第9話 それぞれの実力

 アークノ魔導学園の学生寮近くには、円形闘技場がある。

 床は固すぎず柔らかすぎずな奇妙な場所で、特殊な魔鉱石を加工したものらしく、壊れても再生する修復機能があるとか。


 ここで学生同士が模擬線を行ったりする。

 ソシャゲでいうところの対人要素なんだよね。


 幻影(別ユーザーのパーティー)と戦う場所なのだけれど、幻影機能がまだ実装されてないみたいだ。あれも本編中に実装だった気がする。


 周りには観客席が設けられていて、数十名の学生が集まってきていた。

 彼らは決闘上にいるボクたちを可哀そうな動物のように見つめている。


「新入生がグンターと決闘って本気か?」「相手は女の子じゃないか「それが銀髪の子は男だって!」「男⁉」「あんなに可愛いのに男⁉」「嘘だろう⁉」「男⁉」「ゆるふわ美少女なのに⁉⁉⁉」「盛りあがりどころちがくね⁉」


 ははー、ボクの性別が話題になっているやー。


 男だよ、美少女だけど、男だよ。


 ボクがなんだかなーと肩を落としていると、正面のグンターが鼻で笑う。


「はっ、いまさらビビッても許さねーぞ」

「まあ逃がしてくれる気はなさそうだよね」

「たりめーだ! お前らはここで何百回も痛めつけてやる!」

「結界師がはった術のおかげでダメージが緩和されるんだっけ。負傷しても自動回復リジェネもあるから大怪我はしないんだよね」

「よく知っているじゃねーか、ならお前らの運命もわかんだろ?」


 グンターはサドスティックな笑みを浮かべた。

 取り巻きAとBも釣られるように笑う。


「兄貴、泣いて土下座するなら許しましょうよ」「メイド姿で奉仕させましょうやー」


 それでゲラゲラと笑うのだから困りものだよ。

 んー……友だちは無理かなあ。


 どんな関係をむすぶべきか考えていると、隣のスズランが真顔で告げてくる。


「あの三人を殺していいんですよね?」

「……ダメだよ。というか術のせいで無理だよ」

「残念ですー。ぶさいくな顔が二度と見れずにすむと思いましたのにー」


 スズランは嘲笑した。

 グンターの太い腕が怒りに反応してピクピクと動いた。


「吠えたな? 一生人前にでれねーぐらいぐちゃぐちゃにしてやるよ‼」


 ボクとスズランはさらりと怒気を流していたが、くしゃ髪の女子がひどく怯えたようでガタガタとふるえていた。


「あ、あの……あたし、戦いは得意じゃなくて……」


 くしゃ髪の女子も決闘に巻きこまれていた。

 どうやらグンターは3VS3の模擬戦で、自分に舐めた真似をした奴らがどうなるか見せつけるつもりらしい。


 彼女は逃げたそうにしていたが、グンターの鋭い眼力に動けなくなっていた。


「ひ、ひぃ……」


 彼女を守りながら戦わなきゃな。

 ボクが視線をさえぎるように立つと、グンターは露骨に顔をしかめた。


「ふんっ、どこまでもナイト気取りかよ」

「一応貴族の子弟なので。男の子は女の子を守らなきゃね」

「女みてーな顔でほざきやがる」


 それを言われるとなにも返せないのが悲しい。ああ、そういえばグンターも貴族だって野次馬が言っていたね。今のは挑発とうけとったのかも。


 やっぱりか、グンターは苛立ったように頬をひきつらせる。

 そして臨戦態勢は整えたよなと言わんばかりに告げてきた。


「赤の派閥、特進科のグンター=イシュタムだ。お前らが一生オレの影におびえるように徹底的になぶってやるよ」

「普通科のオリン=エスキュナー。よろしくね」


 イシュタムってのは、えっと、たしか炎使いで有名な一族だったか。

 ボクがそうボンヤリと考えていたから、グンターは「余裕ぶりやがって。……くたばれや、ボケカスが‼‼‼」と怒鳴ってきた。


 それが決闘の合図となる。


 取り巻きAが真っ先にスズランに襲いかかり、紅茶の恨みを晴らしにきた。


「まずはお前だ、クソメイド……ふべぇ⁉⁉⁉」


 取り巻きAは数十メートルも真横に吹っ飛んでいき、決闘場の壁に叩きつけられる。ダメージが緩和されてもかなりの衝撃だったようで、それ一発でがくりと気絶した。


 スズランは蹴りのポーズで優雅に立っている。

 彼女が一蹴したとわかり、会場が沸く。


「い、一発だって⁉」「ダメージ緩和されてアレ⁉」「メイドさんどんなパワーしてんだよ⁉」「下手な強化魔術より圧倒的じゃん!」


 ふふー、スズラン(SSR期間限定)だよ。

 ストーリー攻略、高難易度攻略、対人戦にひっぱりだこだったバランスブレイカーで、将来は悪役キャラ予定だった。だけどもう善なるメイドさんなのだ。


「あら? 腹を突きやぶるつもりで蹴りましたのに、優秀な結界術ですね」


 スズラン? もう悪役キャラじゃないんだよね……?


 彼女の未来を思い悩んでいると、会場がさらに沸く。

 どうしたのかと視線を横にやれば、くしゃ髪の女子が注目を集めていた。


「気分はどう、かな……?」


 取り巻きBがひきつった笑顔で地面で身もだえていた。


「くひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「よかった……幸せそう……」

「ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「うん、あなたの幸せの声……ちゃんと聞こえているよ……」


 くしゃ髪の女子は幸せそうに微笑んでいる。


 え? なに??? 君、強かったの??????

 その人、地面で苦しそうにしているけれど大丈夫???


「あ、あの子なにをしたの……?」「わからん……怖い……」「な、なんか煙を吹きかけていたみたいだけど……」「錬金科の生徒だったわけ?」


 観客たちもあの子の異様さに動揺しているようだ。


 もしや、ただならぬものだったか……?

 余計なことに首をつっこんでしまったのかと考えていると、グンターがいまいましげに舌打ちした。


「ちっ! つかえねぇ奴らだぜ!」

「あのさ、もうやめるー?」

「なわけねーだろうが! カスどもがいなくても、オレ一人いれば十分なんだよ!」


 グンターは威勢よく言った。

 スズランの強さをしってなお強気でいるってことは、魔術によほど自信があるのだろう。あのイシュタム家だし。


「オレはイシュタム一族だぞ! いつまでも余裕ぶっこいられると思うな!」


 グンターは殺意をにじませるようにボクたちをにらみつけ、魔力を練るように腰をこする。あの動作は腰に痕があるからだと思う。


 そして両手をバッと突き出してきた。


炎の三つ首犬フレイムケルベロス‼‼‼」


 グンターの頭上に、炎が渦をまくようにズモモモとあらわれる。

 炎の渦からは炎柱がプロミネンスのように三つもほとばしり、今にも襲いかかってきそうな勢いで燃え盛っている。


 炎に魔力を相当練りこんだのか、観客席にまで熱気が伝わっているようだ。


「あっっっつ⁉」「フレイムケルベロスを無詠唱⁉⁉⁉」「新入生相手になにしてんの⁉」「加減もわからねーのかよ‼」


 みんなの怖れが炎の熱と一緒に伝わってくる。


 炎の三つ首犬フレイムケロべロスか、懐かしいなー。

 炎の上級魔術で、炎の柱に追尾機能があるからすごく使いやすいんだよね。ゲームでも使えるキャラクターは高等レアのキャラだけだった。


 それを無詠唱で唱えてきたってことは、グンターは幼いころからかなりの鍛錬を積んできたのだと思う。そういった背景のある人なんだな。だったら。


「くたばりやがれええええええええええ!」


 グンターは制止の声なんてお構いなしに術を放ってきた。

 炎の渦から炎柱が三つ、分かれて飛んでくる。それぞれボクとスズランとくしゃ髪の女子に襲いかかってきた。


 くしゃ髪の女子は恐怖でか固まっていた。

 スズランは退屈そうに立っている。


 どうやらボクに任せてくれるみたいだ。それなら遠慮なくと、人差し指と親指と中指に小さな炎をともす。


「てい」


 デコピンする要領で、小さな炎を指から三つ放つ。

 小さな炎は迫りくる炎の柱とぶつかり、相殺される。火花が蛍みたいに散っていき、サウナみたいな熱気があたりにむわりと広がった。


 きらびやかな光景に誰もが息を呑む中、グンターが愕然としていた。


「お、お前、いったいなにをしやがった……⁉」


 現実を受けとめてきれないような表情に、ボクは微笑みかける。


 よーし、グンターとの関係性は決めたぞ。


「それじゃあ戦おうか、ライバルらしくね」

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