第6話 これが思い描いた理想の姿!

 ちょっぴりだけ日にちが立つ。

 ボクの自室まで朝食を持ってきたのは、とても可愛いメイドさんだった。


「――おはようございます、オリン」

「うん、おはよう。スズラン」


 挨拶を返すと、スズランは恥ずかしそうに顔をそむけながらテーブルに朝食を置いた。まだ慣れていないようだ。

 清楚なメイド服とツンとした雰囲気が合わさって可愛いと思う。


 あのあと、スズランはエスキュナー家で働くことになった。

 いくあてもないと本人が言ったので、それならとボクが提案したのだ。


 もちろん、ひと悶着が起きた。

 使用人たちはカンカンに怒っていたし、父上母上が帰ってくるまでなだめるのに苦労した。父上母上も事情を聞いて大反対だったし、ボクはもう説得は無理かもしれないと思ったぐらいだった。


 すると、大人しくしていたスズランが両親の前でひざまずいた。


『裏切りのケットシー族が召し使えるのは体面が悪うございます。わたしの耳と尻尾をお斬りください。それが服従の証となりましょう』


 スズランの覚悟を察したのか、さすがに父上も押し黙る。

 ボクがあたわたしていると、母上が冷たい瞳でたずねた。


『貴方がそこまでする理由はなんですか?』

『オリン様のお側にいたいからです』

『……あら? あらあら、まあまあ』


 よくわからないけれど、母上はその返答に思うところがあったらしい。

 お試し期間ということで使用人の仕事を覚えてもらいつつ、護衛として雇われた。


 ぶっちゃけ、スズランはまだ子供でも戦闘力は使用人よりはるかに上。そして気心の知れた友だちがボクの側にいてもいいと考えたのかもしれない。


 仕事の覚えもはやいらしく、すぐに馴染むと思う。

『オリン様』とだけは呼ばないようにお願いはした。


「だけどボク、すごく焦ったよ」

「なにがです?」

「耳と尻尾を斬ってもいいなんて……。覚悟は伝わったかもしれないけど、本気で斬るはめになったかもじゃないか」

「そうなると、オリンと同じ姿になれますねー」


 スズランはさらりと言いのけた。

 はは、冗談、冗談なんだよね……? 


「ボ、ボクは耳と尻尾のあるスズランが好きだな」

「はい、わたしも今の自分がだーい好きです」


 スズランは嬉しそうに猫耳をピコピコと動かした。


 ……この話題を掘り下げないほうがいいのかな。対人経験が低すぎてわからない。

 とりあえず、さしあたりボクの目標を伝えようかな。


「スズラン、ボクの目標を伝えるね」

「はい」


 スズランはかしこまったように背筋を伸ばす。

 そんな彼女にボクは大艦隊を指揮する艦長みたいに粛々と告げた。


「ボクは成長したらアークノ魔導学園に入学する」

「なるほどー、あの学園は魔導の高みを目指すものが集まりますものね」

「うん! いろんな人が集まるんだよね!」

「王族貴族の子弟もいますからね。わたしも警備をかいくぐって、彼らをうまく利用できないか考えたものです」


 その未来はたしかにあったけども。

 ゲームでは生徒を誘拐しようとしていたものな。主人公にバレたけど。


 今の君は悪役キャラではないことを伝えておかねば。


「そんなことはしなくていいよ」

「別の任務があるんです?」

「……任務? スズランも一緒に入学できるよう手配はするけれど……」

「わたしは裏で情報を集めろと。さすがですねー。適材適所だと思いますよ」

「いや? 一緒に素敵な学園生活をおくって欲しいのだけど……」


 スズランが困惑した表情を浮かべる。

 躊躇うような表情をみせたあと、ボクにたずねてきた。


「いずれ世界を支配するための地盤固めに行くのでは?」

「スズランはボクをなんだと思っているの?」


 闇の王だとでも思っているのか。


 不笑王オリン=エスキュナーの未来はボク自らが否定した。

 すべての終わりを継げる聖痕がこの身に宿ってはいるが、吹聴する気はない。うまく隠す方法も考えているぐらいだぞ。


「わかりました。心変わりしたらおっしゃってくださいねー?」

「ボクに闇堕ちして欲しいのかい……?」


 世界を破滅に導くかもしれないのに。そうならないけれども。

 スズランは納得してないようだが、ボクが素敵な日常を送りたいことはわかったようだ。


「そんなわけでね、スズランにはボクを鍛えてもらいたくてさ」

「? 多少魔術の心得はありますけど、オリンの役には立ちませんよー」

「肉体のほうだよ。ボク、筋肉ムッキムキになりたいからさ」

「オリンが……筋肉ムッキムキに……?」


 スズランは想像したのか、なんだかイヤそうな顔をした。

 マッスルボディな男は苦手なのかな。


「学園生活に筋肉は必要なんです?」

「必要だよ! 素敵な日々をおくるためにはね、筋力筋力、そして筋力が必要なんだ!」


 ボクはニコニコ笑顔で言った。


「オリンがマッチョに憧れているだけなのはわかりました」

「うっ……。だってさ! マッスルボディはずっと憧れだったんだよ! 鍛えた二の腕や背中でみんなの注目を浴びてさ! 白い歯をかがやかせながら青春の汗を流すわけ! きっと友だちがたくさんできるし、女の子からもモテモテ――」

「モテたいんです?」


 もちろん、だなんて言えなかった。


 スズランは静かに微笑んでいた。

 なのにどうしてだか、母上が父上にブチぎれているときと同じ表情に見えてしまい、ボクは言葉をにごした。


「た、たとえ話だよ。筋肉に憧れているのは本当だけど……」

「よかったですー」


 なにがよかったんだろう。女の子怖い。女の子わからない。

 ボクがたじたじになっていると、スズランは嘆息吐く。


「はあ……わかりました。そういうことでしたら、ちょっぴり力を貸しましょう」

「ホ、ホント⁉」

「わたしの言うことは素直に聞くこと。厳しくしますが、よろしいですか?」

「もちろん! よろしく頼むよ!」


 ボクの情熱的なまなざしを、スズランはさわやかな笑顔で返してきた。


 ――この日から、素敵な学園生活に向けての特訓がはじまる。

 理想のボクになーれ大改造計画がはじまった。


「オリン、動きの基本は体幹です。くびれができるまで鍛えますよ」

「は、はい! 先生!」

「オリン、身体づくりはまず食事から。お肌にいいものを優先的にとりましょう」

「りょ、りょうかい!」

「オリン、よき睡眠はよき成長につながります。快眠をこころがけましょう。不規則な生活で荒れた肌なんてもってのほかです」

「かしこまり!」

「がんばってください。オリンはとってもきれいな容姿なんですからね。さらに素敵になりましょうー」


 ボクはスズランの指示を素直に従っていく。

 なかなか体力は向上しなかったけれど、これもすべて素敵な自分になるためだと努力を重ねていった。


「オリン、髪を洗ったあとはちゃんと乾かす。きれいな髪です。髪質には気をつけること」

「オリン、日差しが強いは日焼けに気をつけること。シミ一つつけてはいけませんよ」

「オリン、清潔感をもっと意識しましょう。眉を整えたり……瞳がぱっちりと映えるようにまつ毛も手入れしましょうか。貴方の瞳の輝きはどんな人をも惹きつけますよ」

「オリン、髪を伸ばしましょう。人気者になれますよ」

「オリン、自分が一番きれいに見える適性体重を探すのです」

「オリン。オリン。オリン――」


 ――

 ―――――

 ――――――――


 そうして月日が流れて、14歳の春。

 成長したボクは、自室の鏡の前に可憐に立つ。


 アークノ魔導学園の制服に袖をとおして、理想の姿になったボクを見つめた。


「これが思い描いた理想のボク!」


 そこには【ふわふわ銀髪☆超☆美少女】になったボクが映っていた。


 …………どうして?


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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 幼少期が終わり、次回から学園編がはじまっていきます!

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