第7話生贄


図書館から戻り教室のドアを開けると、何故か一斉にクラスの視線が僕に向けられた。


と共に、ザワザワと教室内が騒がしくなる。ちょうど先生が来たため騒ぎは収まったが、僕への視線はまだ感じる。


朝一で国分さんに会いに行ったため、教室がこんな事になっているとは思いもしなかった……



「…… (な、何だ?! アレか、休日前に相澤の嘘告白を断ったからか?!)


僕みたいなキングオブモブが注目される理由なんてそれぐらいしか思い当たらない。魔道具を使って聞こえてくる会話からは、僕が告白を断った事が信じられないとの事だ。


嘘の告白とはいえ、人が見ている前でクラス1の美少女を振ったのだ、話題になってもおかしくは無いだろう。



(…… 参ったな、今日一日は認識阻害の指輪でも付けておこうか)


今日1日は何かと動きづらそうだ……


1時間目が終わると同時に僕は、喧騒冷めやらぬ教室を逃げる様に非難した。認識阻害の指輪をしているため、余程に感の鋭い者以外には見つかる事は無いだろう。


休憩も終わり教室に戻ったものの、朝の喧騒は未だに燻っており何とも居心地が悪い。



「ーーでも信じられないよな、相澤さんがあんな奴にフラれるなんて」


「ね〜、なんか可哀想」


「ーーたかがモブのくせに身の程を知れ!」


教室内の音を拾っていたらどうやらフッた僕が悪で、フラれた相澤が善という図式が出来上がっている様子。


流石はカーストトップの美少女、影響力が半端ない。



「…… (この展開はあまり好ましくないね)



それでも僕は常に"カウンター.マリス''の指輪を付けているから問題はないと思いたい。


"カウンター.マリス''の指輪とは、誰かが悪意を持って僕に接して来た際、その悪意がそのままその者に返るという魔道具だ。


相手が向ける悪意の強さによって返る反動も強くなる。お祖父ちゃんの残してくれた魔導具の中でも、最高レベルの魔導具なのだ。その効果は期待して良いだろう。



お祖父ちゃんも、『この魔道具は常に身に付けて居ろ』と言っていた。なので常にお守り感覚で身に着けている。


これと同じ様な魔道具だと、呪い返しの指輪(カーズ.リジェクテッド)なんてのもある。ついでにコレも身に付けている。


どの様な方法で相手に悪意や呪いが返るのかは経験した事がないため分からないが、きっと毒な事にはならないと思う。


それに僕は友達が元から居ない身だ。今更クラスメイトに何が起きようとも、仲間外れにされたとしても大した影響はないのだ。



(こうゆう僕の陰湿な所も、同年代の人と相性が悪い理由だよな…… まあ仕方ないけどね)



そして国分さんと約束した昼休み、僕はソッと教室を抜け出すと、図書館へ向かった。


認識阻害と悪意返しの指輪のおかげか、誰も僕を引き留める者も追いかける者も居らず、難なく図書館まで来る事が出来た。



国分さんは朝彼女に引き込まれた図書館奥の部屋に居り、三池さんと共にお弁当箱を広げていた。


国分さんのお弁当は可愛らしいものだった。だが三池さんのお弁当は三段重ねの重箱で、その全ての重にギッシリと料理が詰められている。


そして重箱に詰められたどのオカズも、御節料理と見まごうばかりに豪華な物ばかりだ。



「…… 」


「おや薬師寺君、やっと来た様だね。さあ座って、座って!」


国分さんに促されて彼女の前の席に座る。そして愛用のリュックから弁当箱を取り出すとそれを広げた。彼女達の弁当に比べると見栄えのない普通の弁当だ。


ちらっと三池さんを見ると、訝しげに僕を見ながら豪華なお弁当を食べている。


僕はその視線に耐えかねて何気に目を逸らすが、彼女から返って来たのは無言の威圧だった。



「!…… 」


三池さん、小さい体の割に威圧感が半端ない。

まるで5メートルオーバーの大男に睨まれているかの様な圧倒的な圧迫感。


まるで抜き身のナイフを首筋に当てられているかの様に感じるのは気のせいだろうか……


それでも悪意感知や悪意返しが彼女に対して反応しないため、警戒だけで僕に対しての敵意はないのだろう。



「……う、うう…… 」


「ああ、真実は例外なく男の子に対して辛辣だから、気にしないでね」


そうゆう訳にもいかないが、今は国分さんとの話の方が先決だ。三池さんとは成るべくは目を合わせない様にしよう。



「それじゃあ聞かせて、貴方の家に居るという異世界人の話しを」



僕の異世界にまつわる話を信じたのか、どうしても我が家に居る猫が気になる様子。


三池さんが居る事が気になるが、国分さんとセットという事で自分を納得させ、彼女達に生贄のニャトランについての話しをする事にした。



「ーーという訳で、僕の召喚魔法に巻き込まれてしまった哀れで可哀想な猫なんだ……」


「ハハハッ! 猫がおっさんみたいに寝転んで漫画を読んでるよ! 凄い! 凄い!!」


話だけでは怪しいので、ソファで寝転ぶニャトランを内緒に撮った動画を彼女に見せる。


まるでおっさんの様に寝転び、焼鳥の串を貪り食べながら漫画を読むニャトランの動画だ。流石に動画を観せられては、彼女も信じざるおえない。


魔導書の事は彼女に教えていないので、魔導書の生贄の事を伏せながら辻褄が合う様に話を作る。


一先ず僕は先祖代々続く魔道士という設定だ。


そしてニャトランは『ゲート』の術式に、悲運にも巻き込まれてしまった可哀想な猫という事にした。



「ケット.シーか…… 異世界人でもある意味上位の種族だよ。こりゃあたまらんぞ!」


何を思うのか口の恥から涎を垂らしながら彼女は、自分の世界にトリップしてしまった様だ……



「でその猫君にはいつ会えるんだい? 私としては今日にでもお伺いして……」


「危……」


1人暴走気味の国分さんの袖口を掴んでボソリと呟く三池さん。やはり彼女は僕に対して良い印象は持っていない様子。



「そ、そうだね、いきなり今日という訳にはいかないから、明日って事でどうだい?」


やはりニャトラン本人にも了解を取っておかなくてはならないだろう。まあ彼なら、あっさりと了解してくれそうだが。



「そう、それは残念だな…… まあ、楽しみが先に伸びたと思えばいいかしら」


粘られると思ったが、思いの外あっさりとオッケしてくれた国分さん。彼女は感情の起伏が激しいのかも知れない。



「そ……行……」


話も終わりもう要は無いとばかりに三池さんが、国分さんを僕から遠ざける様に彼女の袖口を持ち、強引に引っ張って行く。



「じ、じゃあ明日忘れないでね〜!」


慌しく三池さんに引き摺られて僕の前から去って行った国分さん。


しかし三池さんは凄い。彼女より20センチは背が高い国分さんを、軽々と引っ張っている様に僕には見えた……


小さい体の割に凄まじいパワーだ。気付いて見れば、アレだけあった3段重ねの重箱のおかずも、いつの間にか1人で平らげていた。



「…… まさか、本物の座敷童子とか…… (まあそんな事は有り得ないよね)



そして彼女達と会話を終えた僕は、憂鬱だが教室に戻る事にした。


教室に戻って見ると、未だに騒がしさは残っているが朝ほどではない。


"カウンター.マリス"の指輪がその力を働かせたかどうかは分からないけど、今の所は悪意の気配は感じられない。



(さあ、憂鬱な午後の始まりだ……)


何とか午後の授業を乗り切り帰りさっさと支度を済ませると教室を後にする。


その際に偶然チラッと相澤聖理奈と目が合う、彼女の目には僕に対しての憎悪の色が伺えた。


ほんの一瞬の交差だったが、僕の持つ''ジャッジ''の指輪が反応している事からも見違いはない。



(ウヘッ、早く逃げなきゃ……)



足早に歩き去る僕の背中に感じる憎悪の視線は、僕が教室を出るまで続いていた。


昔お祖父ちゃんが言っていた。『綺麗で執念深い女は、大体が蛇や狐の生まれ変わりだ』と。


比喩を含んでの表現だとは思うが、僕も彼女には蛇の様な執念を感じた。


魔導具という物は便利な分その見返りも大きいから油断はならない。あまり頼り過ぎない様にしよう。



ーーーーー



私は可愛い。自分でもそう自覚している。


私の家は貧しかったけど、私のこの見た目と下からの上目遣いで、どんな物でも買ってもらえた。


中学に進学してからもそれは変わらず、皆んなが私を可愛い可愛いと褒めてくれる。


前に一回友達の彼氏を奪った事がある。大して冴えない男だったけど奪ってやった。


その時の屈辱に歪んだ彼女の顔、あの時も周りは私の味方をしてくれた。背中にゾクゾク来るあの感じがたまらない。


その男とは秒で別れたわ。だって好みじゃないんだもの。



「アンタは私の心を豊かにする為のスパイスなの。この意味分かるでしょ?」そう言われて泣きそうになっていたアイツの顔が忘れられない。


そう、私と付き合えるのは選ばれた男だけ。


今付き合っているのは堂本先輩。顔はそこそこで身長も許容範囲。半グレ集団のリーダーをしている。


まあ威張る事とアソコがデカい事しか取り柄が無いけどね……


でも私しに付き纏う男や恨みを持つ女は多い。ソイツ等の抑止力として色々と役に立っている。



そんな私が今ハマっているのが恋人ごっこ。


仲間内でジャンケンをして負けたヤツがモブの誰かに告白するの。そして告白が成功すると皆んなが奢ってくれて、失敗すると今度は皆んなに奢る。


いたって簡単なルール。


これが結構傑作で、私に告白されると皆んなキョドリながらも嬉しそうにオッケーするの。


自分が騙されているとも知らずにバカな奴等。そんな事は有り得ないのに信じて疑おうともしない。


その後は皆んなが待っているカラオケに連れて行ってのネタバラシ。


それぞれ怒ったり泣いたり、顔を赤くしてその場から逃げ出したりと反応もそれぞれで面白い。


それから学校に来なくなった奴も居た。


そんな簡単な遊びだった。なのに、まさかあんなキングオブモブに振られるなんて思いもしなかった。


私も余程ショックだったんだと思う、だって悪夢で寝れなかった夜なんて初めてだったんだもの……


クラスの皆んなにもきっと陰で笑われている……


それだけじゃない、アイツに何か悪い事をしようとすると、何故か必ずしっぺ返しが返ってくる。


指を切ったり、椅子が壊れたり、爪を剥いだり最悪だ……


それでも許せない、あのクソモブ野郎! 


私に恥をかかせて、絶対にタダじゃおかない。2度と学校に通えなくしてやる!

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