第2話 最悪のすれ違いを回避する

 エスキュナー家の政務室。


 ホコリ一つ落ちていなくて空気がたるむことのない厳格な部屋で、当代ベーコン=エスキュナー伯爵が机越しにたずねてきた。


「オリン、魔術を使えたそうだな?」


 つめたー……。父上、実の息子に向ける視線じゃないよ……。


 母親のライラ=エスキュナーは父上の隣に立ち、氷の魔女かと見まごうほどの表情でボクを見つめてくる。


「オリン、お父上が魔術を使えたかと聞いているのですよ?」

「は、はい……申し訳ありません」


 父上も母上もぜんぜん笑っていない。


 二人は小さな地方の伯爵で、スゴウデ魔術師だ。

 魔術学会だけでなく冒険界隈でも名が通っていて、エスキュナーの風魔術は城壁すら斬り刻むと言われている。


 魔術の使えない息子なんてわずらわしくて仕方がないよね……。


「オリン、いつからだ?」


 父上は興味がなさそうに言う。


「今日です……今日、なんとなくできました」

「今日? お前は魔術がずっと使えなかったのだぞ。もっと喜ぶかと思ったが」

「簡単な魔術です。まだ喜ぶべきではないと思いました」


 オリンとしてのボクは『やったー! 嬉しいー! 超ハッピー!』な気分があるにはあったけれど、それよりも不笑王の未来が気になっていた。


 母上が目つきを鋭くさせる。いかにも教育ママって感じだ。


「オリン、魔術を使ってみせなさい」

「わかりました、母上」


 ボクはカーテンに向かって右手をかざす。

 力を操るではなく、支配する。そんなイメージを創りながら指を動かすと、そよそよーと優しい風が吹いて、カーテンがたなびいた。


「ふむ……」「これは……」


 ボクの魔術に二人は黙ってしまう。


 風を操るなんてエスキュナー家からすれば初歩も初歩だ。

 今までさんざんに労力をかけてコレなら……すごくガッカリするよね……。


 父上が眼光をギラリと鋭くさせる。


きずは浮かんだのか?」

「……いいえ、まだです」

「ならばようやく魔術の芽がでたところか。オリン、魔術を使えたことに満足しているわけではないな?」

「もちろんです、父上」


 そんな反応をすると思った。

 エスキュナー家の息子なら落第点だもの。


 ……父上と母上の未来は知っている。


 エスキュナー家の栄光を求めたのかカルト宗教にどっぷりとはまり、私財をつぎこんでしまってお家もろとも破滅する。最後は実の息子である不笑王オリン=エスキュナーによって惨殺された。


 そんな未来は望まないけれど、その未来にいたるまでの絶対的な壁を感じた。


 父上はちっとも笑わずに告げる。


「オリン、これからも精進するように」

「はい、父上」

「己に満足することなく、魔術師の高みを目指し……目指し……ぐずっ」

「……ぐず?」


 父上の様子がおかしくない?

 鼻が赤いし、目に涙がたまっている。

 なんだか泣いてしまいそうな……。


「ぐずっ……よがっだねええ! 魔術が使えてよがっだねぇえええ‼‼‼」

「ち、父上⁉⁉⁉」


 ほ、本当に泣きはじめたんだけど⁉⁉⁉


 いつも威厳たっぷりの父上が子供みたいに泣いている。

 そんな父上を、母上が涼しい表情でたしなめた。


「貴方、子供の前で泣くなんてみっともありませんよ」

「わ、わがっておる……だが、オリンが初めて魔術を使ったんだぞう?」

「わかっています。ですが、オリンのためにも厳しく接するべきです。エスキュナー家の重責にあらがい、いつも必死でがんばっている可愛いオリンが……」


 母上もポロポロと泣きはじめる。


「わ、私たちのオリンが! 愛する息子が魔術を使いました……! 神よ! 息子の努力を見ていてくださったのですね!」


 父上も母上も初歩魔術なんかに感涙している。

 これぐらいで褒められると思っていなかったので、ボクは戸惑ってしまう。


「あ、あの? 初歩魔術ですよ?」

「わ、わがっておる! オ、オリンはこれぐらいじゃあ満足しないものな! もっと上を見ているものな! 息子ががんばるのならと厳しくあろうとしたが……今は喜ばせておくれ!」

「あ。ボクが原因」


 厳しい態度の背景を、ボクはすぐに理解してしまう。

 母上は涼しい表情のままでポロポロと泣いていた。


「今日だけです、ええ、今日だけとも! これからもオリンのためにも私は厳しく接しますよ!」

「母上……し、心配をおかけしました……」

「……っ、なので今日から1週間! オリンの祝福祭を開催しましょう!」

「母上⁉ なのでってなんです⁉⁉⁉」


 ※※※


 そんなわけで、今夜は家族3人そろっての屋敷でお食事となった。


 母上が領民を巻きこみ、1週間祭りを本気でやりかねなかったので「ボクはまだここで気をゆるめるわけにはいきません」と伝えてどうにか食事会にしてもらった。


 まー、豪勢な料理がテーブルにふるまわれているけどね。

 肉や魚や野菜やらがフレッシュでとても瑞々しい。どこのお貴族様の料理かと思ったけれど、ボクは今貴族だったわ。


「オリンがなー! オリンがなー!」「オリンがー! 可愛い息子が!」


 オリンオリンと連呼しているのは父上と母上だ。

 料理そっちのけで使用人たちに、我が子自慢をしまくっている。


 正直めちゃくちゃ恥ずかしい……。前世では親から見放されて一人の辛さをしっているのでやめてなんて言えないけれどさ。


 と、料理を運んできたメイドが言う。


「……あの、オリン様。食事はお気に召しませんでしたか?」

「や。いつもは部屋で一人で食べていたから、ちょっと気遅れただけで」


 ボクは慌ててスプーンをとって、オレンジ色のスープを口に運ぶ。


 ……うっっっま‼‼‼ めちゃいろんな味がするんだけど⁉⁉⁉

 病院食や健康食ばかりだった前世の記憶が強くなったせいか、いつも以上に味が濃厚でうまく感じる。

 いいなーー健康ってすばらしいーーー!


「とっても美味しいよ。いつもありがとう」


 ニコリと、メイドに微笑みかける。

 それだけで全員が慌てふためいた。


「ぼっちゃんが笑った⁉」「オリン様が食事を褒めてくださった⁉」「オリン様が笑うところを初めてみたぞ‼」「なんと愛らしいのです‼‼‼」


 ……笑うだけで大騒ぎされている。ちなみに、最後の台詞は母上だ。

 心配かけていたのだなーと身につまされながら、ボクは笑顔で言う。


「立派な魔術師になるまで自分に厳しくあろうと思っていたけれど……こんなにおいしい料理を前に笑わない失礼だよね。今までごめんなさい」


 使用人たちが感極まったようにぐずぐずと泣きはじめる。

 父上も仲間にいれてよと言わんばかりにまた泣いていた。


「ぐずっ……すまぬ、ワシが厳しくすることが重荷となっていたな……」

「そ、そんな……。立派で厳しい父上がいたからこそ、ボクはがんばれたのです」

「オリン……。ふっ、怪しげな宗教に頼ろうとした自分が恥ずかしいわ」


 父上と母上はほろほろと泣いている。


 ん…………怪しげな宗教?

 もしかして将来二人がカルト宗教にはまった理由って、息子を想うがために?


「ち、父上母上! 二人の息子でいることがボクの誇りです! 二人のような魔術師にはなれるかわかりませんが……この誇りを忘れることなく、精進してまいります!」

「おおっ、なんと立派な息子か!」「オリン! なんて可愛い息子なの!」


 父上も母上も、おうーんおうーんと泣きはじめる。

 使用人たちもつられるように大泣きしていた。


 ボクはみんなを心配させないように、優しい笑みをずーっと浮かべておく。


 よ、よかった……!

 最悪のすれ違いにならなくて本当によかったあ……。


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