第06話【業火】
そこにいる男たちの格好は盗賊と聞いて想像できる恰好となんら変わりないものだった。
小汚いコートや服、小汚いズボンを履き、各々が弓や斧、槍などを持って集落中を歩く。
真夜中でも何不自由なく辺りを見渡せるのは満月のおかげか、それともシャルロットが毎日苦しんだ力の一つなのおかげだろうか。
息を吐いて、力を込めて、それを解き放ってしまおうかと思った時。
ある一人の子供がアリアの目に止まった。
「あの方は……まさか……」
そんな言葉をアリアがこぼすので、ミカも思わずアリアと同じ方を見る。
ある一人の男がとても嬉しそうな、なおかつ不気味な笑顔で、一人の小さな女の子を抱きかかえ集落の方へと走ってきた。
その男の背中で背負われた斧にはびっしりと血がついており、いかにもという雰囲気だ。
「おい、見ろよ! コイツ! 上物捕まえたぞ!」
男は集落の境界線を越えると、いきなり捕まえてきた小さな女の子の、ドレスの様に小さくキラキラと光る白いワンピース型のナイトウェアの後ろを掴み高々と少女を掲げ、集落中の人に見せびらかす。
そうして掲げられたその子は、確かに月光に負けないほど輝かしい目を奪われるような汚れのない黄金の長い髪と、これまた汚れのない白い肌をしていた。
「おぉ、ずいぶん色白だなぁ……でも、ちょっと傷が入ってんなぁ。お前、もうちょっと丁寧に捕まえて来いよ」
「いや、俺がやったんじゃねぇよ。見つけた時からこうだったんだって」
「どうかねぇ、この前もそういって、上物の腕捥いできてたじゃねぇか」
「別にいいだろ? いうこと聞かねぇんだから……で、どうする?」
「そいつ売るはもったいねぇって。どうせ旦那のお気に入りになるぞ」
「なら、今のうちに遊んどくか?」
「アハッ。そりゃいいねぇ、最高の夜になりそうだ」
「おい。勝手に決めんなよ、俺が拾ったんだぞ? 俺が拾わなきゃお目にかかれなかったんだからな?」
「あぁ、分かってるよ。お前が最初でいいよ」
次々と男達が群がってくる。
いつしか小さな女の子は集落に持ち込まれ、地面の上に置かれ男たちに囲まれていた。
次々にやってくる男たちは皆「旦那に渡すのは勿体ない」と口にする。
先ほどまでは楽しそうに槍で刺したり殴ったり蹴ったりしていた、縄で縛りつけた少年少女には目もくれず、そう言って小さな女の子のことを見下ろす。
「あっ、あの方は…………まさか…………」
「知ってるの?」
「あの髪色……いえ、それよりもあの顔は、まさか……でも、そんな」
アリアは突然怯え、戦々恐々とする。
そんな姿を見てミカはそれ以上追及することはなく、もう何が何でも助けるしかない状況にいると、そんな現状を悟り諦める。
「重要な人なんだよね」
「えぇ、この国にとって」
「なら、君が助けたことにでもすればいい……いや、それはよくないのかな……わかんないけど、事後処理とかめんどし、私は知らないから。だから、責任は全部、貴方がとってよ」
大義名分も、真っ当で正当な理由もかなぐり捨てて、ミカは手に力を込める。
我ながら、無責任なことを言っているなと思いながら。
無責任な願い事を聞き入れてしまったなと、そう思いながら。
「分かりました。この責任は必ず、わたしの元にあると…………か弱い貴族ではありますが、このベロニッサ家にあると、神に誓います!」
私は力強く右手を胸の辺りまで上げた。
手は震え、力み、血管が浮き出る。
「怨まないでよ。どうなっても……私だって、なにができるか未知数だから」
正直少しワクワクしていた。
苦しみや痛みがあったとしても、やはりこういうことに憧れがない訳ではない。
昔生きていた世界じゃ叶わなかったこと、できるはずもなかったはずのことができる。
もしこれがあれば、もしこれがあの世界にもあったなら、あんな想いをしてまで、私は復讐をしなかったのに。
もしこの力があるのなら、私は死ぬことなんてなかったかもしれないのに――――。
でも今はある、それがある。
復讐は叶わなくても理不尽に打ち勝てるような圧倒的な力が、この手にある。
「この世界には私の世界にはなかったものが……」
――――――人を簡単に殺せる力が。
激痛に耐え、手を前へと付き出す。
真っすぐ、真っすぐ、伸ばした腕で、手で、宙に浮かぶ何かを掴み、それを力強く握りつぶす。
右腕が熱く、熱く、熱されていく。
次第にその熱は全身へと伝わっていき、しばらくすると右手には大きな炎が宿る。
「力が…………ある」
大きな炎の塊が、ミカの小さな手の平から集落へと放たれた。
その炎は集落をぐるりと一周囲う炎のカーテンを作ると、次々と集落にある家屋を燃やし、人を追いかけ、焼き殺しはじめる。
「あぁ、これが向こうの世界でもあれば便利だったのに、苦しい思いをせずに……いや、苦しい思いはしたか」
ミカの手から放たれた炎にはまるで意思があるかのように、一人一人人の盗賊を襲い、あっという間に焼き殺す。
ミカはしばらくその光景を眺めると、激痛に耐えながら両手の平に炎を創り出す。
手には大きな火傷ができ、それはじわじわと腕の方まで広がっていく。
そうまでして創り出した炎を、集落の奥にある一番大きな邸宅へと投げ込んだ。
幸いにもこの集落の建物の大半は木で作られており、簡単に燃える。
そしてその炎には少女の意思が明確に含まれており、この集落で好き勝手していた盗賊以外に炎が燃え移ることは滅多にない。
次第に盗賊は蛮族へと変わり、そして蛮族は蛮族らしさを露わにする。
あろうことが、人身売買用か自分たち様か、ともかく捉えていた少年少女を炎の中に投げ込み、高台にいるミカのことを睨みつける。その後ろに隠れていたせいか、それとも月光の加減かアリアが蛮族に見つかることはなかった。
「貴方は……まさか……」
これじゃあ、本来したかった「助ける」ということが叶わないと、ミカはアリアの怯えた言葉すら聞くことはなく、慌てて高台から自分自身が撒いた炎で地獄と化す集落に軽々飛び降りた。
その痛みなんていうのはあまり感じることはできず、ミカは一番近くにいたあの色白な女の子の元へと駆け寄る。
彼らに傷をつけられる前に助けようとしたのに、女の子の身体はすでに小さな傷だらけで、服も土や泥で汚れていた。
この女の子をどこか安全なところにでも運ぼうか、それかアリアに預けようか、そう思った矢先。
ミカが高台から降りたことで、ついに蛮族たちは槍や大剣、斧や弓を用いて束になってミカに襲い掛かる。
武術や剣術、護身術などを習ったことも、まじめに見たこともないミカは、当然それらに太刀打ちできる訳もなく、体に何度も深い傷を作る。
「……ッ! 痛いな、もう」
が、それと引き換えに襲い掛かってくる全員に触れ、触れずとも、彼ら蛮族の体を炎で包む。
「痛いなぁ……ほんとにもぅ……痛いなぁ」
実際痛みは耐えられないほどある。
普段の生活じゃ一生に一度味わうことがあるかどうか、そんな痛みを何度も味わう。
もっというなら、人生に一度も経験するはずがないであろう痛みを何度も経験する。
ミカは別に痛みに対して耐性があるわけじゃない、人と同じだけ痛みを感じるし、赤い血だって傷の数だけ流れ出る。
それが積み重なって積み重なって、とっくにもう耐えきれないだけの痛みを、華奢な体一つで背負っても、それでもミカはただまっすぐ歩き続け、集落の奥を目指す。
「このッ!」
彼女の体を突き刺すために延ばされた槍を、彼女は甘んじて受け入れる。
突き刺さった三本の矢の痛みを感じながらも彼女は歩を止めようとはせず、例え正面から誰かに襲われ、前に進むことができなかったとしても、立ちはだかる人間を焼き殺し進んでいく、例え痛みで足が止まりそうになっても、それを気合だけで動かし、そしてまた彼らを焼き尽くして前へと進む。
痛みなんてしったことか、シャルロットの泣き叫ぶ声なんて知ったことかと、ミカはひたすら歩き続ける。
「…………なんなんだこいつ」
ミカの身体から抜かれた剣や槍から血が舞う。
予防接種の注射で痛がっていた子供の頃を懐かしく思う。
今のこんな姿を見たら、父と母はどんなことを思うだろうか。
彼女に怯えるのは、彼ら蛮族だけではない。
ここで囚われ、今にも死んでいくような少年少女ですら彼女に怯え、体を震わせ身を寄せ合い、死を覚悟して涙を流す。
そしてミカが前を通ると、何もされなかったという安堵感からか、失禁し涙を流し、また身を寄せ合う。
「魔女だ」
ある蛮族はそう言った。
「…………魔女がきた」
またある少女はそう言った。
「どうしてここに魔女が………………」
恐怖し、絶望し、震え、怯え、死を覚悟し、死を受け入れ、涙を流す。
「こいつは……魔女だ。この国を滅ぼす魔女だ……俺たちを殺す魔女だ」
口々にそう言って、怖がって、怯えて、敵意を向ける囚われの少年少女すらいる。
それを横目に見ながら、この世界はこういう破格の力を持つ者をそう呼ぶことを、改めてミカは肌で実感する。
いや、例え強大な力を持っていなかったとしても、奇怪な力を持つものは、そして奇異な見た目をする者は「魔女」と呼ばれ忌み嫌われ、断罪されることが当たり前の世界なのだと、改めて理解する。
それでもミカはこうするしかないと、その集落を業火で包み、全てを灰塵へと変えていく。
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