第38話 冒険者襲来
「お、おお…… スーザン、マーロ、レイラ、イルザ…… 君達が私の中に居るのが分かる…… おお、おお…… ウオオオオオオオォォ〜!…… 」
感極まったアレスが両手で自らを抱きしめて声を上げながら泣き出した。
決して叶わないと思っていた彼女達との再会がこんな形で叶ったのだ。予想だにしなかった喜びに咽び泣くのも無理はないだろう。
ここは彼を1人にしてあげようと思い、その場から去ろうとした僕の耳に信じられない言葉が聞こえて来た。
「あれ、あれはアレスさんニャ。何で泣いてるニャン? ご飯もご馳走になったし、慰めにいった方がいいかニャン??」
そんなニャトランのチョッキの袖を噛み、辞めなさいとばかりに引き止めるタマさん。
「…… まったく、あの駄猫は…… 」
そんな中、1人離れた場所で泣き咽でいたアレスが満足したのか、スッキリした顔で僕の元に真っ直ぐ歩いてくる。
泣いた事で全ての納得がいったのか、何とも清々しい顔付きだ。
そして彼はなんと僕の前に跪ずいたのだ。
騎士の様な片膝つきではなく、神や聖職者に対する様な両膝つきだ。そして両膝をついたままにアレスは、僕の目を真っ直ぐに見て来る。
「宜しければ貴方様のお名前をお教えいただきませんでしょうか?」
何と真っ直ぐな瞳か、まるで本当の神様に相対したかの様な彼の仕草に、僕の背筋に真が入る。この場面でのおふざけは間違いなく無しだ。
「ぼ、僕の名は薬師寺清司、セイジと…… いや国幽斎、国幽斎と呼んでくれ」
僕の呼び方を聞かれた時、最初は自分の名前にしようと思ったが、その時何故か、お祖父ちゃんの漫画家時代のペンネームが頭に浮かんだのだ。
国幽斎は国分さんのお婆さんがファンだった、お祖父ちゃんの漫画家時代のペンネームだ。この名前の方が国分さん達を探すのに好都合かも知れない。
まあ実名を知られて困る事もないが、この異世界では国幽斎で通そうと決めたのだ。
「国幽斎様…… このアレハンドロ、貴方様に永遠の忠誠を誓います」
そしてアレスは僕に永遠の忠誠を誓うと言い出した。
アレスの真っ直ぐな目は嘘偽りを言っていない。彼は本心から僕に忠誠を誓うと言っているのだ。
この場合どう対応すれば良いのか分からない。だが彼の心意気に、誠心誠意な対応が必要な事は間違いない。
「…… 分かったアレハンドロ、君の忠誠を受けよう」
この世界の事情に疎い僕には案内人が必要だ。それにアレスの半生を追体験した影響か、不思議と彼とは昔からの信頼できる友人の様な感覚だ。
彼が生きて居たのは50年も前の話しだが、中世の数十年は大して変わらないと聞いた事がある。紳士らしく忠実な彼なら、案内人にもってこいの人材だと思う。
彼に手を差し出すと、この世界では握手が無いのか戸惑いの後にアレスが僕の手を掴んだ。
そして僕は勢いよくその手を引っ張り彼を引き起こす。アレスは少し驚いていたが、僕の笑顔に彼も固い顔を崩す。
「その体に慣れるまでは暫くかかると思う。時間は幾らでもあるんだ、ゆっくりと慣らしていってくれ」
「はい。この体を極めて、国幽斎様に誠心誠意尽くして参ります」
アレス本来の気質か、お堅い感は否めないがそのやる気だけは確かな様だ。
辺りは夜の帳が下りすっかりと暗くなっているが、アレスの生まれ変わりを祝うかの様に月明かりが僕等を照らしていた。
今宵はちょうどこの世界での満月、夜空が1番明るい夜。
この草原ももう、死者が支配する呪われた土地では無い。花々が咲き誇る緑多い草原へと戻ったのだ。
「綺麗な夜空だな…… 」
「はい。まるで夜の満月が、国幽斎様の輝かしい未来を祝福しているかの様でございます」
ロマンチストなのか、アレスがしれっと何か言っているが、そのまま流す事にしよう……
空を見上げれば星々の輝きも加わり、より一層その美しさを際立たせている。この世界に来て2日とちょっとだが、初めて心が癒される気分を味わう事が出来た。
「…… (このままこの世界で国分さんを探して、元の世界に戻るのは、いつになるのかね……)
彼女達が今何処にいてどんな状況なのか、気にならないと言えば嘘になる。だが今はそんな心配事をほって置いて、この美しい夜空を満喫したい。
だがそんな静寂を打ち消すかの様に、僕等の居る草原に近づく者達の気配を、アレスが感知した。
「国幽斎様、ここより5キロ程先、バットス平原の入り口付近で侵入者の気配を感知しました」
アレスは草原に闇属性の黒い小さな花"死招草''を紛れ込ませている。その死招草は生物探知の役割も果たしているのだ。
探知の射程距離は現段階で10キロ四方。アレスの魂が癒え調子が戻ってくれば、有効範囲もそれに伴って広がって行くだろう。
組成してからいくばくも経っていないにも関わらず、己の力を把握して正解に使い熟すアレス。彼のその能力と力の桁が窺い知れる。
「武装した集団6名程が私の闇の境界を突破しました。いかがなさいますか?」
「そ、そんな事も分かるのか、で、その侵入者達はこの町の兵隊とは違うの?」
アレスも死霊兵達を通して川の向こう側を探っていた。そのため町の兵の装いは知っている。
「は、見た目と個々の強さから判断しますと、冒険者の一団だと思われます」
「冒険者! (この世界にはテンプレの組織もあるんだね)
今は草原の呪いが解けているため骸骨軍団が湧き出る事はない。だがアレスが施した認識阻害の結界が草原の入り口に施してある。
彼等がその結界を超えたという事は、僕等の居る草原に要があるという事。彼等冒険者が何の為にこの草原に来たのか少し興味がある。
「その冒険者達の強さなんて分かる?」
「はい。Aランク相当が1人に、Bランク相当が2人、後はDとEの寄せ集めでございます」
分かれば助かる程度の気持ちで聞いたのだが、どうやらアレスの探知能力には、鑑定の機能も備わっている様だ。
アレスは元はリッチだった。本来なら迷宮の奥深くに顰み漆黒の闇に漂う不死と恐怖の化け物。その力は一国を容易に滅ぼす事が出来るほどに強力。
実際にリッチだった際には、聖女一人では抑える事が出来ない程の力を有していたアレス。その彼が生まれ変わった存在は伊達では無いと言う事だ。
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