Sideグンター:笑顔の片鱗

 グンターは必死で火の魔術を唱えていた。


「くたばれ! くたばれ! くたばれ!」


 拳の連打をくりだすように両手を突き出して、火球を飛ばす。

 無詠唱だが、どれも魔力がしっかりと練られたものだ。だから相殺するにはそれ相応の魔術でなければできないはずだ。


 しかしオリンはロウソク程度の火を指先から飛ばして、相殺してくる。

 火の粉が散るたびに、グンターの顔色は青くなっていた。


「死にやがれえええええええええええ‼‼‼」


 なんの芸もない火炎放射器のような垂れ流しの炎を放つ。

 殺すと叫んでしまうぐらいにグンターに余裕はなかった。


「いいねー、なかなかのライバルっぷりだね」


 オリンは指先をくるりと回して、炎をからめとるように霧散させた。

 なんの邪気もない彼の言葉を、グンターは煽りと受けとめていたが、怒鳴ることでしか威勢をはれずにいた。


「ざ、ざっけんじゃねえぞ! クソボケ‼」


 グンターの余裕のない態度と、オリンのゆるゆるな態度。

 二人の反応に実力差があるのではなくて、たんにグンターが不甲斐なさすぎるのではと思う生徒があらわれはじめた。


「はは、新入生に軽くあしらわれてやんの」「グンター、だっせー」「親のコネで入学しただけの奴なだけあるわ」「炎の三つ首犬フレイムケロべロスも見せかけかー」


 好き勝手に言われて、グンターは炎を観客席に向けるか考えた。


(なわけねぇだろう、クソカスどもめ!)


 イシュタム一族。

 火を主流とする魔術の一派で、分家にいたるまで火の魔術を探求する。グンターも例にもれずイシュタム一族の者として幼いころから探求して、上級魔術の『炎の三つ首犬フレイムケルベロス』を無詠唱できるまでに鍛えあげた。


 その代わりに火特化のアンバランスな魔術師にもなったが、それだけの力と立場を彼は勝ちえた。


 なのに、自分の魔術がまったく通用しないのだ。


「くたばれくたばれくたばれ! 焼けただれちまええええ!」


 鍛えあげた魔術が、まるで無効化される。

 あんなちっぽけな火の魔術でと、グンターは奥歯が割れそうなぐらいに顎をとじた。


 魔術の基本原理は『構成・構築・発現』だ。

 火の構成を知って、イメージで火を構築していき、魔力でこの世界に発現する。


 この原理を反射ともいえるほど脳と体に馴染ませることで、無詠唱魔術が実現できる。鍛錬の果てに、グンター自身が火専用の魔術回路になったといっても過言ではない。


 特化による不便はあるが、単純に火力が向上するので利点は大きい。他の可能性を捨て去ることで得た、圧倒的な力のはずなのだ。


(ちくしょう! 偽痕ぎこん野郎のくせに! どうしてあんな底辺魔術師が!)


 オリンを罵りたいが、形成が逆転するわけでもない。

 負け犬の遠吠えになるのは明々白々だ。


「ちくしょうがああああああああああ!」


 渾身の火炎魔術を放つも、またもかき消される。

 オリンがニコニコしながら近づいてきたので、グンターは思わず後ずさり、後ずさった自分に苛立った。


(オレは赤の派閥だぞ! 特進科で! イシュタム一族で! あ、あんな底辺魔術師……エスキュナーなんぞ田舎の……)


 グンターはそこでニタリと醜悪に笑う。

 自分がいかに特別な人間であるのかを思い出して、冷静になったのだ。


「それで君は、次はどんな術をしかけてくれるの?」


 オリンがやわらかい笑顔で言った。

 この笑顔を屈辱の表情に変えるべく、グンターは卑屈な笑みで告げる。


「へへっ……てめぇ、エスキュナーのものだろ?」

「? うん? そーだけど、それがどうしたの?」

「オレはイシュタム一族だぞ! 田舎の地方貴族がいぎがるんじゃねぇぞ! てめぇの親なんてな! イシュタム一族のオレがちょいと言ってやりゃあ、魔術学会に籍を置けなくなるんだぜ!」

「んー。そうきちゃうか」


 オリンはどこか他人事みたいに笑った。

 効果ありだなと、グンターは追撃する。


「だいたい、そのメイド! ケットシー族だろう! 下賤で汚らしい者を召しかかえるとは家の格が知れるな! 最底辺野郎どもがオレに逆らうんじゃねぇぞ!」


 グンターは言ってやったと思った。


 観客席からしらけた視線も感じたが、あとでイシュタム一族の威光をふりかざして黙らせてやるつもりでいた。


 だけど、あいかわらず笑顔のオリンに、グンターの背筋が凍る。


「ぁ」


 そう漏らしたのはスズランだった。

 彼女は慌てたようにくしゃ髪の女子の手をつかみ、この場から離れようとする。


「え? あ、あの……? まだ戦いは終わっていないんじゃ……?」

「終わったんです。危ないのですぐに離れますよ」


 スズランはこれからなにが起きるのか察したように言った。


 グンターは彼女たちなんて気にせずに、オリンの家族をまた侮辱しようとしたが。


「そっかー。君、ライバルじゃなかったんだ」


 ゆるふわ銀髪美少女に微笑まれる。いや男だが。

 可愛くて素敵な笑顔なはずなのに、グンターはどうしてだか恐怖を感じてしまい、さらに後ずさる。しかしオリンが距離を詰めてきた。


「ま、待て! オレを攻撃すると一族のものが――」

「かまわないよ」

「か、かまわな……? お、お前の親がどうなってもいいのか⁉」

「だって君は敵だよね? 敵ならどんな手段も使ってくるし、なら仕方がないよ。好きにしなよ。ボクも……君の一族と未来永劫戦うことに決めたから」


 なにを言っているのかグンターにはわからなかった。

 一個人がイシュタム一族全員と戦うと言っているのに、そんなのハッタリでしかないのに、どうしてだか本気のスゴみを感じられた。


炎の三つ首犬フレイムケロべロス‼‼‼」


 グンターは反射的に最大火力で唱えていた。


 一切加減なし、死ぬ勢いの火力だ。

 決闘場にしかけられた結界術でダメージが緩和されるのだとしても、対人で使ってはいけない火力のはずだった。


「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 炎の渦から三つの炎柱がオリンに襲いかかる。

 こいつは今ここで確実に倒しておかなければいけないと、グンターは本能で気づきはじめていた。


 なのにだ。


「――これで終わり?」


 三つの炎柱はコントロールを失い、渦ごと向こうにひっぱられる。


 オリンは炎の塊のうえで、足を組んで座っていた。シャーロックホームズハンドで優雅に見下ろしてくる。

 自分が放った魔術が支配権でも奪われでもしたのか、すべて彼に従っていた。


「う、あ……」


 魔術師としてだけじゃない、生物として格上だとグンターは悟る。


 ゆるふわ銀髪美少女のようなオリンが愛らしく微笑みかけてくる。本当に男なのかと疑いたくなるほどの素敵な笑顔。

 グンターはこの笑顔に夢でうなされるようになる。


「あはははははは! さようなら、ボクの敵!」

「や、やめ……オ、オレの負――」


 グンターが負けを告げる前に、炎の三つ首犬フレイムケロべロスが襲いかかる。

 あわや灰にならんと思いきや、その前に炎が霧散した。


「なんだ、敵でもなかったのか」


 オリンは地面に着地して、泡ふいて気絶したグンターを興味なくしたように一瞥した。

 銀髪をふわりとかきあげて、可愛らしくたたずむ彼に歓声がとぶ。


「す、すっげーーー!」「新入生がグンターを倒したぞ!」「あの子、どこ所属⁉⁉⁉」「美少女なのに男ってまじ???」「本当に男なのか⁉ 嘘だと言ってくれよ! 俺、どうにかなっちまうよ!」「けどさ、あの笑顔かわいいけど怖くない???」


 畏怖やら黄色い声援やらがまきおこり、決闘場がもりあがる。


 その中で、静かにたたずむ真っ白な少女がいた。

 真っ白な少女は観客席から、圧倒的な勝利をかざったオリンを見つめる。


「あの子、うちの派閥に引き入れたいわ」

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