第10話 そして友だち(?)がまた一人

 アークノ魔導学園の地下。


 石造りの通路がアリの巣のように広がっていて、随所にもうけられた螺旋階段には終わりが見えない。通称『地下大迷宮』は元々古代遺跡を改修したものらしく、魔術的な力場が働いているのだとか。一説には奈落に繋がっているとも。


 地下の全貌を把握している人はそういなくて、異世界につながる扉もあるとか。

 ゲームではその設定を利用して、他社とコラボしていたんだよね。


 毎年一人は遭難する場所で、ボクたちは旅行鞄をひきずるように歩いていた。


 カツカツと、石壁に足音が反響する。


 比較的表層だからか壁に魔導の灯りはあるけれど、やっぱりうす暗いや。

 そう思っていると、くしゃ髪の女子が前を歩きながら言った。


「足元……気をつけて。も、もうすぐつくから……」


 決闘のあと、くしゃ髪の女子がお礼をしたいと言うのであとをついてきていた。


 スズランからは入寮をすませたほうがいいと言われたけれど、地下大迷宮を一目見たくて先にこっちに来た。


 もちろん他にも理由がある。

 くしゃ髪の女子、なんでも魔術工房を持っているらしい。


「こ、ここだよ……。ここが、あたしの工房……」


 突き当りを曲がると大きな扉があらわれて、彼女はゆっくりと扉を押す。

 力をたいして入れてなさそうなのに、扉は重厚そうにひらいていく。


「わー、ここが君の魔術工房なんだ!」


 教室一つ分はある広さだった。


 いたるところに実験器具があって、ビーカーやらフラスコやらにはケミカルな色の液体が入っている。ゴーレムでも解体していたのか歯車や部品が散らばっていて、魔術師というより研究者の実験室みたいだった。


 くしゃ髪の女子はなぜか申し訳なさそうに言う。


「う、うん……いつもはここで一人で研究しているの……」

「父上と母上の魔術工房とはちがうなー。あっちはもっと、魔術書や魔法陣とかがいっぱいあったし」

「あ、あたしは……錬金科予定の錬金術師だから……」


 くしゃ髪の女子はひかめに笑った。

 スズランも興味深そうに部屋を眺めたあと、彼女にたずねる。


「立派な工房ですねー……。場所も学園上層から離れていませんし、使いやすそうです。もしかして有名な人なんですか? 先輩」

「せ、先輩じゃないよ。あたしも新入生だよ……」


 くしゃ髪の女子は焦ったように両手をふった。


「新入生ですか? ……新入生がどうして魔術工房を持っているんです?」

「あ、あたし……小さな村で独学で錬金術師をやっていたのだけどね。たまたま旅の錬金術師がやってきて……あ、あたしの腕前を見て、学園を推薦してくれたの。そ、それでね、今お世話になっている先生が学園がはじまるまで暇だろうからって……魔術工房をくれたの……」


 学生の入寮日はまちまちだ。


 遠方の子もいるので、入学式がはじまるまでに学園にやってくればいい。一か月前から学園にきて生活している子がいるらしいけれど……。


 しかし新入生に魔術工房を与えるなんて、この子、かなりの才能なんじゃ。

 ゲームでは見たことない子だけどなあ。って今は過去になるわけだけどね。


「それで……君はどうしてグンターともめていたの?」


 ボクは気になったことを聞いてみた。

 くしゃ髪の女子はおっかなびっくりと答えた。


「ちょ、ちょっと前にね、あ、あの人たちがここにやってきて……。『いい場所にあるな、今日から赤の派閥が使わせもらう』って……」

「乱暴だなあ」

「断ったんだけど……『なら赤の派閥に入れ』って言ってきて……。はあ……」


 くしゃ髪の女子は疲れたようため息を吐いた。


 そもそも赤の派閥がわからないんだよな。学生派閥らしいけれど。

 学園の下調べをしていたスズランに視線をやると、彼女は淡々と答えた。


「学生派閥の一つですねー。【赤の派閥】は魔術の発展のため、しきたりや文化にとらわれず、力のある魔術師を優先的に学ばせるべきだと唱える派閥です。改革派とも呼ばれていますね」

「……力のある魔術師だけね。ほんと乱暴だなあ。他にもあるの?」

「もう一つは【蒼の派閥】です。魔術は危険なものだからこそ、しっかりと厳粛に管理していくべきだと唱える派閥です。ようは保守的な集まりですね」

「うーん……」


 世間には似たような思想の魔術組合はあるけれど、それの真似事?

 にしては学園で大派閥を築いているみたいだ。


 ボクはくしゃ髪の女子を見つめる。


「君は蒼の派閥だから断ったの?」

「あ、あたしは赤でも蒼でもなくて、無所属かな……。どちらかといえば【白の派閥】になると思うのだけど……」

「? 白の派閥ってのは?」

「ま、魔術は自由であるべきって考えている人の集まり……」

「一番平和そうだね」

「お、同じ考えの人は多いと思うよ……? で、でも考え方が考え方だからか、白の派閥のトップの人たちも特に団結するわけじゃなくて……そんなだから風見鶏の派閥とも呼ばれているの……。もし浮動層が流れるとしたら、この派閥だと思うけど……」


 単純な中立ってわけじゃないのか。

 学生派閥にしては思想が凝り固まっているというか、なんだろ、この違和感。


「先生たちはなにも言わないわけ?」


 ボクの疑問にはスズランが答えた。


「各派閥に、教師側もある程度関与しているようですねー」

「なんでさ?」

「アークノ魔導学園は力のある魔術師を輩出します。同じ思想をもつ優秀な魔術師が卒業したら社会に影響を与えるわけでしょう? 教師側があまり止めることはないと思いますよー」

「……どおりで世にある魔術組合と似た思想だよ。政治的だなあ」


 ボクはうへーと眉をひそめた。


 学園生活は学生たちが切磋琢磨しながら、青春の汗と涙を流す場所なのに、大人の都合を混ぜるのはやめて欲しい。全員が全員じゃないとは思うけれども。


 と、スズランの心配そうな視線を感じる。ボクの耳にはあまり入れたくなかったようだ。


「大丈夫大丈夫ー、気にしてない。それよりも君、大変だったね。赤の派閥に入るのを断っただけであんなに怒るなんてさ、乱暴だよねー」

「?」


 くしゃ髪の女子はこてんと首をかたげた。


「ち、ちがうよ……?」

「え? もめた理由はちがうの?」

「うん」

「そういえば、グンターは派閥がどうで怒ってなかったか……」

「えっとね、あ、あの人、ずっと怒っているからじゃないのかなーと思ってね……」


 くしゃ髪の女子は悲しそうに眉をたれさげる。

 その【幸せ】というワードに、ボクはなにかを思い出しかけていた。


「だ、だから、あたし……幸せになれる錬金水を呑ませてあげたの……」

「幸せになれる錬金水? 危険なやつじゃないよね……?」

「あ、あはは、危なくないよ。【一か月間、甘味しか感じなくなる錬金水】だよ」

「い、一か月も⁉ ……な、なんでそんなものを渡したの?」

……」


 くしゃ髪の女子はニッコリと幸せそうに微笑んだ。


 ボクとスズランは目を合わせ、しばし固まっていた。

 冗談とか嫌がらせでもなく、このガチで言っている感。幸せだよねーと信じて疑わない笑みに、ボクはぴーんとくる。


「君のお名前を聞いてもいい……?」

「あ……まだ名乗っていなかったね。あたしはルルミアート=バルンフェズム。知り合いは、ルルミって呼ぶよ……」


 ルルミアート=バルンフェズム。

 やっぱり【人形師ルルミ】か⁉


 幸せのフレーズに聞き覚えがあるはずだよと、ボクは笑顔をひきつらせた。


 人形師ルルミ。人形遣いであり、悪役キャラクターだ。

 幸福の探求者であり、みんなが幸せになれる道を探す錬金術師でもある。


 一見聞こえはいいが、錬金水の件からわかるとおり、彼女の幸福感はズレている。幸せであることをなによりの至上とし、そこにいたるまでの道徳的・合理的・倫理的判断はおおむね無視される。


 そんなルルミは、ゲームで己の体を人形へと作り変えた。

 怪我も老いもしない、テセウスの船なんてしったこっちゃない半永久な幸せを見つけた彼女は、みんなに幸せのおすそわけをする。


 


 アークノファンタジーの本領発揮ともいわれたシナリオであり、最後は主人公の手によって完全破壊されたが……一応ガチャで登場した。


 ただ、やらかしがひどすぎたからか、ルルミの姿をした別個体の設定だった。

 ルルミ本体は、そのシナリオで狂乱の錬金術師として完全死亡する。


 どおりで気づけないはずだよ。

 人形になる前だからビジュアルがちがうもの!


「あの……どうしたの……?」


 ルルミは不安そうに黙ったボクを見つめている。

 ど、どうしよう……。素敵な学園生活のためにも、この子とお近づきになってはいけないとは思うけど……。


「あ、あのさ。ルルミの錬金術について、他の人たちになにか言われない?」

「えーっと、魔術工房を与えてくれた先生も、ここを推薦してくれた人も……あれダメこれダメだってちょっと口うるさいかな……?」


 彼女に魔術工房を与えたのは優秀なのもあるけど、監視するためだね……。


 おそらく、彼女の危険性を知って更生の道を探したんだ。

 だがそれは無為に終わると思う。

 だってゲームでルルミは学園を退学したって話があったし。


「ちょっと窮屈、かなー……。は、派閥も面倒だし……学園やめちゃおうっかな」


 その一言が、ボクの背中を押してしまう。

 在野ざいやに解き放っていけない彼女の手をボクはにぎりしめる。なぜだかスズランの冷たい視線をじりじりと感じた。


「え? な、なになに……ど、どうしたの……?」

「ボクと友だちになって欲しい!」


 ボクがそう言うと、ルルミは目をまん丸とする。

 そして、じんわりと茹ったように顔がどんどんと赤くなっていった。


「あ、あ、あ、あ、あたしなんかと、お友だちに……⁉」

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