日々その繰り返しだったが、給食のない学校だったため、僕は自分の弁当を用意するのをわずらわしく思っていた。

 

 大学在学当時、自炊することを条件に祖母の家に間借りしていた。

 それで僕は、うるさく言われる実家を出た自由を満喫できたのだが、この時ばかりは自分で弁当を作らなくても良いと話す自宅生が、うらやましく思えた。


 それを僕が何の意図もなく、つい愚痴のように言ったところ、キヨコとユミの二人が僕の分の弁当を用意してくれると申し出た。

 恐縮すると二人は、弁当は一人分作るのも二人分作るのも手間はあまり変わらないから、と笑った。


 今さらながら、その二人には単なる思いやり以上のものが僕に対してあったと分かる。が、当時の僕は浅はかだったかもしれない。

 好きな女性の傾向がはっきりしすぎていて、なおかつそれにこだわりすぎた。

 自分より体格がツーサイズほど大柄で、なおかつ変に大人っぽい彼女たちには、何の魅力も感じていなかった。


 もっとも、それを目の当たりにしたソウタには、ある種の危機感が湧いたのかもしれない。



 あれは確か、金曜の夜だった。

 その日の日課をこなしたあと、五人で食事をすることになった。

 駅に向かう途中にある中華系の大衆食堂に入り、各々定食を頼んだ。

 そのような時に、ソウタが突然僕に話を振ってきた。


「カオリってのが、お前の店におるやろ?」


 息が止まった。

 僕のアルバイト先であるファミレスにいる学生バイト、カオリのことだが、当時、彼女は高校三年生だった。

 なぜ、その彼女のことがソウタの口から出たのか大変な驚きであったが、聞くとたまたま彼は彼女の家庭教師だったらしい。


 カオリはホール担当なので、キッチンにいる僕とは時々カウンター越しに、料理やデザート類はもちろん、会話もやり取りする間柄だった。

 彼女は店が暇になると、よく僕に話し掛けてきた。

 芸術大学を目指していることや、他にもプライベートな事柄を小出しにしながら、彼女は僕が特に訊いてもいないことでも包み隠さず、声こそ小さかったが、ずっと楽しげに話していた。


 顔立ちはほっそりとして色白、瞳は大きく澄んでいた。

 今でも、とても顔立ちが整っていたことが思い出される。

 半面おっとりした雰囲気で、身のこなしもどこか上品な感じがして僕は内心、好意を持っていた。

 ただ、話下手であか抜けない僕とでは、どうにも釣り合わない気がして、それ以上に進展することなど到底想像も期待もできなかった。


 ソウタは言った。


「あの女はやめとけ」


 僕は返す言葉がなかった。あまりに唐突で単刀直入にすぎた。

 目を上げると、彼は僕をにらむようにして、それでも声を押し殺してもう一度言った。


「悪いことは言わんから、あの女はやめとけ」


 僕はそこでやっと「なんで?」と口を挟んだが、彼はさらに同じ言葉を被せてきただけだった。


 そのようなことがあって、実習後にアルバイト先に復帰した僕は、彼女の目が見られなくなってしまった。

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