第8話 学園もので一番最初にやること
「ここがアークノ魔導学園!」
アークノ魔導学園の中央並木道。
ボクは旅行鞄をひきずりながら笑顔でそう叫んでいた。
中央並木道の向こうには巨大な時計塔が見える。時計塔を中心にして、趣のある校舎が波紋みたいに広がっていた。
空から見ると、超巨大なペンダゴンみたいな場所なんだよね。
校舎は学科ごとで区分されていて、もちろん学生寮も存在する。グラウンドや円形闘技場なんかも存在したりして魔導を磨くにはもってこいの場所。
超巨大な敷地だが、実は地下にも施設がたくさんある。
むしろそっちがメインだったりする。
本格的に魔術を磨くためには自分のための工房が必要だ。エスキュナーの屋敷にも父上母上専用の工房があって、ボクですらなかなか入らせてくれなかったぐらいだ。そういった魔術師のための部屋が、地下でアリの巣みたいに広がっているわけだ。
ここが将来、主人公(プレイヤー名)が通う場所。
まだまだ先のことだが世界情勢が不安定になったとき学園が浮遊して、学生主体の同盟軍の拠点にもなる場所だ。
まあ、ボクには関係のない話だ。
そもそもラスボスにならなきゃいいわけだし。
「うへへー! ずーっと待ち望んだ学園生活のはっじまりー!」
ボクはくるくるとその場で回る。
アークノ魔導学園は魔術の素質がある人なら誰でも通える。
つまり、いろんな人が集まるわけだ。もしかしたらゲームのキャラクターの若いときと友だちになったりしてねー。スズランがそうだしー。
「見て見て、あの可愛い子。新入生かな?」「わー、すっごく可愛いー」「ふふっ、初々しくて素敵ねー」
上級生らしき女子たちに噂され、ボクは恥ずかしくなった。
女子だって勘違いもされているし、男用の制服を着ているのにどうして。
「気がすみましたか? オリン」
スズランが朗らかに笑っていた。
「……あ、あのさ! 入寮までまだ時間があるし、少し見学していいかな?」
「仕方ないですねー。ちょっぴりとだけですよ?」
スズランもワクワクしているのか尻尾が立っていた。
というわけで、二人してふらふらーと学園を歩いていく。
わー、なっつかしー。
というかゲームでしか知らないんだけどね。
アークノ学園は主人公が生徒会に参加したあと、箱庭育成型マップが解放される。生徒会予算で各部活や学科に介入していき、資金やら素材やらを得るわけだ。
あの妙ちくりんな銅像ってたまにガチャチケがでるやつだっけ?
あれは購買部? ゲームどおりに素材が売っているのかなー。
懐かしくて新鮮な学園の空気を味わいながら散歩する。
これからクラスメイトとの素敵でキラキラした日々を想像していると、学生寮の通りで人だかりができていた。
なんだろーと、スズランと一緒に野次馬化する。
人だかりの向こうでは、女子が男子三人にからまれていた。
ガタイのいい上級生らしき男子が女子の胸倉をつかんでいる。
「てめえ‼ よくもオレにふざけたものをよこしやがったな⁉」
「え? き、効き目はありましたよね……?」
くしゃ髪の女子はおどおどしながら言った。
「は⁉ バカにしてんのか⁉ あんな失敗品をよこしやがって!」
「そ、そんな失敗品だなんて……。あ、あたしは……幸せになれると思って……」
「頭が湧いているのかテメェ⁉ ぶち殺すぞ‼」
「あー、兄貴を怒らせちまった」「お前、二度と学園の表通りを歩けないぜ」
取り巻きAとBが、くしゃ髪の女子を脅した。
くしゃ髪の女子はボクと同じぐらいの年齢か。
幼い顔つきで可愛らしいのだが、眠たいのかクマができていて不健康そう。ちょっと小柄なわりには女性的な体つきだ。脅されているのもあるだろうけれど、おどおどして陰気な雰囲気が全身からただよっていた。
うーん、いかにもな連中だなあ。
断片的な話を聞くかぎり、ガタイのいい男子がくしゃ髪の女子を脅してアイテムでも作らせたのかな?
誰も止めないなーとも思っていると、近くの男子たちがヒソヒソ話をしていた。
「おい、誰か止めにいけって……」
「無理だって。あいつ【赤の派閥】のグンターだろう? 親は貴族だし、上の奴らの覚えがいいって話だぜ」
赤の派閥ってなに?
ボクが疑問に思っていると、学園を下調べしていたスズランが告げた。
「学園では学生派閥ができているようです」
「へー?」
ゲームではそんなのなかったなあ。
ゲーム本編の過去なわけだし、事情がちがうのかも。
「……素敵じゃないものに、がっかりされましたか?」
スズランがちょっと心配そうに言った。
「まさか。素敵な学園生活にはトラブルがつきものだよ。それを乗りこえていくことで青春はより輝くものだ。いや、輝かせるものなんだ」
ボクがよく知りもしないのに得意げに言うと、スズランが苦笑した。
「……あれもその内のトラブルなんですー?」
「もちろんさ。あの上級生っぽい人とライバル関係になるかもしれないよ」
「それがオリンの素敵な日常ですか」
「うん。困っている女の子を放っておけない……ってのも、日常の内にあるよ」
ボクが微笑むと、スズランは「かしこまりました」と頭をさげた。
というわけで女の子を助けるため、人垣を避けながら彼らに近づいて行く。
「この陰気クソ女が‼」
「きゃっ⁉」
グンターがくしゃ髪の女子をつきとばす。
ボクは背後から優しく抱きとめてあげた。
「大丈夫?」
「は、はい、あ、ありがとうございます」
くしゃ髪の女子は恐縮そうに言った。
真正面からグンターの敵意ビンビンな視線を感じる。
「なんだ女? オレになにか文句でもあんのか?」
「兄貴は女にも容赦ないぜー」「痛い思いしたくねーならひっこんでなー」
それは自慢げに言うことではないと思うけど。
ボクは一応、彼らの勘違いを正すことにした。
「ボクは男だよ」
周りのざわざわがドヨドヨに変わった。
ボクの全身をくまなく見つめる視線をあちこちから感じる……。
「あの子が男……?」「うそ、あんなにキレイで可愛いのに???」「た、たしかに男の制服を着ているけど」「性自認のデリケートなお話???」「あの子は男だよ。オレ、その道のプロだから骨格を見たらわかるよ」
その道のプロがまぎれていたおかげで、ボクが男だとわかってくれたようだ。
その道のプロ??? まあいいか……。
取り巻きたちもボクの性別に混乱していたようだが、グンターはちがった。
「男でも女でも関係ねーんだよ! てめぇ、赤の派閥のグンター様に逆らうってのか⁉」
「んー。ボク、赤の派閥もグンターもしらないんだよね」
「まともな学園生活を送りたいならでしゃばんなっつってんだ! ボケ!」
「まあまあ、とりあえずボクとお茶しない? 怒ってばかりじゃ疲れるだろうし、ゆっくりとお話ししようじゃないか」
ボクが呑気にそう言うと、グンターは額に青筋を浮かべた。
と、取り巻きAが「こいつ、
グンターはボクの手の甲を見るとにったり笑う。
「なんだお前、偽痕を手に刻んだのか?」
「まあね」
「……くはははは! 偽痕がなけりゃあ魔術の使えないカスがこの学園にきたのかよ‼ この学園にくればマトモな魔術師になれるとでも思ったか⁉ なれねーよ! お前みたいな落ちこぼれはオレのようなエリート魔術師の足元で這いつくばってやがれ!」
グンターと取り巻きたちは、げらげらと笑い出す。
周りからはいたたまれない視線を感じた。
……偽痕を刻んだときに、ある程度は覚悟していたがこんなにもか。
不笑王オリン=エスキュナーが辿った道を少しだけ理解してしまう。
さてどうするかなと、と考えていたときだった。
スズランが旅行鞄から魔法瓶(文字通り魔法のかかったビン。保温機能あり)を取りだし、三人に中身をばっさーとぶっかけた。
「「「うあああああああっーーーーーーーーーーーーつ⁉⁉⁉」」」
あ……。あつあつの紅茶がはいっていたやつ……。
地面でのたうち回った三人に、スズランは悪役っぽく笑う。
「あはははははは! オリン様とのお茶を断るとは、なんて失礼な方でしょう! 地面で這いつくばりながらお茶の味を存分に味わってくださいませ!」
や、やりすぎじゃないかなー……。
スズランは成敗完了したとばかりに……いや、のこりの紅茶もあますことなくぶっかっけてる……。
スズラン、もう悪役キャラじゃないんだよね……?
グンターがうめきながらボクたちを睨みつける。
「て、てめぇえああ! 茶はいただいたぞゴラああ! 決闘場にきやがれ!」
おー、学園ものらしく決闘でケリをつける気なんだ。
こっちとしては十分以上にやり返した気もするけど……まあ断わる空気じゃないよね……。
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