Side:友達できるかなー
分厚い雲が空をおおい、星一つみえない真夜中。
エスキュナー家の政務室で、べーコン=エスキュナーが机に積まれた手紙を整理していた。
「これも断りの一報をいれなければな」
手紙の内容はおおむね『魔術の使えない息子さんに効く薬がありますよ』だ。
ほうぼうに手を尽くしていたから有名なのか、顔もしらない商人の手紙もある。あきらか詐欺なものには頭が痛くなった。
それでも先日までは神の啓示に思えた手紙を処分していく。
「……将来は学者か教師か。あるいは最高位の魔術師か」
努力家の息子ならば、人にものを教えるのが向いているだろう。
努力が実を結んで魔術師として大成するかもしれないなとベーコンは微笑んだ。
そんな夫に向かい、妻のライラが呆れたように言う。
「いささか気が早すぎませんか? 貴方」
ライラは紅茶を机に置く。
そっけない妻に向かい、ベーコンは笑顔で言ってやった。
「いやいや、子の将来を想像するのはいつだって遅くないぞ」
「まだ初歩魔術を使えたばかりではありませんか」
「そこだ。オリンがずっと使えなかったのは【風の
「聖痕、ですか?」
この世界を象ったとされる聖痕。
一つとして同じものはなく、聖痕の所持者は覇王になるとも言われている。
エスキュナー家は風の聖痕が宿った英雄の末裔だ。ベーコン本人も風魔術の使い手であるし、伴侶のライラも得意としている。
「ああ、聖痕は
「オリンが聖痕の持ち主かは、生まれたときに調べたではありませんか」
「ある日、突然目覚めるとも聞くぞ。けなげなオリンのために神が授けてくれたのかもしれないな」
「教会の耳には入れたくない言葉ですね」
ライラは冷静でいた。
えー、息子の努力を神が見てくれたーって妻も言っていたのになーと、ベーコンはつまらなそうにした。
外見はいかにも厳しそうだが、性根はボヤヤンとした父親である。
「オリンが聖痕の持ち主のほうがよかったのですか?」
妻の心配そうな声に、ベーコンははたと気づく。
もし聖痕を宿していれば、本人が望む望まないにかかわらず、強大な力のせいで運命に翻弄されるだろう。
「……いや、息子が健やかに育ち、笑ってくれるならばそれに勝る幸せはないな」
「ええ、私もです」
お互いに静かに笑う。
息子がどう育つかはわからないが笑ってくれるならそれでいい。
自分たちが重圧になっていたのなら接し方を改めねばなと、ベーコンは思った。
手紙を整理していくと、分厚い羊皮紙が指先に触れる。
「貴方、それは?」
「……アークノ魔導学園の入学案内だな」
魔術の素養があれば誰でも通うことのできる魔術師養育学校。
オリンが入学できる年齢になるのはまだ先だ。エスキュナー家の事情を知らぬものが、息子のためにと送ってきたらしい。
「貴方、どうされるのですか?」
何人もの傑物を輩出してきた学園だ。
魔術師の道を目指して、高みを目指すのなら通うべき場所でもある。
ただ、いかなる可能性を模索するため誰にでも門戸をひらいており、それは素養があれば人間性は問わないとも言っていた。
ようは奇人変人が多い。
「オリンが決めることだ」
ベーコンはそう言って、羊皮紙を引き出しにしまう。
学園の話はもう少し成長してから切り出そう。
今はまだ初歩魔術を使えたばかり、世界への考え方や感じ方が変わるはず。一瞬一瞬を大事にして欲しいと願った。
※※※
エスキュナーの屋敷の上、さらに上、ずーーーーーっと上。
雲海をつきやぶった先のある夜空で、オリンは漂っていた。
「はーーーっ‼ すっごーーーーーい!」
風魔術を使って、自分を持ちあげての飛行術だ。
果ての果てまで雲が連なっている絶景の景色に、高度1000メートルにいるというのにオリンは笑顔だった。
「魔術さいっこーーー! ファンタジー世界ばんざーーーい!」
風をまとわせながら空中をくるくると回る。
ちょっと気持ち悪くなって吐きそうになっても、それがまたおかしかった。
たぶん、ずっと魔術の使えなかったオリンの記憶もあるからだろうと思う。
「あははっ! 吐きそう! ……うん、風の魔術は使いやすいね!」
エスキュナー家は、風の聖痕を宿した英雄の血筋だ。だからか、すこぶる相性がよい。ちょっと練習するだけで空を飛べるまでになっていた。
7歳でこの高度まで飛べる人間は、世界でオリン一人だけ。
オリンには聖痕が生まれつき宿っている。
生まれたときに見つけられなかったのは、前頭葉に聖痕が刻まれていたからだ。ゲーム知識でそのことを知っていた。
「ボクの場合、魔術を操るんじゃなくて、魔術を支配するイメージなんだよね。はじめの一歩が間違っていたら、そりゃあ使えないよ」
オリンは頭をカリカリと掻く。
その事実に気づくのは彼が成長してからのこと。
ゲームではそのあいだに、弱者としてぬぐいきれないほどの劣等感をつのらせていくが。
「……オリンが悪逆非道のラスボスになるって決まったわけじゃない」
オリンは胡坐をかきながら夜空に浮かび、これからのことを考える。
劣等感の原因はほぼほぼ解決。両親との関係もよくなった。
自分が自分でいるかぎりラスボスになりようがないのだ。
「平凡に楽しく暮らせばいいわけだ」
平凡。前世ではその平凡にどれだけ恋焦がれたことか。
オリンはふふっーと笑う。
「ふつーの学校生活に憧れてたんだよなー! クラスメイトとの他愛のない会話! 部活に打ちこんで汗を流すもよし! ライバルと競い合ったり、あとは恋なんかもしちゃったりさ!」
健康的な身体がここにある。
年齢もやり直しができるとばかりに子供になった。
やりたいことなんて決まっていた。
「ビバ青春の日々! 素敵な学園生活を送るんだ!」
アークノファンタジーには、アークノ魔導学園なる舞台があった。
主人公が通う学園でもあり、世界の情勢が乱れたあとは学園が浮上して拠点となる。
学園には愉快で楽しい子たちが集まるとわかっている。なら自分はちょーっとばかり、その舞台で楽しませてもらえればいい。
「ラスボスに転生しましたが平凡に楽しく生きたいと思います! なんちゃって!」
オリンは子供のように夜空ではしゃぎまわる。実際肉体は子供だが。
と、雲海がおおきく揺れ動いた。
ただならぬ気配にオリンが身構えていると、全長数百メートルもの巨蛇がまるで海を割るようにぬっーーとあらわれた。
「わっ⁉ でっか⁉ 蛇⁉ なになに⁉⁉⁉」
突然巨蛇があらわれて、オリンはすごくびっくりしてしまう。
心臓バクバクでいると、巨蛇はオリンを静かに見つめたあと
撫でて撫でてーと言っているのかなとオリンは首をかしげる。
「えーっと、こうでいいのか?」
巨蛇におそるおそる近づき、硬くてぬらぬらした鱗をなでる。
気持ちがいいのか、巨蛇は大人しく撫でられていた。
「ははっ、お前ずいぶんと人懐こいね。もしかして寂しがり屋か?」
巨蛇の瞳はなにも語らない。
否、オリンは気づいていなかったが、恐怖の色が宿っていた。
「わかる、わかるよー。ボクもずーっと独りぼっちだったからさー」
オリンは知らない。
全長数百メートルもある巨蛇リンドリウムは、暴虐の蛇とも呼ばれている。
一晩で一国を壊滅させるほどの力をもつ蛇は、強烈な波動を感じて殺気立ち、雲海にまぎれて原因を殺しにやってきていた。
しかし蛇は悟った。
この子は自分より圧倒的に格上だと、本能でわからされた。
「だったらさ、ボクたち友だちになろうよ」
オリンににっこりと微笑まれて、巨蛇リンドリウムはそれこそ蛇に睨まれたように動けなくなる。まるで支配でもされたように。
オリンに宿っている聖痕は特別だ。
最後の聖痕『すべての終わりを
どれだけ強力な魔術でも彼の前では意味をなさない。
闇の王の目覚めを感じとった巨蛇はあらがうことなくうなずいた。
「それじゃあ君が最初の友だちだね!」
オリンはくすくすと笑う。
「あははっ! 友だち100人でっきるかなーーー! あははははははは!」
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ちょっぴりだけ幼少期編がつづきます。
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