第08話【魔女対鬼】

 

 焼死体は増えるばかり。

魔女は触れ、炎を想像するだけでその対象を簡単に業火で包み黒焦げの死体に変えてしまう。

あるいは少女は触れずとも、飛ばしたい方へ手や指を向け炎を想像するだけで、すべてが簡単に燃え尽きる。

気づけば、家という家は焼け、囚われていた少女たちの一部は、自分自身も殺されてしまうのではないかと怖くなり、炎のカーテンを自らくぐり死ぬか、魔女に加勢するように武器をもち、魔女に襲い掛かろうとする蛮族たちの元へ走り出し殺される。

しかし、ここにいる少年少女たちの大半は、証拠隠滅を図った集落の蛮族たちの手によって殺された。


 地獄という場所がほんとうにあるのなら、きっとここもその一部だ。

たった一晩、たった一人の魔女の手によって、集落は完全に壊滅した。

蛮族は完全に死に絶えた、誰一人として魔女を襲おうとする者は現れない。

同時に囚われていた少年少女達も死に、アリアの姿を見ることはできず。

はじめに助けようとしていた金髪の小さな女の子だけが、未だに意識を失い土の上で眠ったままだ。


 ミカは手を振って手の平から熱を逃がすと、まるでカーテンを開ける様に、遠くから炎のカーテンの上に手を重ね、取り払うために右から左へと腕を動かす。

すると、集落を取り囲んでいた炎のカーテンが綺麗になくなり、月明りと星でしか照らせない世界は一気に暗くなる。


 しかし未だに燃え続ける家屋は点在し、中でも一際目立つのはやはり集落の奥で轟々ごうごうと燃え続けている大きな邸宅だろう。

きっとそこにこの村で一番偉い奴が、あるいは一番の実力者が住んでいたのだろう、だとすれば最初にそいつを殺すことができた良かったと、少女は未だ燃え盛るその邸宅に背を向けた。


 これで人助けができただろうかと振り返ってみると、そこには焼死体の山。

助けるようにと頼まれていた少年少女さえも焼け死んでしまった。

自分が殺した訳じゃない人も当然いたが、間接的に殺してしまったようなものだ。


 これじゃあ魔女と恐れられ、虐げられるのも頷けると、現在の自分の立場にある程度納得しながら、アリアの姿が見えたない事にため息を吐くと、金髪の女の子を回収し、アリアを探そうと足を動かしはじめた。


――――その時。


「……ッ!」


 後方から勢いよく飛んできた一つのナイフが背中に突き刺さり、ミカはバランスを崩し地面に強く叩きつけられる。


「……熱いのう……熱ぅて熱ぅて仕方ないわ」


ミカは背中しっかりと刺さったナイフを、痛みも恐れずすぐに身体から抜き、体をねじる様に動かし後方を確認し、迷いなく炎の玉の様なものを指先から数発放つ。


「お前か……」


うまく狙いが定まらなかったせいで、それはすぐ後ろの木や燃え盛る邸宅に当たるのみ。


「ワシと……ワシの女共を壊したのはッ!!」


 体の半部以上が黒く焼け焦げた大男は、燃え盛る邸宅から大量のトゲがついた巨大な金棒を引きずり、大汗を流しながら現れる。

そして、焼けた足を引きずりながら完全に邸宅から体が出ると。


「バラバラにして、明日の酒代にしたるわァ!!!!」


そう叫びながら、とてつもない気迫でミカの元へと大きな足音を立てて迫ってくる。

その図はまさに鬼が迫ってくるようなもの、鬼畜で外道、それに加え鬼の様な大柄な体格と容姿と気迫。

その男が前へ前へと進む度、地面は揺れて小石が踊る。


「あーもう。ほっとけばよかった」


そんな全てが、一介の女子高生にとっては恐怖でしかなかった。


 十八年間生きて、ナイフで刺したり刺されたり殴る蹴る以外の死闘を繰り広げたことなんて一度もない。

それはこの世界にやってきて十六年過ごしても変わらなかった、なんてことのない平凡な日々、それが今日この日が訪れるまでは、どこまでもどこまでも続いていた。


 どう対処するべきか分からない、あの時は確かに相手は格下だった。

少なくとも心の内ではそう見下して、優位にたったつもりで精神を安定させて殺しあっていた。

けれど今目の前で対峙している相手は違う。

あの有象無象とは違い明確に格上だとわかる、体格だけを見ても明らかに太刀打ちできる様な相手ではない。

あの蛮族たちと同様に燃やしてしまえばいいだろうか、何かまだ自分自身の知らない力に期待して試してみるべきだろうか。

そんなことをしている余裕はあるか、そんなことを考えている余裕はあるか。


「……無理だ」


ない、ない、ない、ない、ない、ない、そんなそんな余裕は絶対にない。

けれど、恐らく死ぬことがないであろう体で死を恐れ、逃げ続けるのが最適解か。


「だけど」


恐れず挑む正解だ、死ぬことがないと仮定して一か八かの賭けに出てみるべきだ。

ここまでしたんだ、ここまで来たんだ、ここまでしてしまったんだ。

今更逃げることなんてきっと誰も許さない。

殺して綺麗に終わらせよう、それが今選ぶべき正しい未来のはずだと信じよう。


「それでいいよね。シャルロット」


 おそらく、この後一度死んでしまう。

当然それに付随する恐怖や痛みというのも、シャルロットとミカは同じだけ感じることになる。

なので確認を、と思ったが引きこもってしまったシャルロットからの返事はない。


「…………いいってことにするから」


冷たくそう吐き捨て、ミカは立ち上がり鬼を睨み付ける。


「なんだ。お前」


ミカに睨み付けられるという意外な行動に、鬼は一度足を止める。


「フッ、諦めて殺される気になったか!」


 これはおまじないようなものだけれど、一応格好として心臓の辺りに手を置いて、体の中に潜む魂と呼ばれる様な、そんな存在を探る。

あれでもないこれでもないと、探っているうちに体に激痛が走りだす。

普段体中を流れている痛みとは比にならない程の激痛が、連続して少女の体を全速力で駆け巡る。


「……なんだぁ?」


少し耐えられなくなって、膝を曲げ、息を荒くし、大量の血を地面に吐く


「おいおい。ワシが斬る前に死ぬんじゃねぇだろうなぁ?」


それでも探す。

探す、探す、探す、探す。

体の中に無数に転がる魂の数々から、現状にあった最適解を。


 目の色は、紫、青、黄、緑、黒、と様々な色にチカチカと連続して何度も変わる。

頭はくらくらして、熱が上がる、次第に様々な声が聞こえだす。

人が人を呼ぶ声、人が人を罵倒する声、人が人を称賛する声、

だけじゃない、聞いたこともない動物の鳴き声や、聞き馴染みのある車の大きなクラクションの音やガラスが割れる音。

同時に一斉に、聞こえるのは常に体の中を巡り争い続けている魂の声。

それらをミカは瞬時に聞き分け。


「フッ……無様な、死ねぇ!」


飛んでくるナイフを甘んじて受け入れ、鬼の罵倒はもはや聞こえない。

違う、違う、これじゃ、これじゃないと、さぐさがし続けた、その刹那。


「――――――――――――あった」


力強く唾を飲みこみ、痛みに耐えるために膝を曲げて立っていた足をぴんと真っすぐに戻し、しっかりと両足で立つ。

まだ体に力が入りきらず、ふらふらとする。

けれど、そんなこと言っていられない。


「貴方に教えてあげる」

「あぁ?」

「貴方には私を殺せない」

「……殺せない? 何を言っている。気でも狂ったか、女」

「私は今、様々な魂に触れて分かったよ。私には文字通り無限の可能性があるんだ、って……今はその可能性の支配者が私なんだって」

「チッ。なんだお前、さっきからわけのわからないことばっか言いやがって」


 口から血を垂らし、目からも血を流し。

痛みに耐え、痛みに耐え、痛みに耐え、耐え、耐え、耐え、耐え、耐え、耐え、耐え続け。


 満月に背中を預けた少女は、また激痛のせいで膝を曲げてしまうが、すぐにそれをまた真っすぐに戻し、星空をおもいっきり見上げ、口を大きく開ける。


「……お前……そうかッ!」


尚もも激痛は体中を巡り続け、そうして口の奥から出てきたソレをいち早く右手で掴む。


「どこからか飛んでくる炎……後ろに兵でも隠しているかと思えば、そうか……そうか!」


しっかりと柄を握りしめ、思いっきり、力の限り勢いよくミカはソレを喉の奥から引っ張り出した。

その際多少喉が斬れたとしても、そんな傷は瞬きをするうちにみるみる消えてしまう。


「ワシに魔女殺しの名誉を与えてくれるか!!」


崩れそうになるバランスを、瞬時に両足を大きく開くことで保ち。

喉の奥の方から取り出した刀を勢いのまま力強く振る。

すると、地面に細長い血の痕が乱雑につく。

それは、紛れもなくミカの血だ。


「…………んっ」


すぐに言葉を出そうとしたが、思ったよりも喉が切れてしまってたようで、声は出てこず。

仕方がないので、一度唾を飲むと同時に喉の中でも、主に声帯やその周りの傷を最優先で治療する。


「はっはっは! この化け物メが……この魔女が……ッ!!」


一度振った刀の先を見様見真似で鬼の方へ向け。


「うるさいな、さっから。魔女魔女って、皆して……」


狙いを定める。

その恰好を見て、大男はすぐに金棒を担ぎ勢いをつけてまた走りだす。

勢いのあまりか、地面が少し揺れている。

木々も騒めき、熱風がミカの頬をかすめた。


「ワシは盗賊の王となる漢……女も、地位も、名誉も、金も、酒も、この世のすべてはいずれワシの手の中よッ!!」


 時代劇で見たような一騎打ちを見様見真似で再現する。

持ちなれていない刀を構え、大男の気迫で簡単に動いてしまいそうな軽い体を、たった二本のか細い足に全体重をかけ続けることで耐え続ける。

息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、目を開け相手を睨み続ける。


「まずは、その手土産として魔女討伐の功績をお前で立ててやるわ!」


 大男は勢いのまま、目にもとまらぬ速度でミカの方へとべらべら喋りながら突っ込んでくる。

ミカが見様見真似で作り出した日本刀の様なものなど、所詮は想像。

その切れ味など想像の範疇に止まる。

が、どうだろうか。

例えば、その刀を作り出す瞬間だけ「日本刀はどんな相手でも一撃で殺してしまうような、そんな最強の刀だ」と、想像していたならば。

そんなズルが許されるのなら、だとすれば、今ミカが手に握っているそれは。


「死ねぇえいぃぃぃ!!!!」


向かってくる相手の心臓を一突きするだけで、あるいは体のどこかを軽く切りつけるだけで、相手をバラバラに分解させ、確実に殺してしまえる様な物だとしたら。

そんなものは贋作や模造刀ではないミカの妄想の産物であり、到底日本刀と同一視してはいけないものである。

しかし、今回はその妄想の産物が有用だった。


「あ……え……ぇ……え……え……ぇ……ぇぇぇ……あ……ぁ……ぁ」


 鬼の様な大男にミカがつけられた傷なんてのは現実的には小さな切傷だけだった。

深くはあっても致命傷にはなりえないようなもので、決して死に至る様なものではない。

だというのに。


「ワシ……が、こんな……こと……」


大男はそんな遺言を吐く時間だけを与えられると、体がじわじわと熱くなり体が裂けはじめ、これはまずいと、そう思ったその次の瞬間には足の指一本歯の一本、長い腕や脚、胴や頭の一つ一つ、体のありとあらゆる部位一つ一つが一瞬にしてバラバラに弾け飛び、大量の血の雨が降り注ぐ。


 その瞬間をミカは見ることができなかった。

なぜならミカの身体は、鬼が弾け飛ぶよりも少し前に、鬼が握っていた凶悪な金棒にによって、胴体と首が完全に分離して、その一部が宙を舞っていた。

胴体は切り離されて近くに落ちる。

分離した頭は遠くまで飛ぶと川に落ち、どんぶらこどんぶらこと川を流れ、あっという間に行方が分からなくなる。

最後まで恐れることなく地面を強く踏みしめていた下半身だけが、鬼の血溜まりの前に残って、まだ僅かに地面を踏みしめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る