第11話 入学式がやってきた!
待ちに待った入学式がやってくる。
学生寮の個室。
やわらかいベッドで目覚めたボクは、朝の光を浴びながら気持ちよく背筋を伸ばす。
スズランがやってくる前に朝支度を整えなきゃね。
彼女はなにかとボクをお世話したがるけれど、さすがに学生ににもなったし自分のことは自分でね。頼りになるから甘えたくなるけどさ。
鏡面台に座り、長い銀髪をクシで整えはじめた。
もう愛される容姿になる必要ないけれど、不笑王の容姿とはかけ離れた姿でいるのはよい案だとも思う。
「……落ち着いた朝だなー」
一人だけの個室はせまく感じる。
ほんとなら、共同学生寮で同世代の子たちと一緒に暮らすつもりだった。
今ボクがいるのは貴族がかうような設備が整った寮。完全個室で専用風呂付きだ。
スズランが止めたんだよね。
『いけませんよ、オリン。オリンはもっと自覚すべきです』
『自覚かあ。貴族らしくってのが、どうにも性に合わなくてさ。それにさ、みんなとの共同生活で学べることは多いと思うんだ』
本音はみんなとの青春の日々を楽しむつもりでいた。
しかしスズランが深刻な表情で訂正してきたのだ。
『いえ貴族云々ではなくて、オリンは自分の容姿を自覚すべきなんです』
『??? ボクの容姿???』
『美少女の外見で寝食どころか、お風呂を共にするつもりですか? いたいけな少年たちの性癖がゆがんだら責任をとれるんですー?』
『せいへきがゆがむ』
『オリンのような美少女(男)じゃないと、興奮しなくなったらどうするんですか? 性癖の破壊者になりたいんです?』
『せいへきのはかいしゃ……』
今の容姿はスズランの策略もあってのことなのに。
だけど領民の一部(隠れファン)の熱い視線を思いだして、ボクは素直に完全個室ありの学生寮に通うことにした。不笑王として世界を破滅したいわけでも、美少女(男)として性癖を破壊したいわけでもないのだ。
「よし、完璧ー」
鏡の中では、ゆるふわ銀髪美少女が微笑んでいる。
うん、ボクは男!
男だと意識していないと、たまに自分でも忘れそう!
自分の性別を意識しつつ、学生服にぱりっと着替える。
さあさあ素敵な日々のはじまり……上級生ともめたりしたけども、素敵な日々のはじまりだー。
学生寮前でスズランと会い、いつものように挨拶する。
「おはようー、スズラン」
「おはようございます、オリン」
「今日は入学式だね、これからの学園生活よろしくねー」
「わたしは、いつだってこれからも永遠に貴方の側にいますよ」
スズランは優しく微笑んだ。
あの日、家に侵入してきてからずっと彼女とは友だちだ。無二の親友だと思っているし、ボクもずっと彼女と共にいたいと思っている。
朝の挨拶にしては、ちょっと言葉が重いと思うけどねー。
しかし友だちと一緒に学園に通う日々か。ふふー、前世じゃ考えられないなー。
平凡万歳ーと、ボクたちは並木道を歩いていく。
新入生たちが同じようにいっぱい登校していた。緊張しているのかちょっとキョロキョロしていて、上級生が温かい視線でそれを見守っている。
新入生同士でグループがもうできたみたいで、何人かが集まって談笑していた。
最初のはじまりが大事なんだよね。
前世では季節の変わり目で体調をくずしていたので、遅れて学校に通ったときはとっくに仲良しグループの輪ができていて入る機会がつかめなかった。
今度はそんな失敗しないぞと意気込んでいると、ささやき声が聞こえてくる。
「あの子だよね? 銀髪美少女だし」「あんなに可愛いのに、本当に男なの?」「らしいよー、すんごく強いんだって」「怖い上級生をやっつけたとか」「人は見かけによらないんだねー、いろんな意味でー」
うっ……目立ったせいで噂されている。頬が熱いや。
まあ変な意味で目立ったわけじゃないから大丈夫ー。大丈夫だよね?
お友だち100人計画がとん挫するわけないないと思っていると、またもヒソヒソ話が聞こえてきた。
「な、なにあれ……?」「宗教の勧誘?」「目を向けちゃだめ、声かけられるよ」
なんだなんだと視線をやり、ボクは立ち止まりかけた。
ルルミが並木道でビラを配っていたからだ。
「幸せー、幸せになりませんかー……? あなただけの幸せー……人はいかにして幸福になれるのか探してみませんかー……?」
ルルミはオドオドしながらそう呼びかけていた。
…………前世の繁華街で、似たような人を見かけたなあ。
周りから避けられているし、ボクも一瞬迷ったけど笑顔で声をかけた。
「ルルミー、おはようー」
「あ。オリンさん……スズランさん、おはようー……」
ルルミはへちょりと笑い、てこてこ近づいてきてボクたちに挨拶した。
大事そうに抱えているビラを見ながらボクはたずねる。
「入学式の朝になにをやっているの?」
「え、えっとね……派閥でみんな幸せになれないのなら……みんなが幸せになれる派閥を立ちあげればいいと思ったの……。今は勧誘のためのビラ配り」
幸福至上主義者は幸せそうに言った。
「新しい派閥?」
「う、うん、【幸せを実現するための派閥】だよ……」
「まんまだねー」
ルルミはてへてへと笑う。
正直カルト宗教にしか思えないけど……本気なのはわかる。
だって人形師ルルミは幸せになれると信じて町の住民を人形に作り変えたぐらいだし。
スズランは言葉に困っていたので、ボクがなんとか口をひらく。
「派閥立ち上げもいいけれどさ、入学式に行こうよ」
「で、でも……。幸せ液も散布したいし……」
幸せ液? まあいいか。
「ボク、友だちと一緒に行きたいな」
「友だち……」
ルルミは頬を染めて、ビラをぎゅっと抱きしめた。
ルルミとは魔術工房で友だちになった。あのときスズランの突き刺さるような視線を感じたけれど、ルルミの反応に彼女はとやかく言わなかった。
ちなみにルルミの反応とはこれ。
『あ、あたしに友だちが……? じ、人生初めての友だちが……? あ、あたあた、あたしにお友だちが……?』
そして、彼女はほろほろと泣きはじめた。
ちょっぴり不安要素はあるけれど、友だちがいないさみしさはボクもわかる。
スズランはスズランでなにか誤解したのか、あとで『優秀な部下を探したいのはわかりますけど、相手は選んだほうが』と言ってきたが。
ボクが闇の王になるとでも思っているのだろうか。
なるわけないのになー考えていたら、周りから距離を置かれているのに気づく。
「銀髪の子、幸せちゃんと知り合いなんだ?」「危ない人たちなのかしら」「あの三人の戦いを見た子が『強いけど怖かった』って」「攻撃しながら笑っていたみたいよ」
ボクたちを危険視する声がちらほらと。
…………。
世界を破滅に導こうとした不笑王(未定)。
目的のためならば手段を選ばない傭兵(未定)。
町の人たちを人形に作りかえた人形師(未定)の友だちグループかー。
大丈夫、大丈夫!
未定は未定! 予定は未定!
なんでもない平凡で素敵な日常が待っているさ!
「わ、わたしの占い水晶が突然割れたわ!」「真っ黒いイモリが横切った! なんて不吉な!」「ブーツのひもが切れたぁ⁉」
未来予知なのか、不吉を感じとった生徒たちの悲鳴が聞こえてくる。
大丈夫だと信じているけど……誰かに大丈夫だよーって言ってもらいたい、かなー……。
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