どのような類の訳ありなのだろう。僕は、純粋に身構えた。

 彼女は、口答えやきついことは一切言わないし、ずっと涼しげで穏やかだった。それで、顔立ちのわりには店内での立ち位置は非常に地味で、周りに敵を作ってしまう感じは微塵もしなかった。


 あれでいて、いろいろな男性に思わせぶりな態度を取って相手を観察したり、自分の女性としての程度を測っていたのだろうか。

 僕は、彼に言われてからいろいろな想像をしてみたが、確かめる術などなかった。

 彼女は相変わらず他のアルバイトに対する以上に僕に話し掛けてきていたが、そこにどんな思惑があるのか全く分からず混乱した。


 が、今なら、ソウタが僕を利することがないように立ち回ろうとしていたことを察することができる。

 彼の意図が、僕の恋に水を差すことだったにちがいない。



 やがて、それとはまた別に、僕の実習班は、日程後半に向け徐々にまとまるどころか、分裂の様相を呈していった。

 中盤のころだったか、一度ハヤミの呼びかけで班の飲み会が企画されたが、この時が異様だった。

 居酒屋だったと思う。

 向こうのテーブルでハヤミをソウタとイズミが両側から挟み込むようにして座っており、残った僕とキヨコとユミがこちらのテーブルを囲んでいたが、この二つのテーブルが交流したのは、最初の一杯目の乾杯のときだけだった。


 その頃には、イズミも僕とは目も合わせず口も聞こうとしなかった。そして、打ち合わせ等班で集まっているときはいつもソウタの隣にいた。

 僕の何が彼女の不興を買ったのか、皆目見当がつかなかったが、班長という立場もあり、班がまとまらないことにすっかり意気消沈してしまった。


 その前だったか後だったかはもう覚えていないが、僕はハヤミに干されてしまった。

 これも、当時はソウタの讒言か何かが噛んでいる可能性まで考えが及ばなかった僕にとっては、まったく謎な状況だった。


 ハヤミは、僕を面と向かって否定的なことを言ったりはしなかったが、明らかに無視しようとしていた。

 朝、顔を合わせてあいさつし合うとき、僕にだけ応えなくなった。

 また一日の終わりにある授業の振り返りと指導の場で、ハヤミは平然と僕の授業の評価を飛ばした。

 僕は不審な思いで彼の目を見やったが、彼はまるで僕がそこにいないかのように目を合わそうとしなかった。


 そのようなことが何日も続いて、相当気疲れした僕は信用していたキヨコに相談したが、気のせいではないか、と受け流されてしまった。


 実習期間が終わり、その総仕上げとして後日、附属小学校に出向いて作成した実習関連のレポートを職員室にいるハヤミに手渡した。

 ハヤミは片方の眉を吊り上げ、その封筒を一瞥すると、何も言わずデスクの上に片手で放り投げた。

 僕が、大変お世話になりましたと深々と頭を下げたが、終始彼は口を聞こうとしなかった。


 その数か月後、学年後期の成績表を受け取った。そこで記載されていた教育実習の成績は、実質最低ランクの「可」だった。

 実は班長を務めたら「優」は固いと事前に聞かされていただけに、その低評価に少なからず驚きを覚えた。


 それ以降、僕はひたすらに、ハヤミと相性が合わなかっただけなのだと思うようにしていた。それでも自信は回復できず、とうとう教員志望の進路を断念することになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る