第07話【魔女らしく・魔女の罪】



―― 魔女らしく ――



 暗い夜に炎はよく似合う。

小さな集落で細長い火柱が一本、二本、三本、と次々に立っていく。

炎で取り囲まれた集落から脱出方法などなく、一世一代の賭けに出て炎のカーテンを飛び越えようとしたら、たちまち焼死体になる。

だから蛮族たちは皆、炎の原因であるたった一人の少女に立ち向かう。

勇猛果敢に無謀を積み重ね、焼死体の山と化していく。


 ミカには戦うための武器がない。

あるのは魔女というレッテルと、確かに自分はそういう存在なのだろうと思わせるような破格な力だけだ。


 傷口はミカが意識さえすればみるみるうちに塞がっていき、血も止まる。

もしこの場で腕を切り落とされても、きっとその腕は瞬く間に生えてくるだろう。

最もその確証なんていうのはどこにも存在しないけれど。


「魔女……そう呼ばれるの、今日だけで何度目かな」


 手の平に炎が宿る。

それで手の平が熱く熱く焼けて大きな火傷が作られようとも、ミカはそれを少し意識するだけで簡単に治してしまう。

そしてミカはその炎を細長い指に宿すことだってできて。


「これが人が忌み嫌う魔女の力……か、案外私にはお似合いなのかもな」


 そう言って指に宿る炎を今度はくるくると回しながら放ち、映画やドラマで見るような悪役を演出してみる。


「こんな簡単に殺せちゃうんだね。人って……あぁ、脆いなぁ……」


後世で私を語るのであれば、こういう人間であるべきだ。

そんな行いに対しての適切な偏見、それをミカは体現するように、まるで狂気に満ちたような顔とセリフでこの地獄を演出し、自分自身に降りかかるべき偏見と恐怖のイメージを演じる。


「なんて……ね」


そんなセリフを吐くと、彼女は指先に宿った炎を再び飛ばし、周りにいた蛮族を焼きはらう。

蛮族たちは声を上げる間もなく、あっけなく黒焦げになり焼け死ぬと、タイミングを見た様にもうなりふり構ってられんと一斉に蛮族たちが押し寄せる。

 

 何度も何度も刺された。

刺されただけじゃ済まない、切られ、斬られ、中には殴り掛かった奴もいた。

当然痛みを感じる。

鈍痛が絶え間なく続き、もはや痛みなんてあってないようなもの。

ここまで痛みが続けば、痛いというよりも不快だと感じてしまう。


 少女の体に傷が残ることは滅多にない、それが料理中の切り傷や紙で指を軽く切ってしまっただけならば、たちまち傷口はふさがり、なかったことになる。

しかし、一斉に、そして大量につけられた傷は簡単に治すことができず、生きていく上で重大なダメージに直結しそうなものが優先して治療されていき、その他の傷からは血が垂れ続ける。

そのせいで、ミカの身体には傷に傷が重なって、その体は見るも悲惨な有様になる。

ボロ布一枚だ、ナイフでいくらでも切込みを入れることはできるし、槍で突けばすぐに肉だ。

しかしそれを顧みず、彼女は後世で語るべき悪役である、悪い魔女を演じる。


 明日の朝刊や夕刊には「女子高生の一家殺人事件」なんてタイトルで新聞が出ていたり、ニュースでは自分の生い立ちが事細かに解説され、見知らぬ誰かに同情されているのだろうか。

もしかするとドラマになっているかもしれない、いや映画になっているかもしれない。

もしかすると神格化され、誰かの救いになっているかもれない。

それを知る術が自分自身にないことが非常に残念だ。


「まぁ、生きてたら見て見たかったな。そういうのっ!」


 彼女は踊る様に舞う様に炎をまき散らす、しばらく殺したところでナイフがコロコロといくつか落ちていることに気づき、それを手に取り迫りくる蛮族たちを刺してみる。

しかし彼女もよく知る通り、ナイフ一本を刺してみたところで人がすぐに死んでしまうようなことはなく、しばらくは抵抗されるので、結局また自らの手から放たれる炎の波に頼るしかない。


盗賊として群れを成して生きてきた彼らの実力は本物だろう。

わらわらと集落中の男達が、たった一人の少女の元へ這ってでも押し寄せてくる。

そして、岩を投げ、槍で突き、剣で刺し、斧で殴りつける。

しかしそれに少女は動じず、びくともしない。

それでも彼らは臆することなく群れを成して襲い掛かってくる。


 そんな屈強な彼らは、それとは正反対の華奢な少女に次々と燃やされていく。

ミカは向かう先は集落の一番奥で激しく燃えている、この集落で一番の大きさを誇るであろう邸宅。

しかし、阻む彼らの相手をしていると、どうしても進路を変えざる負えない。

仕方なくミカは、彼ら盗賊の群れへと無策で突っ込んでいく。



―― 魔女の罪 ――



 集落は炎で取り囲まれ、誰も出ることはできない。

その中には当然アリアもいる。

後ろを振り返れば、炎のカーテンがあり器用なことに森の木々はまったく燃えていない。

燃えているのは集落にある家々と、そこに住まう盗賊、蛮族、達。

そして―――――。


「もぅ……終わりだ……」

「こんなことになるくらいなら、わたしは……わたしはっ!」

「魔女なんて……まさか、魔女が来るなんて……」


 囚われていた少年少女たちもまた、集落を取り囲む炎のカーテンに自らの意思で飛び込み燃えていく。

そうでなくても、様々な方法で自死を試みる。

地面に頭を打ち付ける者、石を拾い首を切りはじめる者、誰かが落としたナイフを拾い首を切る者。

盗賊に犯され殺されるか、魔女の業火に身を包まれ焼き殺されるか、そのどちらでもない選択肢である自死を、大勢の囚われていた少年少女が試みた。


 その波は共鳴し、アリアが助けたいと願った少年少女、そして助け褒美を得ようと考えていた名のある貴族の娘息子さえ、彼女の目の前で死んでいく。



――――ここはまさに、地獄であった。



「……わたしは……こんな、つもりじゃ……」


 なかった。

それはほんとうだ。

わたしが頼んだ彼女には、何らかの手段を持つのだろうと期待した。

特別な者であるのだろうと期待した。

そのおかげで、裕福でない家の地位が上がれば良いなと考えた。

助けたことをきっかけに、有力貴族とのパイプを作り、将来の結婚相手にでもなってくれれば、家の地位を上げられるのではないかと考えた。

命の危機にありがら、それでも逃げ出し生きられた先で、卑怯で醜い嫉妬から湧く下劣な思考を優先した。

望んだ、望んだ、望んだ、望んだ、望んだ、望んだ、望んだ、望んだ、望んだ、けど。


「その……罰なの?」


 ずっと考えていた。

家の地位が上げれば、もっとベロニッサ家という名に箔がつけばと。

毎日おいしい食事ができるようなそんな家にさえなってくれれば、妹や弟たちにせめて読み書き程度のことはなんなくこなせるような教育ができればと、父や母の贅沢を笑顔で許せるような家になればなと、そう考えて。


 囚われて、死ぬかもしれないと恐怖して、生還して、希望をもって、絶望を思い出して、希望を見つけて、望んでしまって、叶えてほしくで、どうしようもないから。

自分自身ではどうにもならないから、だから望んだ、その罰が。


「どうして! どうしてですか!」


 突然、集落の方から叫び声がした。

アリアが下を見下ろすと、そこには一人の青年が立っていた。


「俺たちになんの怨みがあって!」


青年はアリアが小屋の中でよく話をしていた少年の一人だった。

アリアの産まれたベロニッサ家よりも権威があり、妬ましくも羨ましくも思う。

もし彼と逃げ出すことができたなら、そう考えていたけれど、だけどアリアは結局ここから一人で逃げ出してしまった。


「なんの怨みがあって、お前は! 魔女を連れてここへ帰ってきた!」

「ちっ、違うの!」

「一人で逃げたかと思えば! 俺たちを殺すために! そのためにお前はッ!」

「お願い話を聞いて!」


 思考がまとまらない。

いつもこうだ。

ずっとちぐはぐでまとまらない。

何をすればいいのか、何をすべきか、何を優先するべきか、今何を一番にして考えるべきか、ずっとずっとまとまらない。

家を裕福にしたい、弟や妹たちにお腹いっぱいご飯を食べさてあげたい、名のある貴族の人と結婚したい、父と母のわがままを叶えたい。

生きていたい、逃げてしまいたい、わたししかいない。

わたししか、この家を正常にできない。

だからわたしがやらなきゃいけない。

どんなものに頼っていても、どんな状況であっても、それが私の救いになるものならば、何か少しでも可能性のあることならば、無垢な子供として飛びついて食らいついて、そしてわたしはいつか――――いつか。


「お前を絶対に許さない…………魔女を呼び、大勢の人間を殺したお前を……俺はッ!」


誰からも認められる、立派な令嬢になりたかった。

誰からも尊敬され、父や母から必要とされるわたしになりたかった。


「絶対にッ! 許すものか!!」


 そう言って少年は近くに落ちていたナイフで自らの首を切り、悲痛に満ちた、呪詛にまみれた悲鳴をしばらく上げ続ける。


 充血した目から涙を流し、口からも血を吐き、悶え苦しみ、アリアを睨み続ける。

そして彼は絶命した。

アリアはその姿を見て、体から完全に力が抜け、ぺたんと地面に座り込む。


「あぁ、わたしのせいだ」


 知らなかったじゃ許されない。

ここに魔女を連れてきたのはわたしだ、よくよく考えれば彼女は黒い髪をしていた。

なら、魔女だとすぐに気づけたはずだ。

なのに、気付かないまま私利私欲に溺れここへ連れてきた、その責任はわたしにある。


「……責任はとる。と、言いました」


 震え涙をこぼしながら、目の前に広がる景色を凝視する。

おかしな話だったと、今になってアリアは思う。

ボロ布一枚で身を包んで、立派な剣の一つも持っていない少女ができる人助けなんて限られている。

良い訳をするなら、まさかそれが皆殺しだなんて考えもしなかった。

そもそも何を期待していたのだろう、何をしてもらいたかったのだろう。

全て良いようになると、何も問題が起きるようなこともなく、すべてが自分の望むようになり、望む結果が得られると。

そんな訳はないのに、そんなはずはないのに、けれどそれを期待していた。

何一つとして悪いことは起こらないと、そう思っていた。

一生に一度くらい、たった一度くらい、自分のために世界が動いてくれてもいいじゃないかと、そう期待していた。


「約束通り、わたしは貴方を怨みません……わたしは、貴方が災いをもたらす魔女であると見抜けなかったわたし自身を……怨みます」


 震える手で近くに落ちている鋭利な石を手に取る。

大粒の涙で頬を濡らしながら、その小さな石を強く握る。

魔女はまだ、集落の中で人々を殺しまわっていた。


「あぁ、神よ……わたしをお許しください……この様なことでしか罪をあがなえないわたしを…………許して…………ください。どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか、どうか――――」


そう呟き続けながら、尖った石の先を首に当てる。

それをゆっくりと横へ横へとずらしていき、小さな傷がついても痛い程度で死ぬことができないと察したアリアは。

また大粒の涙を流しながら、大きく息を吸い、その石を喉に深く突き刺し。

そしてまた、横へ横へとずらしていく。


「お父様……お母様……不甲斐ない娘で申し訳ありません……またいつか……また、いつか会いましょうね」


そして、喉の肉を断ち切る。

声は上げられず、痛みをただひたすらに己の内側に閉じ込めてしまう。

そしてアリアは悶え苦しみ、心の中で絶叫し、苦悶の表情を浮かべながら大量の血と涙と汗を流し、地面にバタンと倒れる。


 それでも絶命するのはまだ遠く、視界がぼんやりと掠れ世界が暗くなる。

身体はぴくぴくと痙攣し、後悔をするには十分すぎる時間をアリアに与える。

わずかな息をスースーと、吐き次第になんの音も聞こえなくなり。



――――――そして、アリア・ベロニッサは絶命した。

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