第3話

学校から帰宅し、俺は「ふぅ」と軽く息をつきながら洗面所までたどり着く。


 服を脱ぐのもめんどくさい。今日も実に疲れた。


 再び「ふぅ」と息をつき、俺は浴室に繋がるガラス戸を開けた。



 ガラッ



 湯船から漂う白い蒸気をかき分けながら、俺はシャワーを頭から被る。


 一分位の間、そうしていたように思う。


 何もしないこの時間が、疲れをいやしてくれている気がする。


 シャワーを止めてから、俺は湯船の方へと何気なく顔を向けた。

 


 妹がいた。



 浴槽につかっている。


 ……いや、なんでいるんだよ。



 「……大胆過ぎる覗きで声上げる暇なかったんだけど」


 「……すまん、見落としてた」


 「いや、脱衣所。脱いだ服とかあったじゃん」



 妹はガラス戸の向こうを指さす。



 「無かったな。母さんが洗濯に持っていったんだろ」


 「じゃあ着替えで気付かなかったの? 」


 「だから言ったろ、見落としたって」


 「え、そんなことある? ないよね? あとさ、今役作りは要らないから。マジあり得ないんだけど」


 「……喜べ、どうやら例外を発見できたようだ」


 「……」



 取り乱すことなくじっとこっちを見る妹。今日の入浴剤は濁り湯だ。そのため裸はほとんど見えていないが、妹はたいそう大きなものを持っているのでプカプカと湯船に浮いている。


 へー、こんな風になるんだな、と俺は場違いな感想を抱いた。

 


 「……エッチ」


 「不可抗力だ」



 俺は妹の目を見つめて真面目っぽく答える。


 すると妹は何を思ったのか両手で大きなそれを救い上げる……ふりをした。


 俺の目は無意識にソレへと向かう。



 「……ムッツリ」


 「男はみんなムッツリだ……さてもういいだろう、俺は身体洗うからな」


 「女の子を無視して自分の欲求を通す……傲慢だね、嫌われるよ?」


 「お前身体洗っただろ? ここは譲れ」


 「嫌。霧矢こそ、この私のリラックスタイムを邪魔しないでくれる? 」


 「………………」


 「………………」



 俺は黙って、体を洗うべくシャワーで身体を濡らす。



 「ああ、そうする? 全部無視? 上等じゃない」



 バシャバシャと湯船の中を進む音が聞こえたが無視だ。


 サッサと体を洗って出て行こう。


 大体、俺は知らなかったし、脱衣所にいる間に声かけろよって話だ。



 「……っ!! 冷て!! 」



 急にお湯が冷水に変わった。


 咄嗟にシャワーを取って自身の身体から離す。



 「てめっ!! いきなり何す……まあ、先に隠せや」



 温度調節をするために、浴槽から身を乗り出したのだろう。


 湯船のお湯が身体を伝っていく様は、十分に艶やかだった。


 …………綺麗な乳首してるな。



 「……っ!! 変態!! 信じられない!! 少しは顔を反らすとかしたらっ!!」


 「すまん見惚れてた……サッサと洗うから勘弁してくれ」


 「…………ねぇ」

 

 「なんだ?」


 「正直言ってさ……霧矢」



 キュッ



 「なんだよ」



 顔をアサミに向けないまま、シャワーだけ止めて話を聞く。


 「…………私に欲情してるでしょ…………そもそも人の気配って、案外分かるもんなのにさ…………普通に入って来たし。こんなこと、いままでだったら無かったよね?」


 「……いや、お前も」


 「黙って。まあ、何言ってもお母さんとお父さんにこの事言うから。あと警察にも」


 「………………」


 「あ~あ、ほんと最低……もう演技の練習とか一緒にしなくていいから……ほんとキモい」


 「…………アサミ」


 「ねえ、名前でもう呼んで欲しくないんだけど? 演技じゃなくてガチで」


 「アサミっ!!!!!」



 妹はビクッと身体を震わせ、湯船の中に身体を縮こまらせた。


 あまり……というかここまで大声を出すことは、これまでなかったからな。


 驚いたんだろう。



 「……お、おっきな声だしても許さないし……絶対」



 強い言葉とは裏腹に、実のところ結構怯えているアサミの方へ向かって、俺は一気に距離を詰めよる。



 「……ひっ…………最低、やっぱ身体が目当てだったんじゃん…………今まで本性を隠してたってわけ…………力じゃかなわないし……好きにすれば……ほら……ほらっ!!」



 アサミは湯船から身体を出して、やけくそ気味に大きく形の良い胸を突き出してくる。胸だけでなく何もかもが見えている状態だ。


 俺はその状態のアサミにゆっくりと手を伸ばし、肩を掴み、後ろを向かせる。少々強引だったため、アサミはバランスを取るために壁に両手を押し付ける形となった。



「きゃっ!!」



 結果として、俺の方に形の良いプルンとしたお尻を向けることになった。



 「……っ!! ……最低、もしかしたら何かの間違いかもって思ってた私が馬鹿みたい……ホント最低!! クズ!! 絶対警察に突き出すから!!」



 そう言ってアサミは、来るべきモノを堪えようと、ぎゅっと目を瞑った。


 俺は顔をアサミに徐々に近づけ、互いの吐息が感じられる距離まで近づいてから……



 「アサミ、これ誰にやられた?」


 「……え?」



 真剣さを多分に含ませた俺の問いかけに、アサミは思わず俺の方に顔を向ける。



 「背中の傷のことだ……この分だと一週間も経ってないだろう」


 「……は、はぁ? 傷? 今更なに?」


 「アサミのことだ、どれだけ言っても絶対に見せてはくれないだろうし、そもそも傷があるなんて言うわけないからな……強引な手段を取らせてもらった」


 「…………ハッ、だからなに? こんなことまでさせて置いて、それで許されるとでも思ってんの?」


 「思ってねぇさ。裸を見た上に強姦染みたことまでやったことに対しては謝る。あと、警察にも通報したいなら好きにしろ……でもな」


 「なによ」


 「その背中の傷だけは、ちゃんと親父と母さんに伝えろ。お前は才能もプライドも高いから、よくため込みがちなんだよ。少しくらい、お前の背負ってるもんを分けてくれ」


 「………………」


 「俺に言われたくはないだろうけど、警察に通報されたらしばらく会えねーから言っておくぞ?」


 「………………」



 俺は、アサミの頭に手を当ててゆっくりと慈しむように撫でる。


 

 「こんなになってまで、まだ頑張れるんだな。アサミはすごい。こんな頑張り屋さんが妹で、俺は誇らしいよ」


 「………………またじゃん」


 「ん?」


 「また、私の勘違いじゃん……ねぇ、霧矢も呆れたでしょう? こんな察しの悪い女なんて演技の才能ないって」


 「いや、それは」


 「関係なくないの!! 演技するときは、虚実をちゃんと分かってなきゃいけないのに!! 他は出来るの。いつだって!! 本当よ!? でも」


 

 アサミは一呼吸おいて、バシャバシャと湯をかき分けて俺の方に向かってくる。



 「霧矢だけは……どうしても分からないの……ねぇ、どこまでが演技なの? 本当の気持ちはどれ?」


 「演技もなにも、俺は初めからアサミに対しては本気で付き合ってるだけだ。行動理念としてはそうだな……」


 「………………」


 「アサミの笑顔を見るため、てところだな。お前が笑ってる時、俺は一番嬉しいよ」


 「……ふ~ん、そうやって女の子口説いて行くんだ?」


 「口説くって、お前……俺はいつも本気で」


 「はいはい、じゃあ私、もうあがるから」



 そう言って、妹は浴室から出て行った。


 一人残された後、一人思う。



(ん~~~~、上手くいったと思ったんだけどなぁ~? どこで間違えた?)



 色々と考えてはみたものの、結局答えは出なかった。


 風呂から出ると、特に親も妹も騒ぎたてることは無かったので、警察行きは無くなったのだろう。


 妹の良心に救われた形だ。 

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義理義理な兄妹 リンゴ売りの騎士 @hima-ringo

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