第5話 はじめてのおともだち?

 沼地から離れて森に戻る。

 大樹の枝に、スズランと一緒に腰をかけていた。


 翡翠色の風景をながめながら、すずしい風を感じる。もぎとった果物を二人して食べていると青春の味がした。


 これはもう友だちだよね!


 そうニヨニヨしていると、果物を食べ終えた猫娘がしらーっとした視線を送ってくる。


「なにを笑っているんです? 変な人」

「友だちとの時間を過ごしているんだなーって実感しちゃって」

「わたしは友だちになった覚えはありません」


 猫娘は突き放すように言った。

 距離感が近くなったと思うのに友だちではないらいし。友だちむずかしい。目が合った瞬間に友だち認定しちゃあダメなのか。


「…………どうして、わたしと友だちになりたいんです?」


 猫娘は静かな表情で地平線を見つめていた。

 ボクを完全に拒絶しているわけじゃないとは思うのだけど。


「おかしい?」

「わたし、屋敷に侵入した泥棒猫ですよー? 場所が場所なら首を斬られてもおかしくないです」

「斬らないよ」

「貴方はそうなのでしょうね。どうしてです?」


 猫娘は理解できなさそうに眉をひそめた。

 ボクが純粋に友だちになりたがっているとは信じてくれたようだ。


 そんなに変なことだったのかな。あまりにも突拍子がなさすぎたのか。

 うーん、どう答えればいいのか。対人経験なんてゼロに等しいし、もう素直に話そう。


「ボクとさ、対等に接してくれると思ったんだ」


 猫娘がまばたきする。


「対等? わたしと貴方がですか?」

「なんでもハッキリと言ってくれて、遠慮なんかなくてさ。それが友だちかなって」

「そういうものなんです?」

「わかんない。ずーっといたことなかったし。君は?」

「わたしだって一人もいませんよ」


 猫娘は友だちなんて興味なさそうな顔でいた。

 ちょっとだけ素直になってくれたみたいだ。だったら聞いてみようかな。


「あのさ、魔術を使えないボクの顔を見にきたって言ったじゃん」

「……ええ。エスキュナー家の一人息子がぜんぜん魔術が使えなくて、ずーっと屋敷に篭っていると聞きまして。どんな顔をしているのか見てやろうと」

「仲間がいると思った?」

「はい?」


 予想外のところを突かれたのか、猫娘はきょとんとした顔で首をかたげた。

 ボクは感じたことを口にする。


「ボクもずっと一人だったからさ、そうじゃないかって」

「わたしがどう思っていたと?」

「寂しくて寂しく寂しくて、己の境遇を嘆いて呪って……そんなとき、自分と同じように世界に不満をもっていそうな子がいたら一度話をしてみたいって思うんだ」

「そんなわけありません」


 猫娘は否定するようにキッパリと言って、ボクから顔をそらす。

 ボクはそのままじーっと見つめてやる。しばらく無言の時間を楽しんでいると、彼女は観念したように息を吐く。


「はあ……そういう感情はありました」


 素直で、寂しそうな表情を見せてくれた。


「当たりー」

「当たりー、じゃありませんよー? デリカシーのない人」


 不貞腐れた猫娘に、ボクは苦笑する。

 それから心の底からそうでありたいと願いながら彼女に言った。


「だからさ、ボクは君と友だちになりたい。同じ寂しさを知っている君と」


 猫娘は呆れたように言う。


「あのですね、わたしは嫌われ者のケットシー族ですよ?」

「関係ないよ」

「死霊によくつきまとわれますし」

「ボクが守ってあげる」

「わ、わたし……猫の耳とか尻尾とかあるから不気味ですし……」

「すごく可愛いと思う」


 ほんとうに可愛いと思う。というかご褒美だと思う。

 この世界で獣人の容姿がどう思われているかわからないけれど、前世では猫耳と尻尾なんてケモ好き検定初級レベルだ。


「あぅ……」


 猫娘は口をあわあわと動かしたあと、背中を丸めて黙りこんでしまう。

 感情を押し殺すように唇をへの字にして。なにかを耐えているのか、だんだんと顔が赤くなっていた。

 彼女の熱がこっちにまで伝わってきそうなほど真っ赤っか。


 どうしたのかなーと思っていると、猫娘がゆっくりと口をひらく。


「お、お友だち……ちょ、ちょっぴりと、か、考えなくも……ないですけどぅ?」


 ちょっと声が裏返っているのがおかしくて笑ってしまう。


「あはは」

「な、なんです? 笑わないでくれません?」

「ごめんごめん」


 ボクはまっすぐに彼女を見つめながら自己紹介する。


「知っていると思うけど、ボクはオリン=エスキュナー。君の名前は?」

「わたしは、スズラン。スズランと呼んでくださいませ」


 …………スズラン?


「ケットシー族のスズラン?」

「そうですけれど……わたし、有名なんです?」

「あ……や……」


 スズラン……スズラン。SSRスズラン(期間限定)?

 ゲーム中、猛威をふるったあのスズランか⁉⁉⁉


 名前がたまたま一緒……いや面影があるや。黒髪で、しゃべりかた方も同じだし。


 スズラン。アークノファンタジーの悪役キャラだ。

 口癖は『ちょっぴり』と。


 自分以外は信じない一匹狼(猫?)の傭兵で、目的のためならば手段をえらばず何度も主人公(プレイヤー)と激突した。

 序盤はスズランの圧倒的な戦闘力を前に、主人公はぜんぜん勝てなかったのだけれど、成長していくにつれてライバル関係になる。


 彼女の孤独に主人公も気づいていき、心の交流も重ねるようになるんだよね。

 だけど、とある章の最後でスズランは主人公をかばって死んでしまう。


 ……なのだが、人気があったのか、最初から予定だったのか。

 死霊術と適性の高かった彼女は、ゾンビ化して復活。


 SSRスズラン(期間限定)として、ものすごい勢いでガチャが回った。


 因縁の悪役キャラが仲間にってのもあるし、なによりゲームバランスが崩壊しかけるほど強かった。『スズラン前と後でゲームがちがう』と呼ばれるほど。SNS公式アカウントも炎上して、いやそれはいいが、いや炎上はよくないが。


「どうされました?」


 スズランが心配そうにボクを見つめてくる。

 ゲームでは経緯が経緯だからか、スズランは顔や態度にはでないのだが主人公を慕うようになった。

 それはもう、鉄すら溶解しそうなほどの恋慕の感情を抱くようになる。


 プレイヤーたちの彼女の評価はだいたいこんな感じ。


『隠れ超ヤンデレ』

『湿度1000%の女』

『主人公に見限られたらすぐにでも命を絶ちそうな子』

『愛情がもはやマグマ』


 と、怖いぐらいに一途な女の子。

 そういった女の子が好きなプレイヤーの心はつかんだが。


「あの……やっぱり、わ、わたしとは……」


 スズランが悲しそうに目を伏せたので、ボクは手を握ってあげる。

 友だち同士の握手をしながら笑顔で言った。


「これからよろしくね! スズラン!」


 スズランはそれで安心したのか微笑む。

 ボクの手の甲を、指でかりかりと優しく掻きながら告げてきた。


「……後悔しないでくださいね?」


 それは少女と思えないぐらい妖艶な笑みで。


 うん、スズランとはそんな関係にはならないさ!

 だって、友だちだもの!

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