第二話『理不尽な電車の行き先』
来たる夜明けの朝。否、まだ外は真っ暗闇に包まれている。こんな早い時間に起床したのはいつぶりだろう。
脳がまだ半分くらい寝ている。睡眠時間はざっと見積もって4時間といったところか。
「うーん、昨日のメールって実は夢だったんじゃ……」
よくよく考えればダンジョンなど現実にあるはずがない。そのような非科学的、非論理的な事象は小説の中だけでいい。きっと悪い夢を見ていたんだ。
ベッドの端っこに転がるスマホ。恐る恐る手を伸ばして画面のロックを解除する。予想通りではあるが、実に残念な結果となった。
なんと追加でメールが10件も届いており、全てが例のダンジョンマスターからのメールだった。当然の様に迷惑メールに振り分けられている
—————————1件目
差出人:ダンジョンマスター
件名:当選おめでとうございます!
本文:
先日お送りしたメールをご覧になられましたか?
私共と致しましても、アキト様の醜態を晒すのは本意ではございません。
起床しましたら早急に確認お願いいたします。
—————————
……etc
—————————10件目
差出人:ダンジョンマスター
件名:晒します
本文:
起きてください
—————————
「必死過ぎるだろ! 終盤の件名に至っては『おめでとう』の文言消えてるし!」
無駄に心配性なダンジョンの元締め。アンタが握ってる情報は、俺の命より重たいモノだ。
一連のしつこ過ぎるメールによって完璧に目が覚めた。逃げちゃダメだ。ここで逃げたら男が廃る——。
◆
そんなこんなで渋谷へと繰り出す準備を始めた。
先ずは持ち物の確認。
持ち物を指定されている訳じゃないが、何となく必要な代物は理解している。”異世界ダンジョン”を読み漁っていた俺にとっては手慣れたものだ。
1.食料
ダンジョン探索する上での必需品。
異世界に於いて最も恐ろしいのは餓死だ。凶悪な魔物以上に恐ろしい。
2.武器
サバイバルナイフ。護身用。
これは俺だけに許された専売特許。
良い子のみんなは持ち歩いちゃダメだぞ! 銃刀法違反で捕まるからな!
3.医療品
可能な限り自宅から持っていく。
絆創膏、傷薬、胃腸薬、バファリン等々。
4.
男なら言わずともわかるはず。無用な言及はしないでくれ。
あっちでスマホが使用できるとは限らないんだ。より原始的な本で対処するのが無難。
5.二着分の服、上下一式
不衛生は病気の原因となる。
一日一回清潔感を保つ為にも、着替えられるように準備をしておく事が必須。
6.金
ダンジョンで使用できる可能性は限りなく低い。
行きの交通費で使用する分。
「————こんなもんだな。後は現地で基本手に入るから大丈夫」
◆
準備は整った。後は……一応親に連絡入れとくか。
俺以外の3人と一匹は仲良く旅行に出かけている。
何故留守番してるのかって? 察しの良い人ならわかると思うが、コスプレイヤーの『ユリリン』を写真機に収めるために決まっている。
家族旅行 < 『ユリリン』 < 越えられない壁 < ダンジョン
当初の予定とは大分違ってはいるが……。
「————よし、気合入れよう……いざ! 冒険の旅へ!!!」
玄関のドアを開けると見事なまでの雪景色。12月1日の早朝は冷え切っている。
このクソ寒い中、大きな荷物を背負って始発の電車に乗り込む。乗り換えを二回分挟み、到着まで残り1時間半を切った。
——ガタンゴトン……——ガタンゴトン……。
車内には人がほとんどいない。電車から発せられる機械音が虚しさを感じさせる。
同じ車両に座っていた数人も次第にホームへと降りてしまい、最終的にポツンと一人になった。
「……この強烈な違和感はなんだ」
いくら早朝とはいえ、渋谷駅へと向かっている電車に一人もいないのはおかしくない?
心細さを感じている最中、渋谷駅の到着を知らせる声が聞こえる。
『まもなく、渋谷、渋谷。お出口はありません』
「やっと着いた~、結構な長旅だったな」
颯爽と座席から立ち上がってドアの前で待つ——。
ドアの前で——。
「……ん? いや、何で開かない? おーい! 車掌さーん!」
その呼びかけも虚しく電車は渋谷駅を後にして出発。渋谷駅の看板が徐々に遠のいていく。
開いた口が塞がらない。学生時代、幾度となく電車を利用してきたが、こんなことは前代未聞である。
「車掌もとうとうイカれたか。てか出口無いってしゃべってたよな」
車掌とて神ではない。人間だしミスはあるってことだ。正直ミスのレベルを軽く凌駕してるけどね。
いずれにしても、次で降りて反対の電車に乗れば解決だ。
そう思っていたのだが……次のアナウンスで絶句した。
『次は、ダンジョン、ダンジョン、お出口は右側です』
「なっ!?」
結局渋谷を通り過ぎ、電車に揺られること1時間……。
俺は無事にダンジョンへと辿り着いたのだった————。
————————————
理不尽度合 ★★
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