背が高く、少し体の細い男性と言われても納得はできる。

目つきは鋭どく凛とした大人の目をしており、その目の中に優しさを隠しているように思えた。


「見たことのない……お方……」


 私とこの子は何もかもが違う。

長くはあるけれど、綺麗に整えられたブロンドの髪。

純粋さと優しさだけで作られた丸く幼い碧い瞳。

どこかで傷がついてしまったのかもしれないけれど、それでもとても綺麗に原型をとどめている白いドレスの様なパジャマ。

それらで隠されたのは、華奢というよりは背も低く幼い体。


「一応貴方のことを助けた人……なんだけど」

「そっ、そうでしたか! それはご苦労様です……」

「ご苦労様って……まぁいいけど。それであなたはどこの子なの? 貴方のことを見て貴族の娘さんが驚いてたけど、お友達?」

「どこの子……と言われましても、わたくしを知らないのですか?」

「え? うん。知らないよ」

「まぁ、なんと!」


 女の子はキョトンと目を丸めて不思議そうにする。

その直後、少しほっぺを膨らませて女の子は勢いよく立ち上がる。


「わたくしは!」


そう大声で宣言し。

まだ起きたばかりでふらふらとしている小さな体で無理をしてでも立ち続ける。


「ソフィア・シュロリエ…………この国唯一の王女様よ!」


両手を腰にあて、自信満々にそう言ってソフィアは少し息を荒くする。

その言葉を聞いた瞬間、ミカはぼーっと一瞬意識が飛び、次に飛び出した言葉は。


「あぁ、王女様だったんだ。君」


という、なんとも不敬で失敬なお言葉だった。

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