第36話 イノセント.リッチ
『イノセント.リッチ』
清らかな心を残したままにリッチとなったアレス。純粋な心だからこそ闇に染まり易く、闇に順応しやすい。
まるで操り人形の様に闇で死者を操り、闇から物質をも創り出す闇の権化。
彼の体は闇でもあり物質でもある。故にその形態は自由自在で、好きな様に姿を変える事が出来る。
呪いを伴った闇を自在に操り、彼の闇は火、水、土、風の四元素を無効化する。
闇故に並の武器は効かず、対処法を持たぬ者には脅威の存在となるだろう。
愛する者達の復活が叶わぬ今、イノセント.リッチとなったアレスが求める世界は、全てが漆黒に覆われた虚無の世界。
世界を闇で覆い尽くし虚無が支配すれば、争いの無い静かな世界が訪れる。
誰も苦しむ事のない無の世界、それがアレスが求める理想の世界。
この少年の力を取り込めばそれも現実となるだろう。そしてその暁には、決して目覚める事の無い眠りに着くのだ。
失われたあの彼女達と同じ様に……
ーーーーー
危険を察知したタマさんがあの時の様に巨大化し、口にニャトランを加えるとリフューズド.ダークネスの中に飛び込んで来る。
『グルルルル…… 』
タマさんは僕の隣に着地すると、ペッとばかりにニャトランを吐き捨て、すかさず戦闘体制に入った。
「ギャフン! …… ん、んん? ニ、ニャ! なに事ニャン?!!」
タマさんに乱暴に扱われて目を覚ましたニャトランが騒ぎだした。申し訳ないが、今は彼に構っている暇は無い。
「この結界から絶対に出るなよニャトラン!」
うんうんと頷くニャトラン達が、結界内に逃げ込んだ事を確認すると、僕はセプテム.アイに攻撃命令をだす。
僕が放ったのは火炎、氷結、重力、疾風の四元素の煌玉だ。
縦横無尽に飛び回り射程に入った煌玉が其々の力を解放していく。
だが僕が放った煌玉の攻撃は、彼の纏う闇によって相殺されてしまったのだ。
「なっ!?」
彼の実力か、闇自体の力か、どうやらアレスの闇には四元素を無効化する力がある様だ。
なら無駄遣いは出来ない。僕は四つの煌玉を自分の元に戻すと停止命令を出す。
「…… (思った通り、厄介な相手だ……)
そんな僕達を観察する様に伺っていたアレスが動きを見せた。
彼は両手から更に激しく闇の波流を出すと、自由自在に操り僕達に目掛けて放ってきたのだ。
まるで生き物の様にアレスから溢れ出た闇が、僕等を護るリフューズド.ダークネスを取り巻いていく。
それと共に彼の体を護る様に闇がアレスの骸骨の体を覆い尽くしていく。コレでは彼の居場所が分からず攻撃のしようがない。
まさに攻防一体の彼の闇。
地面に生える草が闇に触れた途端に枯れて崩れ去って行く。きっと闇で生気を吸収しているのだと思うが、触れば間違い無く僕も同じ運命を辿るだろう……
まるで彼の話に出てきた彼女達の最後を思わせる光景に、彼の闇の深さを伺い知った気がした。
だが幸運な事に、アレスの闇がドーム状の結界に触れる側から消滅していっている。
僕の予想以上の防御力、リフューズド.ダークネスは彼の闇を完全にシャットアウトしている様だ。
『…… ほう、この"カーズ.ド.ジェスチョ''の力でも破れぬ結界とは…… 』
予想以上の結界の固さにアレスも驚愕の様子。
だがこの結界にはタイムリミットが有る。
この結界が解ける前にこちらから打って出る必要が有るのだ。
(触れば生気を吸われる闇、真っ当にやり合うにはリスクが高すぎる。だけどあの闇の源が呪いだとしたら…… 賭けてみる価値は有るかも知れない)
極光の煌玉はあと2回分、四元素の発展系の煌玉の力が通じなかったのだ。この4属性の煌玉では闇を振り払う事は出来ない。
だが同じ漆黒の煌玉ならばどうだろうか。
この漆黒の煌玉をある魔導具でブーストして使えば、アレスの闇を払える可能性はある。それに迅雷の煌玉も有るのだ、試して見る価値は有るだろう。
「タマさん、ニャトランは頼んだ!」
『フニャン!』
タマさんの了承の返事とほぼ同時に煌玉の結界が切れる。僕は結界が切れるタイミングで切札の"タイム.ゾーン''の魔導具を使う。
それと共に流れ込んで来る闇に対して僕は、カーズリジェクトの指輪と漆黒の煌玉を握った右手でパンチを放つ。
『なにぃ!?』
アレスの闇がパンチに弾かれると共に僕の衝撃波を伴った闇が、彼を護る様に取り巻いていた闇を吹き飛ばす。
『グォ!』
矛盾しているが僕の対闇の闇が、アレスの闇を吹き飛ばしてその姿を露わにする。
「今だ!」
そして僕は、迅雷の煌玉にアレスを攻撃する様に命じる。青白い迅雷が闇の守りを失ったアレスの骸骨の体を激しく撃ち付ける。
僕は同時にリフューズド.ダークネスの結界を張って落雷の衝撃と余波を断つ。
対闇特化の結界だが他の属性も僅かながらに遮ってくれる。直撃を喰らわず余波程度ならこれで防げるはずだ。
『グォ……オオオ……』
今回放った迅雷は、一回分の回数を減らす代わりにマックスレベルの威力で放ったものだ。
貴族の石像に放ったもののおよそ3倍の威力の迅雷で、ズドゴ〜〜ン!! という爆音が辺りにこだまする。
上空高く良い避雷針となったアレスの体。肉の無い骸骨の体だったため雷が効くか心配だったが、問題は無かった様だ。
地に落ちたアレスにすかさず極光の煌玉を放ってリフューズド.ダークネスで彼を捕える。
思い付きでの行動だったが対闇特化の結界は、その闇自体を封じる事にも使える様だ。
極光の力で闇を奪われたアレスが本来の姿に戻っていく。
その姿は極度に痩せ細った全身に、火傷や刺し傷、切り傷などの拷問の跡が有り、目を覆いたくなる程に酷い姿だった。
頭皮、顔の皮は剥ぎ取られており、彼が受けた拷問の凄まじさをその姿に見る事が出来た。
「…… や、やはり私では手も足も出なかったか……」
この結果を知っていたかの様なアレスの言い振り。まるでこのまま争っていても、僕には勝てないと知っていたかの様だ。
「それは、どうゆう……」
「…… 君が魔導書の所有者だという事は分かっていた。私は、終わらせて欲しかったんだ…… 」
僕の言葉を遮ってアレスが言う。あの草原にゲートで渡った僕の並外れた魔力に気付き、彼はそれを利用しようと考えた。
リッチであるアレスを優に超える程の魔力。そんな存在は勇者か、それに同等とする力を持つ者しかいない。
何十年の間、彼は己を超える力の持ち主を欲していた。自身を終わらせてくれる強者を。
「私はこの不毛な日々に疲れたのだ……
家族と有ったあの輝かしい日々をこれ以上汚したく無い。だから君に頼みたい、どうかこのまま、私を終わらせてくれ……」
「…… 」
何より生者の死を望み、死者を冒涜し操るリッチに有って、生者の温もりを求め愛する事を知るアレス。
家族と共に有る幸せの日々を知っているからこそのアレスの心の叫び。彼のその悲痛な思いが伝わって来る。
それに僕は彼の半生を追体験しているのだ。その痛みが辛さが分かる。
断言出来る、彼は決して邪に堕ちた愚か者では無いと。闇に染まりはしたが、闇は彼の属性だ。闇に呑まれながらも、心まで染まり切らなかった彼を見れば一目瞭然だ。
僕は決して善人などでは無い。だが救ってやりたいと思える者が目の前に居る。
僕ならそれも可能だろう。魔導書を持つという事の意味を、今初めて僕は実感した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます