第37話 組成
「僕を信じてほしい」
「…… な、に?!」
僕がアイテムボックスから魔導書を取り出すと、それを驚愕の表情で見るアレス。
「そ、それは…… 」
「今から"君達"を組成する」
魔導書から溢れ出す圧倒的な魔力を受けてアレスの体がガタガタと震え出す。自身の魔力や存在などチリに等しい魔導書の力に、本能的に怯えているのだ。
今から僕がしようとしている事は魔導書『死霊組成』本来の力。万物を全てを超越した新たな存在へと生まれ変わらせる究極の秘術。
「な、何を……」
「僕を信じて受け入れてくれ。次に目覚めた時にはアレス、君の全てが変わっている」
アレスの目が見開かれる。
これから何が起こるにしても、決して彼自身を害する行いでは無いと言う事だけは分かってほしい。
そして僕は魔導書が持つ本来の力、地球では封印されていた禁断の力を解き放った。
「『展開魔法陣.万物流転』」
僕の言葉と共に魔導書が輝き出す。それと同時に魔導書が創り出す、高位の空間が形成されて行く。この瞬間に9冊に分かれた魔導書は一冊の魔導書に成る。
この超高密度の魔力が溢れる空間"All things in the world(森羅万象)''では、僕以外の全ての時が止まっている。
全ての属性を有した超高密度の魔力はアムリタとも呼ばれ、現世では不老不死の秘薬として知られている液体だ。
このアムリタで満ちた世界では、万部の在り方を根底から変える事が出来る。そのためどんなに損傷の激しい体でも、瞬時に再生する事が出来るのだ。
それは魂でも同じ事。本来なら壊れた魂の修復は不可能。だがこの世界の内ならばそれを可能とする。
この能力でならば失われた魂の記憶の修復、魂その物の修復をも可能とする。魂さえ消えずに残っていれば、例え動物や虫のレベルにまで弱体化し弱った魂でも修復は可能だ。
やろうと思えば魂の変質や変体、改造も出来る。
謂わばこの世界は新たに生物を作り出すためのファクトリー。魂と素材さえあれば、どんな生き物でも組成可能な驚愕の世界なのだ。
僕はマッドサイエンティストでは無いためその様な事はしない。僕がするのは万物を本来の姿に戻し、ほんの少しだけパワーアップさせてやる事だけなのだ。
まあ、そのほんの少しに問題がある事に後々分かる事になるのだが……
ここでは僕自身も想念体と化しており、年を取る事なくこの世界の恩恵を得る事が出来る。今回はこの世界の力を使って''アレス達''の組成を試みるつもりだ。
"All things in the world''の力を使えばその対価も計り知れない。きっと恐ろしい量と質の生贄が必要になるだろう。
なるべく今はその事は考えない事にしよう。今はこの世界での作業に集中しなければならないのだから。
(さて、始めますかね……)
ーーーーー
そしてこの世界の時間で2ヶ月、現世の時間にして2日だろうか、アレスの組成が終わった。
開かれていた魔導書が閉じる事で、"All things in the world''の空間も同時に閉じて行く。辺りを包み込んでいた恒星の様な輝きも収まっていき、その光が晴れると僕は草原の真ん中に立っていた。
そんな僕の足元には死霊組成で生まれ変わったアレスが横になっている。意識は無いが、ただ気を失っているだけで死んでは居ない。
僕が彼に『死霊組成』を行なった理由は、彼のそれまでの生き様に流されてと云う事もある。
だが1番の理由は壊れて自我も崩壊し、虫ケラの程度にまで弱まって尚も、彼の側に寄り添い離れようとしない4つの魂に惹かれてだ。
それと僕自身が一度、『死霊組成』を経験しておきたかったと云うのも理由の一つだ。
辺りでは何事も無かったかの様に何かの虫達が鳴いている。離れた場所に避難して状況を伺っていたタマさんが心配そうに走って来る。
「ただいまタマさん」
心配させてごめんよタマさん。
「ニャン」
ニャトランは離れた草原の上で頭を抱えて蹲り震えていたが、僕が無事だった事を知ると、慌てて走り寄って来る。
「ニャ〜ン! ご無事でしたか清司殿! 心配でしたニャン……」
「心配させて悪かったなニャトラン。でももう終わったから大丈夫だよ」
「よ、良かったですニャ〜ン……」
安堵したのかその場に座り込んでしまうニャトラン。2日間もあちらの世界に居たのだ、その間は彼等も気が気じゃなかったはず、彼とタマさんには悪い事をした。
まあ僕としては、ニャトランが側に居る限り死ぬ事は無いと分かっているから安心なのだが。
「……う、ううん…… こ、ここは?…… 」
そんな事をしていると目を覚ましたのかアレスが、状況を伺う様に辺りを見回す。
「目が覚めた様だね、新しい体の調子はどうだい?」
「き、君は…… 」
僕と魔導書の事を思い出し、飛び起きると共に距離をとる様に飛び退くアレス。その際にアレスは有に5メート程の距離を飛び退いていた。
自分が思う以上の動きを自分の体がした事で、今度は自分の体の異変に驚愕する。
「…… こ、これは…… い、一体、何が起きたというのだ…… 」
身体能力が今までの比では無い、圧倒的なまでの力の高まりも感じている。
残酷な拷問で傷だらけだった体も治っており、見た目は以前の彼の姿と変わらない。それどころか20歳程若返っている。
拳を閉じたり開いたりを繰り返した後、その手の平から闇を放出し体の状態を確かめるアレス。
闇の力も健在の様だ。
「……し、信じられない…… 何なのだこの体は……」
自らの体に驚愕するアレス。そんな彼に簡単な説明が必要だろう。
「気付いてると思うけどアレス、君の体を少し弄らせてもらった」
「…… わ、私の体を?……」
「生まれ変わったといった方が早いかな」
「…… 」
生まれ変わったという言葉に返す言葉を無くした様子のアレス。彼の顔がだんだんと険しく変わって行く。
「…… なぜ勝手な事をする? わ、私はあのまま滅びたかったと云うのに…… 」
自身組成した事にアレスは戸惑いを露わにする。
「なに、せっかく生まれ変わったのに嬉しくないの?」
「…… 嬉しくなど、有るわけが無い!
私は彼女達と共に滅びたかった、私は彼女達の居ないこの世界に絶望したのだ…… 」
たとえ蘇ったとしても彼女達が居ないこの世界は、彼にとっては虚無以外の何物でも無い。
「…… 何故、なぜ私に、この様なマネを…… 」
(なんかコイツ、彼女達に依存しきっている感が否めないな……)
まあ彼にとって彼女達はそれ程の存在だったという事だろう。だがそんなに大切な存在だったのに、’彼女達’の気配に気付かないとは、今の状況じゃあそれもしょうがないかな。
「そんなに大切な存在なのにまだ気付かないの?」
「な、何の…… 」
僕に言われて初めて自身の体の異変に気付いた様子のアレス。
「…… こ、これは…… どうゆう事なのだ…… 」
自分の体の中に自分以外の魂がある。それも4つも。
自身がイノセント.リッチとなった事で魂の在り方は分かっているつもりだった。1人の体に5つの魂。こんな事はあり得ない、あり得る筈が無いのだ。
「アレス、君の魂は予想以上に脆く壊れそうだったんだ。その魂のままではたとえ生まれ変わったとしても長くは生きられなかった……」
死霊術は魂を闇で汚しその法則を捻じ曲げる術だ。その結果、魂は傷付きやがては崩壊してしまう。
それは死霊術を扱うアレスの魂も然り、僕はそんな痛み傷付いた彼の魂を他の魂で修復補強する事にした。
幸いな事にその補強に使われた魂達は、壊れて尚も彼の側に寄り添い離れようとしていなかった。
小動物並の弱い意思を持たない今にも消えてしまいそうな存在だったため、彼が彼女達の存在に気付く事は無かった。だが彼女達は常に彼の側に居たのだ。
それが幸いした。僕は壊れた彼女達の魂を治すと彼の魂の補強に使った。その結果、彼の体には5つの魂が宿ると云うあり得ない現状に至ったのだ。
彼だけの力ではどうしても出来なかった魂の再生、それが魔導書の力を使えば可能となる。
彼の力を遥かに超える魔導書の力が有っての奇跡といえよう。
彼女達をアレスの魂の補強に使ったのには他にも理由がある。長年彼の闇に触れていた為、彼女達の属性は闇に固定されてしまっていた。
アレスと彼女達の相性は抜群だ。ならばお互いに不安定な部分を補い合う様にすれば、アレス基、彼女達の復活にも繋がると目論んでの行いだ。
彼等の魂の根底の部分は直した。後は彼と彼の操る闇が、彼女達の再生を引き継ぎ行うのだ。
彼等はもはや死者では無い。新たな生命体として蘇った。魔導書『死霊組成』によって生まれ変わった新たな種族だ。
闇を自在に扱い闇で形を成す。死者では無いため光魔法でも消滅する事は無い。
闇の中を自在に移動でき、闇を物質化させる事も自由自在。人類を遥かに凌駕した肉体は山を砕き海を破る。
魔神にも等しき力を備えた新たな種族''ナイト.メイカー''(闇を歩きし者)魔導書に作られし新たな種族が誕生したのだ。
「君の魂と彼女達の魂は未だに不安定な状態だ。だがお互いに支え合って補い合えば、その分君達の回復も早まるだろう」
アレスは闇から物質を造る事が出来る。彼女達の魂が完全に癒えた暁には、彼の闇でその体を造ると云う事も可能だ。
闇を触媒とした闇の体なんて云う、中2病をくすぐる様な事も夢では無いのだ。
「アレハンドロ.セブランスキー、彼女達を生かすも殺すも君次第だ、失われた時を取り戻してくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます