第14話 ボクにとっての平凡な日常
ネプリア先輩から逃れるように学園の地下通路をスタスタと歩いていく。
あー、怖かった。
ネプリア先輩、ゲーム……将来では先生になるわけだけど、なんで先生になったんだろう。学園で甘い蜜が吸えるようになったとか。わかんないな。
他の新入生はそろそろレクリエーションが終わって、教室に移動する頃かな?
ボクが受けとった紙に再度クラスが割り振られるらしいけれど……さすがに普通科だと思う。いやあ先輩に押し切られずにすんでよかったよかった。
迷路みたいな石通路をしばらく歩いていると、見知った人影が立っていた。
「やあー。スズラン、ルルミ」
二人はどこか不安げな顔だ。
ボクがあいかわらず呑気でいたからか、スズランが嘆息つく。
「はあ……。やあ、ではありませんよー?」
「ボクを待たなくてもよかったのに」
「そうはいきません。それで……生徒会長から時計塔教室にじかに勧誘されて、どうなったんですか?」
「そっだねー、歩きながら話そっか」
ボクは歩きながら応接室でのことを二人に話した。
スズランは呆れた反応だったが、ルルミがよい反応をしてくれた。
「――え、ええっ⁉ こ、断ったの……⁉」
「うん、ボクには必要ないなって」
「け、けど、けど……時計塔教室は学園に疎いあたしでも知っているよ……。卒業した人は魔術学会で発言力を持つし……OBは有名な人ばかりだし……横の繋がりも強いから将来も大安定だって……」
「平凡で素敵な日々がなさそうだからねー」
ネプリア先輩に体よく利用される日々はごめんだしなあ。
ルルミは表情をぐるぐると変えながら理解できなさそうに歩く。
「わ、わからないなあ……」
「将来に有利だとしてもさ、そこに幸せがないのなら?」
「それならわかる」
ルルミは即答した。それならわかるんだ。さすが幸福至上主義者。
ただ、スズランは納得していなさそうだが。
「ところでオリン」
「なーに」
「たんに断っただけじゃないのでしょうー?」
バレている。さすが親友。幼馴染。
ジト目のスズランに、ボクは正直に打ち明ける。
「ボクの意思なんておかまいなしに時計塔教室に入れようとしてきたからさ。ボクのスタンスをハッキリさせた」
「ハッキリ? ちょーっぴりと不安になるんですがー?」
「ははは」
「ははは、じゃありませんよ。もう」
「それよりもスズラン、ネプリア先輩のことを調べられるかな? おそらく蒼の派閥上層部……もしくはトップの人間かも」
ボクがそう言うと、スズランはかしこまったように答える。
「生徒会長が……ですか? わかりました。生徒の模範たる人が一派閥に力をいれているのは、よろしくありませんね」
「ねー、だよねー」
「つぶしますか?」
「つぶさないよ?」
どうしてそう、ボクを闇の王ルートに進ませようとするのかな。
ルルミだって引いているよ、きっと。
「はー……オリンさんにスズランさん、悪者と部下って感じー……」
……なんでちょっと感心した風なのだろう。そしてなんで悪判定。
スズランも誇らしげにしちゃってるしさあ。
「ですが、納得しました。喧嘩を売ったわけですね」
「人聞きの悪い……。納得したってなにがー?」
「わたしのクラスがとつぜん変更になりましたのでー」
「……スズランの変更先って?」
「普通科のZクラスです。ちなみに問題児が集まりやすいクラスだそうですよー? おそらくオリンも同じクラスに変更でしょうね」
「わー。露骨ー」
ボクがへらりと苦笑すると、スズランも同じように苦笑した。
対応が早い。こりゃあネプリア先輩、かなりの権限を持っていそうだな。あるいは断られたときのことも考えていたのかもしれない。表立って敵対してこないと思うし、グンターとは違った関係だなー。
「あ、あの……どうしてそんなに笑っているの……?」
ルルミがボクを信じられなさそうに見つめてきた。
ボクは自分の頬をぺたぺたと触る。
「ボク、わりと笑ってた?」
「う、うん……すごく楽しそうに……」
「だったら楽しんでいるのだと思うよ」
「ど、どうして……? 時計塔教室は興味がないからでわかるよ……。で、でも、普通科のZクラスになったら、オリンさんが望むような平凡な日常は……。そ、それに生徒会長に目をつけられたみたいだし……」
それって幸せじゃないよねと、ルルミの瞳には書いてあった。
スズランも学園のうす暗い部分をボクに話すのはひかえてくれたようだし、心配していたみたいだな。
んー、別にずっとハッピーでいたいってわけでもないんだよね。
「これが……ボクの求めていた平凡で素敵な学園生活だから、かな」
「……め、面倒ごとが多いのに?」
「波風が立たない静かな日々よりは……困難で、笑うしかない日常のほうがボクにとっては幸せってことだよ」
前世ではベッドのうえで、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。20歳まで生きられたらいいな、なんて漠然とした希望しか抱けなかった。
だから、ちゃんと平凡な日常を生きられて嬉しい。
まー、トラブルだらけってのもそれはそれで問題あるけれどさ。
「わ、わからない……」
「うん、ルルミはルルミの考え方があると思うよ」
「そう、なのかな……? あたしもZクラスで学べばそれがわかるのかな……」
「? ルルミは錬金科だったよね?」
「あ。あ、あたしも……普通科のZクラスに編入になっちゃった」
ルルミはちょっとだけ困ったように言った。
…………それはたぶん、ボクの巻き添えになった感じか。
スズランは学科はどこでもよさそうだったが、ルルミは錬金術を学ぶ目的があるのに。
「あ、あたし、どの学科でもやることは変わらないし……師匠が錬金術を直接教えてくれるからどこでも問題ないよ……。そ、そんなに怖い顔しなくて大丈夫だよ……」
ルルミは慌てて両手をふった。
ボク、そんなに怖い顔していたのかな。
「でも……」
「――オリン、ルルミ、気をつけてください」
スズランが警戒したように目尻をあげ、猫の尻尾をゆらしていた。
ボクはそれとなく探知すると、魔術のゆがみがあることに気づく。あー……複数の魔術痕跡があるなあ。
ルルミが不安げにキョロキョロする。
「あ、あの……ど、どうしたの……?」
「先ほどから同じ道を延々と歩いています。何者かによる嫌がらせ……いえ、攻撃なのでしょうね。お二人とも心当たりは?」
ボクも、ルルミも、そしてスズランも心当たりがありまくるような顔をした。
まー、トラブルばかりってのそれはそれで問題あるよね。
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