第4話 闇の資質
「ボクと友だちになろうよ」
ボクが笑顔でそう言うと、猫娘は『はーん?』といった表情になる。
そんな顔もしたくなろう。だが本気の本気なのだ。
「さしあたり君とお茶をしたいんだけど……どう?」
「どうと言われましても、わたし、貴方の風魔術に捕まっているわけで。そんな状態で友だちなんて言われても脅迫にしか聞こえません」
猫娘は空中でふよふよ浮きながら言った。
たしかに!
友だちは信頼のうえで成り立つものだって、前世からいまだ友だちゼロ(蛇には逃げられた)だけど知っている。だって漫画にそう描いていたし。
「ごめんごめん、すぐに解除するね」
ボクが風魔術を解除すると、猫娘はくるりと床におりる。
そしてぴょいーんと飛び跳ねて、窓の
「お馬鹿さん。それではもう二度とお会いしませんように」
猫娘は小馬鹿にしたように笑って、窓から去っていく。
ボクが呆然と立っていると、メイドが心苦しそうに声をかけてくる。
「あ、あの、オリン様……」
「今日は帰りが遅くなるかも」
「は?」
「友だちとの鬼ごっこ、一度でやってみたかったんだ」
「おにごっこ? オ、オリン様⁉ オリン様どこに⁉」
風をまとい、ボクはワクワクしながら窓から飛びだす。
使用人の制止たちの声が聞こえてきた。きちんと説得したいところだけど、エスキュナー屋敷の周りは森だ。早く探さないと逃げられちゃう。
あんな楽しそうな子を見逃すわけにはいかないよな。
「風の声よ、あの子の気配を教えておくれ」
風の声に耳を澄ます。
森のさざめきが聞こえてきて、その中に枝の折れる音があった。
北北西に高速移動する物体あり!
ボクは地面をすべるようにして、ばびゅーんと高速で追いかけていく。
「とーもーだーちー!」
森の中に弾丸のように突入する。
風バリアで枝をバッキバキに折りながら音のする方角に向かう。
よし! 猫娘発見!
「ちょ⁉ 追いかけてきたんですか⁉」
猫娘は木の上を飛び跳ねながら高速移動している。
地面ですべるように追いかけてくるボクを、信じられなさそうに見つめてきた。
「君とまだおしゃべりしてないからねー」
「わたしは話すことなんてありません!」
「わかってる。仲を深めてから、だよね。まずは友だちらしく追いかけっこしよう」
「勝手に友だち認定しないでくれません⁉」
猫娘はすごくイヤそうな顔をした。
もしかして距離感を間違えたかな……同世代の友だちなんていなかったしな……。
「待ってよー、お話しよー。適切な距離を守るからさー」
「すでに守っていないに等しいんですよ! ううぅ……ふりきれません!」
猫娘がシュンッと姿を消したので、ボクは急停止する。
風の声を聞くかぎり、周囲を高速で移動しているけれど……ダメだ。速すぎて正確な位置がわからない。
魔術が使えても、ボクはひ弱な男子なのは変わりないんだな。
あの子の身体能力が優れているってのもあるんだろうけどさ。
「しつこい貴方が悪いんですからね! ちょっぴり怪我をしてもらいますから!」
どこからか声がする。
「かまわないよ、それでこそ遊び甲斐がある」
「……言いましたね!」
投石が勢いよく飛んでくる。
身にまとわせていた風がオートで石を掴んだ。
ヒュンヒュンヒュンと四方八方から次々に石が飛んできたので、ぜーんぶボクの周りで漂いながら停止した。
む。困ったな。風防術はオート操作だから細かい動作ができない。
周りにどんどんと石が溜まって視界も悪くなっているけれど、今解除すると投石に当たりそうだしな。筋肉痛もひどいし。
「ご立派な風魔術ですが細かい操作はできないようですね!」
「だねー。でも風だけじゃあないんだ」
飛んできた石を風バリアじゃなくて土壁でふせぐ。
畳サイズの土壁がガゴンッと石を防いでくれたけど……イメージした土壁じゃないや。キレイな土壁じゃなくて、ボロボロで不格好。
風とちがって土の魔術が扱いにくい。どうにもイメージを固めきれてないや。
「……理解は支配か」
風魔術はエスキュナー家が得意としているからか知識が豊富だ。
でも土魔術は魔術書で呼んだぐらいで不勉強もいいところ。土の構成・成分・なんにもわかっていない。だからイメージがしにくいんだ。
『すべての終わりを継げる聖痕』はすべての魔術を支配するが、万能ではないってことか。
けっきょくのところ学びは必要か。
「なにをブツブツと言っているんです! ずいぶん余裕ですね!」
「ごめんごめん、今度はボクの番だからね」
どこからか息を呑むような声がした。
んー……あの子を怪我させずにこの状況をなんとかする方法は……これだ。
「
術名を適当に唱えて、大地を震動させる。
小規模な地震だ。ただゆれ幅が大きく、ボクは地面から浮いていたので影響はないけど、木で飛び跳ねているあの子には大変だろう。
「っ~~~! なんなんですか、貴方はーーー!」
猫娘は地面に飛びおりて、ふらつきながらも駆けていく。
この振動でも走れちゃうか。体幹すごいなあ。獣人だからってわけじゃないよな、たぶんあの子が特別なんだ。
風防術を一旦解除して石をすべて落としおき、ボクは追いかけた。
「まってー、ボクと友だちになろうー。おしゃべりしよー」
「きゃ、きゃーーーーー! こっちに来ないでください!」
ふふっ、鬼ごっこ感があって楽しいなー。
人としてちょっと間違っている感もあるけれどー。
そうこうしているあいだに森を抜け、沼地にでる。
沼地は湿気がジメジメとしていて、足元がひどくぬかるんでいるのがわかる。簡単に足をとられそうなのに猫娘は平気で走っていた。
「おーい! この沼地は危ないよー!」
ボクが浮遊しながらそう呼びかけても、猫娘は立ち止まる気配がない。
「ふんっ、お貴族さまは泥まみれになるのがイヤなようですね!」
「ボクは気にしないけど、母上は怒るかなー」
「汚れるのがイヤなら追いかけてこないでください!」
「いやこの沼地さ、死霊がたまに湧くから近づくなって父上が言っていた場所で――」
そう説明しようとしたときだった。
大気中の圧が高まったかと思うと、全身に悪寒がはしる。手足がぷるぷると震えて、高熱時の気だるさが全身をかけめぐった。
猫娘も同じなのか泥に滑るようにコケてしまっていた。
うおおお⁉ なんぞーーー⁉⁉⁉
『あたしの目……あたしの耳……あたしの唇はどこ……?』
おぞましい声がする。
すると沼地がぽこぽこと泡立つように涌いたかと思うと、頭のない汚れたウエディングドレス姿の女が這い出るようにあらわれた。
『あたしの頭はどこ……?』
いかにも上位の死霊ーーー⁉
猫娘もボクと同じようにガタガタとふるえて逃げようとしない。ボクは慌てて彼女に近づいて、手を差し伸べた。
「ほら手をつかんで! 飛んで逃げるから!」
猫娘はボクの顔と手を交互に見つめたあと、目をそらした。
「放っておいてください」
「おけるわけないじゃん」
「アレはわたしに用があるんです。わたしがどうにかします」
「? どうゆうこと?」
「ケットシー族は嫌われもの。わたし、死霊に特に嫌われているようでよく湧くんですよ」
霊媒体質ってことなのか?
猫娘は心底どうでもよさそうに告げる。
「はあ……わたしといると面倒ですよ。お友だち探しは他で当たってください」
「……君はどうするつもり?」
「いつものように、アレからも貴方からも逃げるだけですよ」
その横顔は本当にどうでもよさそうで、どうしようもなく寂しそうで。
ああ、ボクはこの子とどうして友だちになりたいのかわかってしまった。
「やっぱりボクは君と友だちになりたいな」
「は? 状況を見えてます?」
猫娘が不機嫌そうに眉をひそめる。
ボクはその泥だらけの手を掴んでやった。
「あの死霊、頭はないけど話せるなら言葉は通じそうじゃん」
「……貴方ねぇ、そのポヤヤンな性格を治さないと今ここで死にますよ⁉」
「ボクは簡単に死なないよ。それに今回は平凡に楽しく生きるって決めているんだ」
猫娘は理解不能といった表情をしたが、きゅっと唇を閉じる。
握られた手から彼女の恐怖が伝わってきた。
頭のないウエディングドレス姿の女が迫ってきたのだ。
『あたしの目、あたしの耳、あたしの唇をよこせーーーーーーーーー!』
んー、聞く耳持たなそうというか、聞く耳がないなー。
それならと、ボクは微笑みながら言ってやる。
【ボクはこの子と話すんだ。邪魔をするなら消すよ】
気持ち強めで、こらーだめだよーといったニュアンスで告げた。
頭のないウエディングドレス姿の女はガタガタとふるえたあと、『ぅ……ぁ……』とうめき、ちりちりと光の粒のようになって霧散していく。
よかったー、聞いてくれた。
母上が父上を叱るときは、こうやってやんわりめのきびしい口調で言うんだよね。
さーてと、これで落ち着いて話せるかなと彼女に視線を向ける。
当の猫娘は信じられないような瞳で見つめていた。
「貴方……本当にいったいなにものなんです……?」
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